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18話 シンデレラ、再演
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煌びやかなダンスホール。優雅な音楽が流れ華やかな貴族たちが踊る。中心から離れた人々は皆思い思い談笑に興じ、食事を楽しんでいる。
無論楽しいのは参加者側だけだ。
使用人たちは参加者の合間を縫ってせっせと働いている。そして雑用担当の私もまた例外ではない。
「デルフィニウムさまっ……ワインをドレスにこぼしてしまったご令嬢が……!」
「すいませんっ、こちらの方のヒールが折れてしまい……!」
「あっ、今お願いできますか……!? イヤリングを失くされた方が、」
パーティが始まる前と同様、怒涛の雑用ラッシュである。しいて違いを上げるなら彼らのお願いが小声になったことと緊急性が上がっていることだろう。
隣で待機予定だったシモンに後を任せ、私は始まる前と同様会場を走り回ることとなった。
来ているご令嬢たちは基本的に王太子とのダンス待ちをしている。つまりほとんどの令嬢が暇を持て余しているのだ。上流の者ほど早くダンスができるが子爵令嬢や男爵令嬢では自分の番が回ってくるのが一体いつになるのやら。結局時間をつぶすしかなく、そして普段そう煌びやかな格好をする機会もない彼女らは飾りの多いドレスや高いヒールは履きなれない。つまりはワインや食事をドレスにこぼしたりどこかに引っかけて破れたりヒールで靴擦れを起こしたりするのだ。
みんな動きやすい格好で来てくれない?
「大丈夫、大丈夫ですよ。泣かないで」
「落ちついてください。何とかしますからそう気を落とさないで」
「ええ、すぐに見つかります。ご心配なく」
持ちうる限りの愛想を振りまき、妖精たちの手を借りながら対応していく。国中の貴族令嬢たちが集められて、トラブルはとどまるところを知らない。多少マシだと思えるのはあくまでもホール内でのトラブルだというところだ。トラブルの種類には限りがある。要するに似たようなことを人を変えひたすらやっているのだ。ローブのポケットに入っているお礼用の角砂糖はみるみる減っていく。
「えっ、あなたは魔法使いなの……?」
「ええ、これでも魔法使いですよ、レディ」
私の顔を見て一瞬戸惑われるのも慣れたものだ。宮廷魔法使いのほとんどが男だ。魔法使いたちは皆同じローブを纏い体型も隠れてしまうため遠目では女性だと気づかれない。そのためこうして目の前に来るまで同じ年恰好の同性だとは気づかれない。
普段、ローブと宮廷魔法使いという肩書は私を男尊女卑から守ってくれる。だが近づけば、その守りはどうしても薄れる。そんなとき自分を守れるのはやはり自分しかいないのだ。
「よく来てくれました。どうぞこの会を楽しんでいってください」
自分にできる最上の笑顔で、ポケットに入れておいた種から一輪の花を咲かせれば、ぱっと笑顔に変わる。
問題を解決し、笑顔を振りまき、小さなプレゼントでもしておけば悪印象は抱かせない。
私たちは王家の権威の象徴である。それゆえに馬鹿にされるわけにはいかない。軽んじられるわけにはいかない。たとえその実態がくそ雑魚魔法使いだとしても、腐っても魔法使いなのだと。
「忙しないな」
「これが私にできる仕事なので」
「……媚びを売ることをも含めてか?」
「あの笑顔は媚びではありませんよ。先制攻撃の飛び道具です」
隙なく振舞えば、相手は攻撃することすら憚られる。人に好印象を与えるのは自分の身を守るための手段なのだ。どこか不機嫌そうなこの最強の人は、きっと一生理解しえない。
開いていた窓から一匹の白い虫が飛び込んでくる。私が先ほど放った紙の虫のうちの一匹だ。
「おかえりなさい。お疲れ様」
ローブの中へと潜っていく虫を箱にしまうと、同時に正面の扉が開いた。
