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第4話 鳥畜生共、戦線

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 「何やってるのシンデレラ! そんな汚いものを屋敷の中に入れないで!」

 「も、申し訳ありませんお姉さま……! みんなにはお姉さまたちの前には姿を見せないよう言い聞かせますので……!」

 「そういう問題じゃないわ! どんな病気を持ってるかわからないのよ!」

 「そんな……!」





 ヒステリックに叫ぶ姉、パトリシアと泣きそうな声を上げるシンデレラ。

 パトリシアは吊り目をさらに吊り上げて近くにあった箒でシンデレラを叩く。





 「あんたもよ! 近寄らないで、薄汚い!」

 「ああっ!」

 「あんたみたいなのは馬小屋にでもいれば良いわ! 屋敷の中に入らないで頂戴!」





 涙を浮かべ逃げ去るシンデレラのことを、かつての私は黙って眺めていた。鼻息荒く箒を振り回すパトリシアを止めることもなく。

 ああ可哀想なシンデレラ、という風に見えるのかもしれない。

 けれど黙ってみている私は激しくパトリシアに同意していた。



 シンデレラよ、感染症を運ぶ鼠を屋敷の中に入れるんじゃない。







 さて2度目の人生の目標は失明せず、病気にならず生き残ることだ。そのためにはシンデレラのことを虐めないこと、友好的に彼女に関わり、良き姉として甘い蜜のおこぼれに与ることだ。

 街から帰ってくると屋敷の裏庭でシンデレラが小鳥たちと戯れているところだった。いきなり嫌悪感マックスである。貼り付けたはずの笑顔があっさりと崩れかける。





 「カトレアお姉さま! お帰りなさい!」





 輝く笑顔で私に駆け寄るシンデレラ。やめろ。汚い鳥の羽をくっつけてこちらへ来るな、灰被りめ。などと言う本心はおくびにも出さず、にっこり笑顔を決めてみせる。これが貴族令嬢の嗜みだ。





 「ただいま、シンデレラ。変わりはありませんか?」

 「ええ! 天気は良いし、小鳥たちも遊びに来てくれて素敵な日です!」





 おかげでこちらは最悪な気分だ。

 だがしかし救いは私の身に着けている、シモンのくれたアミュレットだ。小動物除けの効果は絶大で、小鳥たちは一目散に姿を消した。シモンさまさまだ。





 「街へ行ったらあなたに似合いそうな髪留めがあったので、どうぞ」

 「そんな、わたしに……! ありがとうお姉さま!」





 はじける笑顔。好感度が上がる音が脳内でした。

 生き汚い私は今日も点数稼ぎに必死だ。良い姉だから恨まないでください未来の王太子妃さま。

 早速髪を結ったシンデレラは嬉しそうに、窓に映った自分の姿を見ていた。そういうとこだぞ庶民。鏡を使え。

 水色のリボンのついた髪留めは、プラチナブロンドの豊かな髪によく似合う。





 「……綺麗な髪ですね」

 「ありがとうございます、お姉さま。お母さま譲りの髪色なんです」





 私もそう思ってた、とは言わない。そういう発言が、この家で嫌われた原因の一つだと、彼女はきっと気づきはしないのだろう。

 私と姉は、父譲りの茶髪。どちらも母の黒髪は受け継がなかった。そしてシンデレラの髪は月のようなプラチナブロンド。平民の実母からの贈り物だと、大切にするその姿が、どれほど神経を逆なでするのか、この無垢な灰被りは知ろうともしない。





 「……ええ、月のような素敵な色です」





 でももう私は怒ったり苛立ったりしない。

 2回目の人生でようやくわかった。シンデレラには他意や悪意は本当にないのだ。私たちとは仲良くするつもりはないという皮肉でも、反骨心でもない。ただ大切なものを大切なのだと言いたいだけなのだ。





