近くて遠いキミとの距離

夏目萌

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「――という訳で、これから漫画喫茶に行こうと思って」

 鍵を失くして困っていた事を説明する。

「へぇー」

 自分から聞いたくせに、全く興味が無さそうに呟く小谷くん。

(へぇって、他に言う事ないの?  興味が無いなら聞かなきゃいいのに)

 やっぱり話さなければ良かったと脱力すると、何だか急に身体が冷えてきたのか身震いする。

 五月も半ばに入ったけれど夜はまだ肌寒く薄着の私は冷えてしまったようで、だんだん寒気がしてきた。

「じゃあ、そういう訳だから」

 暖まりたいし、そろそろ眠くなってきたので早く店に向かおうと階段に足を一歩踏み出した、その時、

「俺の部屋、入れば?」
「…………へ?」

 小谷くんはとんでもない事を口にしたのだ。

「何変な顔してんだよ。遠慮すんなよ。漫画喫茶なんて、無駄に金使う事ねぇだろ?」
「い、いや……でも……」

 確かに彼の言う通り、わざわざお金を使いたくはない。

 けど、だからと言って恋人でもない男の子の部屋に泊まる……というのはどうだろう?

(いや、有り得ないよね?)

 それに、いくら知らない人ではないと言っても、同じ学部で同じ学科、同じアパートに住んでるってだけで、私は小谷くんの事をよく知らないのだから。

「早く入れ。寒い」
「え、あ、その……入れと言われても……」
「いいから。こんな時間に駅まで歩いてて途中で何かあったら、寝覚め悪いし」

 何かって何だろう。言い方も言葉もあれだけど、心配してくれている事は伝わってきた。

(入る……しかない……の?)

 戸惑いはあったけれど、折角の好意を無下にするのもどうかと思い、

「じゃ、じゃあ、お邪魔します……」

 少し迷った末、私は小谷くんの部屋にお邪魔する事になった。

「まぁ、その辺適当に座れよ」
「う、うん……」

 部屋に通された私は、身の置き場に困っていた。

(男の子の部屋なんて、初めて入った)

 当たり前だけど、恋愛経験のない私が異性の部屋に入ったのは初めての事で、どうしたらいいのか戸惑ってしまう。

 それに、部屋の間取りは自分の部屋と同じだけど、彼の部屋は何だか少し広く感じた。

 何故かと軽く辺りを見回すと、この部屋には必要最低限の家具や家電しか置いていない事に気づく。

(物が、あまりないんだ……何だか、寂しい部屋だな)

 それが、彼の部屋を目の当たりにした正直な感想だった。

 テレビはあるけど、DVDやBlu-rayプレイヤーもなければ、ゲーム機もない。

 娯楽になりそうな物と言ったら、端に積み重ねて置かれている本くらいだろうか。

「何か飲む?」

 ふいにそう声をかけられ、私は彼に向き直る。

「あ、お構いなく。っていうか、本当にごめんなさい。こんな時間にお邪魔して……」
「別にいいって。まだ眠くねぇし」
「で、でも、バイト終わりで疲れてるのに、私が居たら休まらないんじゃ……」
「そう思ってたら部屋に入れてねぇよ。それに俺、別に誰が居ても気にならねぇから平気」
「そ、そうなんだ……」

 そうは言うけど、やっぱり申し訳ない。明日……というか日付が変わっているからもう今日になるけど、土曜日で大学は休みでも彼の事だからきっとバイトがある筈だ。

「あの……私の事は構わないで、いつでも寝ていいからね」
「まぁ、言われなくても眠くなれば寝るけど」
「そ、そうだよね」

 相変わらず素っ気ない小谷くん。話が途切れ、無言になってしまうと彼はキッチンへ向かって行く。

(やっぱり、気まずいな……)

 部屋に置いてもらえるのは有難いけど、やっぱり選択を間違えた気がした。

(でも……ちょっと、眠くなってきちゃった……)

 気まずい空気が漂いつつも、バイト終わりだし、いつもならもう寝ている時間という事もあって徐々に睡魔が襲ってきた。

(でも、こんな状況じゃ寝れないよね……)

 いくら気にするなとは言われても、親しくない他人の部屋で眠れる程、神経は図太くない。

 何とか睡魔を追い払う為に、両手で軽く頬を叩いて眠気を覚まそうとしていると、

「何してんの?」
「え?  あ、いや、な、何でもない……です」

 マグカップを二つ手にした小谷くんに話し掛けられた私は恥ずかしさから下を向いた。

「ホットミルクだけど、良かったら飲めよ」
「あ、ありがとう!」

 差し出されたマグカップを手に、温かいホットミルクを一口飲むと、身体が暖まるのと同時に何だかほっとした気分になってくる。

「美味しい!  本当にありがとう、小谷くん」
「何だよ、たかがホットミルクくらいで。大袈裟すぎ」
「ホットミルクもそうだけど、部屋に入れてもらえて本当に助かったから」
「……まぁ、流石にあの状況で放置は出来ねぇよ」
「え?」

 小谷くんが小声で何か言ったようだけどいまいち聞こえず聞き返すも、

「何でもねぇよ」

 独り言で聞かれたくない事だったのか、そっぽを向かれてしまった。
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