「なんだ、急に」
「……うちの妹です。誰より目立つため、誰にも埋もれないために。真打は遅れてくるんですよ」
月のような美しい髪は纏められ、早朝の空のような目はホールのシャンデリアを移し煌めく。感嘆をこぼすように微かに開けられた唇は桜貝のように艶やかだ。一歩踏み出すごとにドレスが揺れ、繊細な刺繍が輝く。小さな両足を守るようなガラスの靴は軽やかな音をホールに響かせた。
シンデレラ。
美しき、選ばれるべくして選ばれた灰かぶり。
「殿下が選ぶのは、あの子です」
シンデレラが歩いた場所から、喧騒が消える。
談笑していた貴族は言葉を失う。視線の自由を失う。
つまらなそうに食事をしていた令嬢はフォークを口へ持っていくことを忘れる。
彼女が歩けば歩くほど、人々の視線は集約され、誰もかれも言葉を忘れる。あれは誰だと思いながらも、聞くことも噂することもできない。誰も何も話せない。
けれどシンデレラはそれを知らない。ただ生れて初めて訪れる王宮に、舞踏会にただただ瞳を輝かせていた。
一人、また一人と軽やかな足音の主に魅入られる。
徐々に音を失う会場に戸惑い誰もが彼女を見る。
中心で踊っていた伯爵令嬢と本日の主役、アドニスが足を止めた。気が付けばオーケストラの奏者でさえも演奏することを忘却しきっていた。
ハッとするようにシンデレラが顔を上げる。ようやく全ての視線が自分に集まっていることに気づいたのだろう。何かおかしなことでもあるのかと目に見えて慌て始める。
「君は、」
そこで初めて、二人の視線がかち合った。ベビーブルーの瞳とコバルトブルーの瞳はお互いのことしか見えていない。ホールからすべての音が消えた。
「……僕と、踊っていただけますか?」
「私でよろしければ、喜んで」
アドニスがシンデレラの手を取った時、ようやく会場に音が戻った。
オーケストラは自分たちの仕事を思い出し、穏やかなワルツを奏でる。貴族たちはいったい何が起きたのかとお互いに囁きあう。
家の序列を完全に無視し、遅れて現れ順番をわきまえず踊り始めたあの娘は誰だと不満を口にする令嬢、もう無理だろうと諦めて軽食に専念する令嬢。反応は様々だが、皆の疑問は一致した。
「あれは、誰だ?」
「シンデレラ・デルフィニウム。デルフィニウム男爵家三女、私の異母妹です」
会場の疑問を代弁したシモンにこともなさげに返す。本来であるならば踊りだす前にどこの何某と名乗るところだが、今回はアドニスが聞く前にダンスに誘ってしまったため名乗る機会すらなかった。
そのうえシンデレラは男爵家に来る前は平民として生活し、来てからも社交界に顔を出すことがなかった。そのためここいる貴族の誰も、彼女のことを知らないのだ。
結果身元不明の美しい娘といつまでも王太子が踊り続けるという、どのご令嬢にとっても納得のできないこの状況が出来上がる。
「妹……魅了の魔法でも持ってるのか?」
「いいえ、まったく。シンデレラは妖精をみることもできません。一方的に好かれてはいるようですが」
紫色の目を細める視線の先には、何匹も楽し気な妖精たちが飛んでいる。ステップを踏む二人の傍を、一緒に踊るように飛び回る妖精。非魔法使いでありながらああも妖精に好かれる人間はそういないだろう。誰もがシンデレラの美しさに目を引かれるが、魔法使いからすると妖精が集まって踊る姿に視線を奪われていた。
二人の青い瞳はお互いのことしか見えていない。
「生まれ持った才能でしょう。あの子はあらゆるものに好かれます。人に妖精、鼠に栗鼠。それから、鳥にも」
物語は佳境に入った。煌々と輝くシャンデリアを苦々しく見上げる。
ここまではうまくいった。野良魔法使いという不確定要素はあるものの、私たちの目標通り、シンデレラは舞踏会へ無事辿り着き、すべての羨望を一身に集め、今アドニスを虜にした。すべて、計画通り。だが何も気は抜けない。
