上 下
19 / 41

19話 シンデレラ、再演

しおりを挟む
 舞踏会が始まって数時間。なかなかの地獄絵図だ。いまだ踊り続けるシンデレラと王太子にげんなりしてしまう。

 シンデレラが到着してから今に至るまで、二人はひたすら踊り続けている。オーケストラの曲と曲の合間、多少の休憩時間があったが、それでもパートナーを変えることはなかった。

 なるほど運命の人と出会ったのだ。いやはやまったくもってめでたい。



 だがそんな茶番に巻き込まれた他の参加者からすればたまったものではない。

 王太子の婚約者候補であったはずなのに、踊るどころか視線の一つすらもらえない。人をコケにするにもほどがあるというものだ。参加者はいまだアドニスと踊れないかと隙を伺っている者、他の貴族子息に狙いを変える者、令嬢同士でおしゃべりに花を咲かせる者、料理に夢中になっている者の4者に分けられる。

 感情としては諦め半分苛立ち半分というところだろう。2.3曲であれば自分にもチャンスが来るかもしれないと思うだろうが、王太子は一向にシンデレラの手を離そうとしない。もはや会場内は白けた雰囲気が蔓延している。これを見ている国王や大臣たちは胃が痛いだろう。今はないが後で貴族たちから不満の声が上がるのは明白だ。



 そんなことにも気が回っていない王太子は完全に理性を失っていると断じざるを得ない。相変わらず楽し気に踊る王太子とシンデレラは二人の世界に没入している。それはそうと二人の体力は底なしなのだろうか。雑用に走り回る私の体力はすでに限界が見えている。



 ホールに設置された掛け時計を見上げ、あと1時間ほどで終わると鼓舞した。これが終わればシモンが手配してくれたという宮廷料理にありつける。今は見ることしかできないテーブルの上の見るに華やかな料理を口にできるのだ。そう思えばあと1時間頑張れる気がした。私の仕事は今しばらく雑用の対応をすること、シンデレラを魔法の馬車等で屋敷まで送り届けること、速やかにホールの片づけをすることだ。

 それさえ終わればこのきりきり舞いの一日が終わる。



 ふと音楽が止んだ。シンデレラと王太子が足を止め、他の参加者たちも外に出たり食事をしたりと各々休憩を取り始める。奥へ引っ込もうとする王太子を追い縋ろうとして止められる令嬢に憐れみの視線を送った。



 一人になったシンデレラが数人の令嬢に声を掛けられる。まるで夢から覚めるようにハッとしてその対応をし始めるシンデレラ。友達、ということはない。社交界に出ず、お茶会にも顔を出さない彼女のことを知っている貴族令嬢はいない。

 遠目ではシンデレラや令嬢たちの表情までは見えない。ただシンデレラは邪気のない笑顔を浮かべていることは分かった。





 「あの子って何者?」

 「ずっと殿下と踊ってたのってどなたかしら」

 「あの子としか踊らない」

 「なんて美しい子」

 「一度くらいお話ししてみたいものね」

 「パーティでは見たことないわ」

 「どこのお家の方でしょう」





 ざわざわと噂話が広がる。その中心は当然シンデレラのことだ。

 連れもなく一人で現れた美しい令嬢。しかも王太子は以降彼女以外とは踊ろうとしない。

 器量よく、美しいドレスに珍しいガラスの靴。決して優美とは言えないが、軽やかなステップ。声と視線は羨望も嫉妬も入り混じる。

 シンデレラのことを見ているとそのまま令嬢の一団とともにホールから出て行ってしまった。

 見送りながら逡巡する。

 状況を整理する。羨望を受ける美少女、他の女の子に呼び出される。そうなればその先で起こることは明白だ。





 「あんた生意気なのよ!」

 「どこの子か知らないけど身の程を知りなさい!」

 「とっとと家に帰ればいいわ!」





 解像度が高い? 身に覚えがあるからだよ。

 このままシンデレラが連れていかれ、その先で何らかのトラブルがあったとする。例えばワインを頭から掛けられだとか、ドレスを破られるとか、庭に突き飛ばされて泥まみれになるとか、引っぱたかれるとか、そういうダンスに復帰できない状況にされる。そうなると事情を知らない王太子からすればフラれたように感じられるだろうし、最大のイベント、ガラスの靴を置いていなくなる、を完遂できなくなる。最初に遅れてやってきて、最後も劇的に姿を消す。これが良い演出だろうに、気が付いたらいなかった、では締まらないではないか。



 幸い今頼まれている雑用はない、が。

 私が今助けに行く必要はあるのだろうか。



 例えば、最悪の事態が全部起こったとしても、私が行けばすべてなんとかなる。ドレスだって治せるし、汚れなんてすぐに落とせる。怪我をしても軽傷なら他の魔法使いに頼んで者の数秒で直してもらえる。事後処理さえできれば、何の問題もないのだ。

 それを、私が庇いに行くのか。今の彼女たちはシンデレラがデルフィニウム家だとは知らない。けれどデルフィニウム家の次女が宮廷魔法使いであることを知っている貴族は少なくない。



 没落貴族であるデルフィニウム男爵家は、他所の家とトラブルで戦えるほど強くない。

 シンデレラ一人で悪意に対面すれば、男爵家は無傷だ。

 今のだって見て見ぬふりをすればいい。それで何の問題もないのだから。





 「カトレア、今空いてるなら休憩とってきていいぞ」

 「え、今ですか」





 声をかけてきたのはたまたま通りがかった魔法使いの先輩だった。





 「ああ、どうせお前は片付けでも大いに駆り出されるだろうし、休めるうちに休んどけ。裏に簡単につまめるチョコとかクッキーもあるし。あと角砂糖の追加もしておいた方がいいだろ」