 「そう! お姉さま、さっきクッキーを焼いたんです! ぜひ食べてください! 魔法使いは甘いものが好きで、お腹が空きやすいと噂で聞いたんです」

 「いただきます。ええ、魔法使いはみんな糖分が好きなんですよ」





 シンデレラと暮らし始めてから、私は少しでも彼女のことを嫌わないように良いとこ探しを続けてきた。

 笑顔が素敵。プラチナブロンドの髪が綺麗。アイスブルーの瞳が美しい。いつも機嫌がいい。不満を口にしない。使用人がいるのに手伝いをしようとする。一生懸命私たちに話しかける。その一つに料理がある。彼女は料理が上手い。大抵のものは作れるし、特にお菓子が上手なのだ。





 「それに、あなたの作るお菓子はおいしいので、好きですよ」

 「本当ですか? 嬉しい!」





 意地を張らずに素直に褒めれば、頬を赤らめて喜ぶシンデレラ。今ではそんな彼女を可愛いと思えるくらいにはなっていた。

 非常識でも無垢な妹というものも、案外悪くないかもしれない。





 「ちょっとシンデレラ!」





 和気藹々とした空気をぶち壊したのは裏庭に面する扉から出てきたパトリシアだ。顔を真っ赤にしてシンデレラのことを怒鳴りつける。





 「パトリシアお姉さま……」





 少し怯んだように私の傍に一歩寄る。それがパトリシアの怒りに油を注いでいることに微塵も気づいていないのだろう。私とシンデレラの関係が良好なのと反比例するように、パトリシアとシンデレラの関係は破綻しかけていた。





 「あなたふざけてるの!? 薄汚い格好で鳥なんか触って! そんな状態で屋敷の中に入らないで!」

 「パトリシアお姉さま、落ち着いてください。そんなに怒鳴らなくてもわかりますよ。すぐに身綺麗にさせますから」

 「カトレアは何にもわかってないわね!優しく言ったところでこれには伝わらないのよ!」





 烈火のごとく怒るパトリシアの怒りは収まらない。一応彼女は人生2周目のはずだが、全く心の折り合いが上手くつかず、前回と同じようなことばかりしている。気持ちはわかるのだが、それより保身に走った方が合理的だというのに。





 「も、申し訳ありません、お姉さま……」

 「だいたいあんた馬鹿じゃないの!?」





 全否定する言葉を浴びせるパトリシアに眉をひそめた。いくら何でも具体的に内容を言わず、人格を全否定するのはさすがにどうかと思う。





 「パトリシアお姉さまそれはさすがに」

 「なんでキッチンに鼠を入れるの!? 鼠用のクッキーわざわざ作って床に置いて置いておくって……頭おかしいんじゃない!?」





 それはさすがに頭おかしいと思う。









 シンデレラを捕まえ、衛生観念と伝染病について滾々と言い聞かせ、何とかキッチンや食堂に鼠や鳥を出入りさせないことを約束させた。

 小動物除けをしている私は気が付かなかったのだが、以前から私のいない間に彼女が小動物を屋敷内に出入りさせていることが発覚した。勘弁してくれ。

 裏庭の鳥、厨房の病気の運び屋。私たちの死因役満ではないか。今の今まで気が付かなった自分にぞっとすると同時にアミュレットを拝み倒す。

 私のいない間に鼠や鳥と遭遇したパトリシアが怒るのも納得だ。小動物除けを使っている私が注意できることではない。私も小動物除けを作れればいいのだが、悲しいことに、あなたの妹はクソ雑魚魔法使いです。力足らずで心苦しい。私が仕事で不在にしている日中については、恩恵を受けられない。



 けれど話はこれで終わりではなかった。





 「お母さま! この子を何とかして! この子ったら家の中に鼠を招き入れたのよ! そのせいで私のドレスに穴が……!」

 「も、申し訳ありません、お姉さま! そんなことになるなんて、普段は良い子たちなんです」





 眩暈を起こしかけた母を支える。気持ちはわかる二重の意味で。

 シンデレラが鼠を屋敷内に連れ込んだことにも眩暈を覚えるし、うまく受け流さないと死ぬかもしれないという爆弾を抱えているにも関わらず、シンデレラのことを怒鳴る姉にも、だ。私たちの死を見送った母ロベリアにとって綱渡りをするパトリシアが恐怖でしかないだろう。