少なくとも、私たちが何もせずとも、シンデレラを虐めていたとしてもここまではたどり着く。問題は帰結する先なのだ。
シンデレラに優しくしておけば、あの瞬間、私たちは鳥に襲われずに済むのだろうか。それすら希望的観測に過ぎない。
「あの妹が、お前に鳥をけしかけるのか?」
「……お師匠?」
隣からぞっとするような声が降ってきた。
ぎょっとして見上げるとシモンは私のことを見てはいなかった。その視線の先には、他の者たちと同じように、二人の姿、いやシンデレラの姿があった。
彼女の周りにいた妖精たちが蜘蛛の子のように逃げ出し、シモンの傍にいた妖精たちはクスクスと嫌な笑いをこぼす。
濃い紫色の目が、ひたすらに恐ろしかった。
「ち、違いますよ。あの子は、悪意なんて全くないし、鳥から好かれても、言うことを聞かせられるわけじゃありませんし。ほら、魔法使いでもないんですから」
下手くそな作り笑いでシモンのローブを引っ張る。
そうだ、そうなのだ。私たちはシンデレラにひどいことをした。その結果鳥に両目をついばまれた。だがそれは決してシンデレラが指示したわけではない。そうではないはずだ。シンデレラには呆れるほど悪意というものがない。シンデレラが王太子と結ばれたあとだって、彼女は悪意なく、恨みもなく私たち男爵家の面々に会いに来た。
あの鳥は、あの鳩たちはただシンデレラの代わりに私たちに復讐しただけなのだ。鳥たちは、彼女のことが好きだから。
今シモンの周りにいる妖精たちのように。好きな人間の想いを勝手に察し、勝手に行動に移すように。
「落ち着いてください。私の呪いは人が掛けたものではないでしょう? シンデレラだって何も知りません。それに鳥に好かれる人間なんていっぱいいますよ。お師匠、」
「……見てただけだろ」
「ただ見てただけの声色と顔つきじゃないんですよ……!」
ようやくこちらを見たシモンに少し安心する。周りで笑っていた妖精たちを手で追い払い、彼の前に立つ。
「私の言い方が悪かったです。確かにあの子はよく鳥と戯れていますが、私に対する悪意とか害意はありません」
「……本当か? 親父さんと他所の女の子だろ。変に逆恨みしてたり」
「してません。私たちはうまくやってます」
疑うようなジト目をキッと見返す。事実だ。シンデレラ自身には何の落ち度もない。
一人では生きて行けなさそうな純真さ、何も疑わず警戒心なく私たちに懐いているシンデレラが、私たちに鳥をけしかけるとは思えない。
そのすべてが、彼女の演技だとしたら脱帽ものだ。
「……何かあったら」
「すぐに言いますから! 心配してくれてありがとうございます!」
唇を尖らせ不満そうなシモンをパシパシと叩く。本当に心配してくれているのは分かるが、まさか私のたった一言でこうも殺気立つとは思わなかった。幸いシンデレラもアドニスもこちらに気づいた様子はない。だが私が止めなかったら、私がシモンの発言を肯定していたならどうなったのだろう。
自分の想像をはるかに超える苛立った様子に背筋が冷たくなった。
正直、シモンは穏やかなタイプではない。長い付き合いではあるが、不審者や犯罪者の相手をするときは当然怒るし、些細なことにも苛々する。だが大抵は仕事が終われば感情は平坦だし、甘いものを食べれば機嫌を直す。冗談を言うこともあるし、私たち部下に対する思いやりもなくもない。王太子には仲の良い友人のように振舞うし、国王に対しては人見知りする猫のように緊張してみせる。
特別強くて、妖精に選ばれた魔法使い。それでも根っこは社会性が少し低い年相応の青年だ。
だがこんな風に殺気立つ姿は初めて見た。普段は怒ったりしても余裕があるのだ。だが今回は今にもシンデレラに危害を加えそうに見えた。
それは自分にも理解しがたい呪いを掛けたのか、と警戒をしていたからなのか。それとも対象が私だったからなのか。後者だったら、と己惚れる気にもなれない。