 「……ありがとうございます。少し出てきますね」





 私は廊下へと足を向けた。

 傷ついても傷つかなくても、結果が変わらないのなら、傷つかない方がずっといいだろう。

 きっとそれは誰だって同じだ。

 たとえシンデレラが、何が起きても笑い続けていたとしても、それは傷ついていない証左ではないのだから。







 廊下にでると人もまばらで、数人が外の空気を吸いに出ているだけだった。長い廊下の先、庭に面した場所で華やかなドレスの一団がいるのが目に入った。そしてその先に、ティアラを乗せたプラチナブロンドの頭も。ローブを羽織りなおしてそちらへと向かう。



 あの一団の中にはきっと、格上の家の令嬢がいるだろう。没落男爵家なんてすぐに痛い目を見せられるかもしれない。それでも、できることをしない理由はない。その時は、クソ雑魚魔法使いなりに、各家の弱点をこそこそがっつり探ってやろう。



 魔法使いにしかできないことだってあるのだ。

 足音を立てず一団に近づき聞き耳を立てる。高い声で矢継ぎ早にシンデレラに声をかけていた。





 「そのドレスってどこで買われたの? 刺繍も生地もとっても素敵ね!」





 早めようとした足を止めた。





 「ええ、ええ、それにティアラもとっても素敵。あなたの髪色に良く似合ってるわ」

 「本当ですか! ありがとうございます!」





 和気藹々とした雰囲気だった。

 矢継ぎ早な質問はどれもシンデレラをシンプルに羨み憧れるようなもので、それにこたえるシンデレラも顔を微かに紅潮させ大層ご機嫌であった。



 ただの優しい世界だった。

 思わず恥ずかしくなり背を向ける。ただただ私の性格の悪さとかつての素行の悪さが先行してしまった。そうだ。普通の令嬢は初対面でどこの家の娘かもわからない令嬢をいきなり罵倒したり危害を加えたりしない。





 「カトレアお姉さま!」





 足音を立てずさっさとホールに戻ろうとすると、背中に元気いっぱいの声をぶつけられる。

 ばれてしまった。観念して振り向くとシンデレラが飛び込んでくる。





 「……シンデレラ、ドレスで走らない。それと他人様の前でいきなり抱き着くものではありませんよ」

 「ごめんなさいお姉さま」

 「お恥ずかしいところをお見せしました。シンデレラがお世話になっているようですね」





 勘違いの羞恥心は一瞬でローブの中に詰め込んで、優しいお姉さまムーブとできる宮廷魔法使いムーブに切り替える。両方ともすぐにばれるような演技だが、数分程度なら問題なく演じ通せる。





 「魔法使い様、」

 「申し遅れました。私はカトレア・デルフィニウム。デルフィニウム男爵家の次女で、今は宮廷魔法使いとして従事しています。以後お見知りおきを」

 「私の靴も、ティアラもカトレアお姉さまが用意してくれたんです! このドレスは一番上のパトリシアお姉さまが!」





 突然現れた魔法使いに戸惑った様子だったが、令嬢たちの興味はすぐにシンデレラの身に着けているものに変わる。

 姦しく楽し気に話す令嬢たちに安どのため息をこぼす。本当に何もかも勘違いだった。彼女たちには好意こそあれ悪意は全くない。ただただ月のように輝くシンデレラとお近づきになりたかっただけと見た。彼女たちの行動は貴族的には大正解だ。シンデレラはもはや王太子妃内定と言っても過言ではない。しかもシンデレラには仲の良い友人は誰もいない。であれば今後シンデレラが王太子妃、ひいては王妃となった時頼りにされたりお茶会に呼ばれる面々は完全に白紙なのだ。今のシンデレラに友人として認知されれば、今後大いなる見返りが期待できる。





 「皆様、そろそろ休憩が終わるお時間です」

 「あ、もうそんな時間に、」





 視線がシンデレラに集まるがシンデレラは不思議そうに見え返した。改めて自覚がないのだと認識する。

 ダンスの始まる時間を逃して困るのはこの中でシンデレラだけなのだ。他の面々はどこで何をしていても問題がない。だがダンスが始まった時点でシンデレラがいなければ王太子は別の令嬢と踊り始めてしまうかもしれない。





 「デ、デルフィニウム嬢、早くホールに戻らないと、」

 「ええ、そうよ! きっと殿下もお待ちしているわ!」

 「そ、そうですね、戻らないと!」





 頬を赤らめ、シンデレラが笑う。





 「本当に今日は、夢みたい」





 誰かがほう、とため息を吐いた。

 もはや嫉妬も何もしようがない。こんなにも邪気なく幸せそうに笑う、ただの恋する少女をどうして他人が傷つけられようか。

 シンデレラは頬の赤みの伝播した令嬢たちに連れられてホールの中へと戻って行った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

アナスタシアお姉様にシンデレラの役を譲って王子様と幸せになっていただくつもりでしたのに、なぜかうまくいきませんわ。どうしてですの?

奏音 美都
恋愛
絵本を開くたびに始まる、女の子が憧れるシンデレラの物語。 ある日、アナスタシアお姉様がおっしゃいました。 「私だって一度はシンデレラになって、王子様と結婚してみたーい!!」 「あら、それでしたらお譲りいたしますわ。どうぞ、王子様とご結婚なさって幸せになられてください、お姉様。  わたくし、いちど『悪役令嬢』というものに、なってみたかったんですの」 取引が成立し、お姉様はシンデレラに。わたくしは、憧れだった悪役令嬢である意地悪なお姉様になったんですけれど…… なぜか、うまくいきませんわ。どうしてですの?

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

処理中です...