近くて遠いキミとの距離

夏目萌

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 怒っているのかと思ったけど、どうやらそんな事はないらしい。それどころか彼は、

「そういえば布団、一組しかねぇけど……これ使うって訳にもいかねぇよな……どうするかな、何か代わりになる物……」

 私の寝床の心配をしてくれているようで、布団の代わりになる物を探そうとしていた。

「あ、あの、私の事は大丈夫!  流石にこの状況で眠れないし、部屋に置いてもらえるだけで充分だから気にしないで」
「朝までずっと起きてるつもりかよ?」
「うん。今はそんなに眠くないし」
「……ふーん」

 恐らく、私の『眠くない』発言は嘘だとバレているに違いない。

 何か言いたげな小谷くんは暫く私に視線を向けたままだったけど、

「……まぁいいや。じゃあ俺はもう寝るから。喉乾いたら冷蔵庫にある物勝手に飲んでくれ。それと、俺明るいの嫌いだから電気消すぞ」
「あ、うん。どうぞ」

 これ以上話しても意味が無いと思ったのだろう。急に眠ると言い出した彼は私の返事と重なる形で電気を消すと、さっさと布団に潜り込んでしまった。

(流石は小谷くん。随分とあっさりしてる……いや、ちょっと……あっさりし過ぎじゃない?)

 仮にも若い男女が一つ屋根の下に居るという状況下に彼は電気を消して布団に潜り込んでしまったのだから、そう思うのは無理ないと思う。

(た、確かに、色気はないし……胸だって、そんなに大きくないけど……こんなにあっさりし過ぎもどうなの?)

 とはいえ別に何かを期待した訳でも起こって欲しい訳でもないけれど、何だか腑に落ちない。

(まぁいいや。それより朝までどうしよう。スマホの充電、あんまりないから暇も潰せないし、寝ないと言ってもやる事がない……)

 暗く静まり返った部屋で何が出来るのだろうと一人悩んでいると、

「……アンタさ、どうしてこのアパートに住もうって思ったんだ?」

 眠ったと思った小谷くんに突然、そう問い掛けられた。

「小谷くん、寝るんじゃなかったの?」
「何か目が冴えた」
「そ、そう……」

 彼が起き上がり再び灯りを付けたので、暗闇から突然灯りが点いた事を眩しく感じた私は一瞬目を瞑る。

「で、どうしてこんなボロアパートに住んでんの?」

 彼がそう聞いてきたのは好奇心からなのか、それとも起きていると言った私に気を遣い何か話す話題をと思った末の事かそれは分からないけれど、暗闇で一人起きているより良いかと思った私は少し迷った末に彼の質問に答える事にした。

 私は幼い頃に両親を事故で亡くし、母親の兄夫婦に引き取られた。

 叔父さんは優しくしてくれたのだけど叔母さんからは歓迎されていなかったみたいで、私はいつも邪険に扱われていた。

 高校卒業したら一人暮らしをすると言った時は、心底嬉しそうだったのを覚えている。


「学費は出してもらってるけど、それ以外は流石に申し訳なかったから断ったの。だから、資金礼金なしで家賃の安いアパートが良くて、ちょっと古くても仕方ないかなって思って……ここに決めたんだ」
「へぇ……」

 それだけ言って、小谷くんは視線を逸らしてしまう。

 自分から聞いたくせに相変わらず気のない返事だなとは思うけど、それは口に出さなかった。

「あ、あの……小谷くんは……」
「あ?」
「小谷くんは、どうしてこのアパートに決めたの?  やっぱり、家賃が安いから?」

 再び訪れた気まずい空気を払おうと、今度は彼にも同じ質問をしようと聞いてみる。

 すぐに答えてくれると思ったのだけど私の質問に彼は何かを考えるように黙り込み、その状態が五分程続いた。

 そして――

「……まぁ、そうだな。それくらいしかねぇだろ、こんなボロアパートに住む理由なんて」
「そ、そう……だよね」

 沈黙の後、彼はそう答えたのだけど、その答えは五分も悩んでから答える理由だっただろうかと疑問が残る。

 それに、そう思うなら私にも聞かなければいいのにと思ってしまう。

(やっぱり、よく分からない人だな、小谷くんって)

 それから再び沈黙が続き、私は時折スマホを弄りながら時間を持て余していたけれど、いい加減眠くなってきてしまった。
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