もし私が本当にシモンと結婚したなら、果たしてこの強すぎる魔法使いの猫を飼いならせるかどうか一抹の不安を抱いた。
無論楽しいのは参加者側だけだ。
使用人たちは参加者の合間を縫ってせっせと働いている。そして雑用担当の私もまた例外ではない。
「デルフィニウムさまっ……ワインをドレスにこぼしてしまったご令嬢が……!」
「すいませんっ、こちらの方のヒールが折れてしまい……!」
「あっ、今お願いできますか……!? イヤリングを失くされた方が、」
パーティが始まる前と同様、怒涛の雑用ラッシュである。しいて違いを上げるなら彼らのお願いが小声になったことと緊急性が上がっていることだろう。
隣で待機予定だったシモンに後を任せ、私は始まる前と同様会場を走り回ることとなった。
来ているご令嬢たちは基本的に王太子とのダンス待ちをしている。つまりほとんどの令嬢が暇を持て余しているのだ。上流の者ほど早くダンスができるが子爵令嬢や男爵令嬢では自分の番が回ってくるのが一体いつになるのやら。結局時間をつぶすしかなく、そして普段そう煌びやかな格好をする機会もない彼女らは飾りの多いドレスや高いヒールは履きなれない。つまりはワインや食事をドレスにこぼしたりどこかに引っかけて破れたりヒールで靴擦れを起こしたりするのだ。
みんな動きやすい格好で来てくれない?
「大丈夫、大丈夫ですよ。泣かないで」
「落ちついてください。何とかしますからそう気を落とさないで」
「ええ、すぐに見つかります。ご心配なく」
持ちうる限りの愛想を振りまき、妖精たちの手を借りながら対応していく。国中の貴族令嬢たちが集められて、トラブルはとどまるところを知らない。多少マシだと思えるのはあくまでもホール内でのトラブルだというところだ。トラブルの種類には限りがある。要するに似たようなことを人を変えひたすらやっているのだ。ローブのポケットに入っているお礼用の角砂糖はみるみる減っていく。
「えっ、あなたは魔法使いなの……?」
「ええ、これでも魔法使いですよ、レディ」
私の顔を見て一瞬戸惑われるのも慣れたものだ。宮廷魔法使いのほとんどが男だ。魔法使いたちは皆同じローブを纏い体型も隠れてしまうため遠目では女性だと気づかれない。そのためこうして目の前に来るまで同じ年恰好の同性だとは気づかれない。
普段、ローブと宮廷魔法使いという肩書は私を男尊女卑から守ってくれる。だが近づけば、その守りはどうしても薄れる。そんなとき自分を守れるのはやはり自分しかいないのだ。
「よく来てくれました。どうぞこの会を楽しんでいってください」
自分にできる最上の笑顔で、ポケットに入れておいた種から一輪の花を咲かせれば、ぱっと笑顔に変わる。
問題を解決し、笑顔を振りまき、小さなプレゼントでもしておけば悪印象は抱かせない。
私たちは王家の権威の象徴である。それゆえに馬鹿にされるわけにはいかない。軽んじられるわけにはいかない。たとえその実態がくそ雑魚魔法使いだとしても、腐っても魔法使いなのだと。
「忙しないな」
「これが私にできる仕事なので」
「……媚びを売ることをも含めてか?」
「あの笑顔は媚びではありませんよ。先制攻撃の飛び道具です」
隙なく振舞えば、相手は攻撃することすら憚られる。人に好印象を与えるのは自分の身を守るための手段なのだ。どこか不機嫌そうなこの最強の人は、きっと一生理解しえない。
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「おかえりなさい。お疲れ様」
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「なんだ、急に」
「……うちの妹です。誰より目立つため、誰にも埋もれないために。真打は遅れてくるんですよ」