 パトリシアの持っている黄色のドレスは確か彼女の気に入っているドレスの一つだ。今日のお茶会に着ていくと今朝話していた。そのドレスの裾部分にいくつか千切られたような穴が開いていた。なるほど怒るのもわかる。けど耐えてくれ。



 狼狽えるシンデレラを母に任せ、怒り狂うパトリシアを部屋から連れ出した。





 「お姉さま、大丈夫です。ドレスなら私が直します。大丈夫。この程度なら魔法を使えば数秒です。さあ行きましょう。今日は公爵家でのお茶会の日でしたよね。情報交換ができたらぜひ、私にも」

 「あなたは! これでいいの!? 我慢して我慢して……!」





 話を逸らそうとする私の腕を引っ張るパトリシア。その目には涙が浮かんでいた。

 怒ってばかりのように見えていた苛烈な姉。けれど今はその顔に明確な苦悶の表情が浮かんでいた。





「我慢しなければまた死ぬだけですよ」

「でも!」

「死ぬのは、怖いでしょう」





 ずるいとは思いつつ、彼女に言う。私たちは、その怖さを身をもって知っている。パトリシアは唇を噛み締めた。

 真っ暗な日々を、痛みに苦しむ日々を思えば、多少の我慢痛くもかゆくもない。





「大丈夫、そう長くはありません。王宮でパーティーが開かれればすぐにシンデレラは目を付けられます。そうしたら早々に家を出ていくことでしょう」

「そこまで待てない!」





 高い怒声に通りかかった使用人がそそくさと逃げ出した。聞かれるのもまずいと思い自室へとパトリシアを引きずり込む。





 「落ち着いてください、お姉さま」

 「あんたは良いわよ! 今までとは違うものね! ただの没落貴族の令嬢から今や宮廷魔法使い! あんたはもう逃げ出したものだものね!」





 引っぱたくように吐き捨て、持っていたドレスを私に投げつけた。

 質の良い透き通るような生地のドレス。このドレスを、パトリシアがどれだけ大事にしていたかは知っている。無残な穴の開いたフリルの波間から、血を吐くような悲鳴

が突き刺さる。





 「あたしはだめよ。もう死ぬわ。私はあの子を許せない。あの子さえいなければよかった。死にたくないわ。でももう逃げられない。あんたと違って、私には何もない。あんただけは逃げられるんでしょうね」

 「1年以内に死ぬと、言われました」

 「……は?」

 「未来視の出来る上司に、1年以内に病死する。しかも目が見えなくなると言われてます」





 パトリシアの顔色がみるみる悪くなる。私自身、思っていた以上に硬い声が出た。そして今どんな表情を浮かべているのかわからなかった。けれどこれ以上、この話をするのは、あまりにも惨めだった。





 「逃げ切る方法があるのかわかりません。ですが、今は確実に未来を変えていきましょう。出来るところから」

 「できる、ことから」

 「お母さまもおっしゃっていたでしょう。シンデレラと仲良くしなさい、と」

 「だからって」

 「いいですか、お姉さま」





 再び怒りがぶり返してきそうな姉の両肩をがっしりと掴み言い聞かせる。





 「今は我慢して、待ってください。待てば今以上にメリットがあります。彼女が王太子と結婚すれば私たちは王太子妃の姉になるんです。そうしたら、箔が付くと思いませんか?」

 「王太子妃の姉」

 「ええ、王家とお近づきになりたい子息たちがこぞってお姉さまとの結婚を望むでしょう。それこそ、今お会いしている男性たちなんかよりずっといい」





 パトリシアは今、せっせと婚活に励んでいる。令嬢として正解なのだが、いかんせん、シンデレラが傍にいるとどうしてもパトリシアは霞んでしまう。けれどシンデレラが王太子と結婚してしまえば、それはアドバンテージにすらなりえるのだ。





 「お姉さま。彼女は金の卵を産むガチョウです。少々時間はかかるでしょうが、間違いなく利益をもたらすのです。だからそれまでは我慢。我慢ですよ。卵を産む前にガチョウを殺しては意味がありません」

 「そ、それもそうね。……ええ、ええ、少し、頑張ってみるわ」





 王太子妃、王太子妃、自分に言い聞かせるパトリシアにばれないように小さくため息を吐いた。
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