月のような美しい髪は纏められ、早朝の空のような目はホールのシャンデリアを移し煌めく。感嘆をこぼすように微かに開けられた唇は桜貝のように艶やかだ。一歩踏み出すごとにドレスが揺れ、繊細な刺繍が輝く。小さな両足を守るようなガラスの靴は軽やかな音をホールに響かせた。
シンデレラ。
美しき、選ばれるべくして選ばれた灰かぶり。
「殿下が選ぶのは、あの子です」
シンデレラが歩いた場所から、喧騒が消える。
談笑していた貴族は言葉を失う。視線の自由を失う。
つまらなそうに食事をしていた令嬢はフォークを口へ持っていくことを忘れる。
彼女が歩けば歩くほど、人々の視線は集約され、誰もかれも言葉を忘れる。あれは誰だと思いながらも、聞くことも噂することもできない。誰も何も話せない。
けれどシンデレラはそれを知らない。ただ生れて初めて訪れる王宮に、舞踏会にただただ瞳を輝かせていた。
一人、また一人と軽やかな足音の主に魅入られる。
徐々に音を失う会場に戸惑い誰もが彼女を見る。
中心で踊っていた伯爵令嬢と本日の主役、アドニスが足を止めた。気が付けばオーケストラの奏者でさえも演奏することを忘却しきっていた。
ハッとするようにシンデレラが顔を上げる。ようやく全ての視線が自分に集まっていることに気づいたのだろう。何かおかしなことでもあるのかと目に見えて慌て始める。
「君は、」
そこで初めて、二人の視線がかち合った。ベビーブルーの瞳とコバルトブルーの瞳はお互いのことしか見えていない。ホールからすべての音が消えた。
「……僕と、踊っていただけますか?」
「私でよろしければ、喜んで」
アドニスがシンデレラの手を取った時、ようやく会場に音が戻った。
オーケストラは自分たちの仕事を思い出し、穏やかなワルツを奏でる。貴族たちはいったい何が起きたのかとお互いに囁きあう。
家の序列を完全に無視し、遅れて現れ順番をわきまえず踊り始めたあの娘は誰だと不満を口にする令嬢、もう無理だろうと諦めて軽食に専念する令嬢。反応は様々だが、皆の疑問は一致した。
「あれは、誰だ?」
「シンデレラ・デルフィニウム。デルフィニウム男爵家三女、私の異母妹です」
会場の疑問を代弁したシモンにこともなさげに返す。本来であるならば踊りだす前にどこの何某と名乗るところだが、今回はアドニスが聞く前にダンスに誘ってしまったため名乗る機会すらなかった。
そのうえシンデレラは男爵家に来る前は平民として生活し、来てからも社交界に顔を出すことがなかった。そのためここいる貴族の誰も、彼女のことを知らないのだ。
結果身元不明の美しい娘といつまでも王太子が踊り続けるという、どのご令嬢にとっても納得のできないこの状況が出来上がる。
「妹……魅了の魔法でも持ってるのか?」
「いいえ、まったく。シンデレラは妖精をみることもできません。一方的に好かれてはいるようですが」
紫色の目を細める視線の先には、何匹も楽し気な妖精たちが飛んでいる。ステップを踏む二人の傍を、一緒に踊るように飛び回る妖精。非魔法使いでありながらああも妖精に好かれる人間はそういないだろう。誰もがシンデレラの美しさに目を引かれるが、魔法使いからすると妖精が集まって踊る姿に視線を奪われていた。
二人の青い瞳はお互いのことしか見えていない。
「生まれ持った才能でしょう。あの子はあらゆるものに好かれます。人に妖精、鼠に栗鼠。それから、鳥にも」
物語は佳境に入った。煌々と輝くシャンデリアを苦々しく見上げる。
ここまではうまくいった。野良魔法使いという不確定要素はあるものの、私たちの目標通り、シンデレラは舞踏会へ無事辿り着き、すべての羨望を一身に集め、今アドニスを虜にした。すべて、計画通り。だが何も気は抜けない。
少なくとも、私たちが何もせずとも、シンデレラを虐めていたとしてもここまではたどり着く。問題は帰結する先なのだ。
シンデレラに優しくしておけば、あの瞬間、私たちは鳥に襲われずに済むのだろうか。それすら希望的観測に過ぎない。
「あの妹が、お前に鳥をけしかけるのか?」
「……お師匠?」
隣からぞっとするような声が降ってきた。
ぎょっとして見上げるとシモンは私のことを見てはいなかった。その視線の先には、他の者たちと同じように、二人の姿、いやシンデレラの姿があった。
彼女の周りにいた妖精たちが蜘蛛の子のように逃げ出し、シモンの傍にいた妖精たちはクスクスと嫌な笑いをこぼす。
濃い紫色の目が、ひたすらに恐ろしかった。
「ち、違いますよ。あの子は、悪意なんて全くないし、鳥から好かれても、言うことを聞かせられるわけじゃありませんし。ほら、魔法使いでもないんですから」
下手くそな作り笑いでシモンのローブを引っ張る。
そうだ、そうなのだ。私たちはシンデレラにひどいことをした。その結果鳥に両目をついばまれた。だがそれは決してシンデレラが指示したわけではない。そうではないはずだ。シンデレラには呆れるほど悪意というものがない。シンデレラが王太子と結ばれたあとだって、彼女は悪意なく、恨みもなく私たち男爵家の面々に会いに来た。
あの鳥は、あの鳩たちはただシンデレラの代わりに私たちに復讐しただけなのだ。鳥たちは、彼女のことが好きだから。
今シモンの周りにいる妖精たちのように。好きな人間の想いを勝手に察し、勝手に行動に移すように。
「落ち着いてください。私の呪いは人が掛けたものではないでしょう? シンデレラだって何も知りません。それに鳥に好かれる人間なんていっぱいいますよ。お師匠、」
「……見てただけだろ」
「ただ見てただけの声色と顔つきじゃないんですよ……!」
ようやくこちらを見たシモンに少し安心する。周りで笑っていた妖精たちを手で追い払い、彼の前に立つ。
「私の言い方が悪かったです。確かにあの子はよく鳥と戯れていますが、私に対する悪意とか害意はありません」
「……本当か? 親父さんと他所の女の子だろ。変に逆恨みしてたり」
「してません。私たちはうまくやってます」
疑うようなジト目をキッと見返す。事実だ。シンデレラ自身には何の落ち度もない。
一人では生きて行けなさそうな純真さ、何も疑わず警戒心なく私たちに懐いているシンデレラが、私たちに鳥をけしかけるとは思えない。
そのすべてが、彼女の演技だとしたら脱帽ものだ。
「……何かあったら」
「すぐに言いますから! 心配してくれてありがとうございます!」
唇を尖らせ不満そうなシモンをパシパシと叩く。本当に心配してくれているのは分かるが、まさか私のたった一言でこうも殺気立つとは思わなかった。幸いシンデレラもアドニスもこちらに気づいた様子はない。だが私が止めなかったら、私がシモンの発言を肯定していたならどうなったのだろう。
自分の想像をはるかに超える苛立った様子に背筋が冷たくなった。
正直、シモンは穏やかなタイプではない。長い付き合いではあるが、不審者や犯罪者の相手をするときは当然怒るし、些細なことにも苛々する。だが大抵は仕事が終われば感情は平坦だし、甘いものを食べれば機嫌を直す。冗談を言うこともあるし、私たち部下に対する思いやりもなくもない。王太子には仲の良い友人のように振舞うし、国王に対しては人見知りする猫のように緊張してみせる。
特別強くて、妖精に選ばれた魔法使い。それでも根っこは社会性が少し低い年相応の青年だ。
だがこんな風に殺気立つ姿は初めて見た。普段は怒ったりしても余裕があるのだ。だが今回は今にもシンデレラに危害を加えそうに見えた。
それは自分にも理解しがたい呪いを掛けたのか、と警戒をしていたからなのか。それとも対象が私だったからなのか。後者だったら、と己惚れる気にもなれない。
もし私が本当にシモンと結婚したなら、果たしてこの強すぎる魔法使いの猫を飼いならせるかどうか一抹の不安を抱いた。
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