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右左山桃

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番外編

【悟史視点】ふたりは関係を進めたい・8(終)

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 朝7時、スマホのアラームで目が覚めた俺は、隣で寝ていた日菜子の肩を軽く揺すった。

「日菜子、朝食の時間になるから起きろ」
「うみゃー……まだ寝るぅ~……」

 もそもそと布団の奥へと潜っていく日菜子に、俺は苦笑する。

「いつもは俺より早起きなのにな」
「だってだってー。昨夜のサトちゃんは凄かったんだもの~」
「…………くっ」
「あー、赤くなった」

 ひょいと布団から顔を出した日菜子は、ふふふと嬉しそうに笑う。

「これ言えば男の人は絶対に喜ぶんだよね? 鹿乃子が言ってたよー」
「おまえの友達はなんだってそう、偏った知識をおまえに吹き込むんだろうな……」

 そういうセリフは経験豊富で、もっと雄々しい男に言うもんじゃないのか。
 童貞に向ってすごかったも何もねーだろと思いつつ、次ぐ言葉はすぐ口を出た。

「日菜子はすごく可愛かった」

 言った後で、ああ、今のセリフは自分でもかなり恥ずかしいと思ったけど、日菜子が面白いくらい赤くなったので気付かれずに済んだ。

「ええと……」

 冗談を言い合うのはそのくらいにして。

「……本当は起きあがれないくらい、辛い?」

 申し訳なさそうに問う俺に、「ううん!」と日菜子は返事をすると、元気に布団から跳ね起きた。

「っあ……」

 サッと血の気が引く。
 布団に僅かだが血痕。
 よく見れば日菜子の浴衣にも。

「本当に……だい……じょうぶなのか……それは……」

 暗かったし、必死だったから、仕方ないのかもしれないけど。
 浴衣や布団にまでは気が回らなかった。

「んー……体は全然大丈夫なんだけど……」

 青くなったり赤くなったりと忙しい俺とは対照的に、日菜子は「へー、血なんて本当に出るんだねー」くらいののんびりした反応だった。

「……クリーニング代……払わないと……」

 微かに残った正気で、ポツリと呟く。

「日菜子、謝ってくる……?」
「いや、おまえはとりあえず風呂に入ってこい。俺が行ってくるから……」
「じゃあ、一緒に行く?」
「馬鹿言うな、余計恥ずかしいわっ!」

 旅館はとても良かった。
 温泉も料理も仲居さんの対応も申し分ない。
 それでも多分、俺はもう一生ここには来ない。




 朝食と身支度を早々に済ませ、旅館を後にする。
 昨日に引き続きの快晴。今日も暑くなりそうだった。

「んっ……」

 俺は天を仰ぎ、体を伸ばした。
 何をあんなに拘っていたんだろう。
 変わらず空は青く高く。
 日菜子は隣で幸せそうに笑っている。
 愛しく大切に思う気持ちは昔も今も、きっとこれからも変わらない。
 ただ漠然と、ああ、もっと頑張ろうと思った。
 自分を選んでくれた日菜子が、いつだって幸せな笑顔で誇れるように。
 歩き始めたふたりの指先が軽く触れあう。
 そのまま指を絡めてみると、日菜子は少し緊張して肩を強張らせ、目が合うと「みゃはは……」と照れたように笑った。

「で? 結局日菜子は、どこか行きたいとこあるのか?」
「今日は取材に行かなくて良いの?」
「あー……それは建前っていうか……」
「たてまえ?」
「日菜子と旅行に行って、楽しめればそれが一番の取材になるっていうか」
「ははぁ。急にお休み取れちゃうなんて変だなーとは思ってたんだよね。また橘さんの計略か」

 日菜子はやれやれ、と肩をすくめた。

「正直、帰ってから橘さんに会うのが、かなり気まずい」
「大丈夫だよ。先生だって日菜子がいなくて羽伸ばしてると思うし」
「え?」
「こんなチャンスまたとないじゃない。橘さんだって今頃、先生に呼び出されててそれどころじゃないって。何か言われたら、逆にふたりのこと突いてみれば? 慌てるんじゃないの」

 フッと鼻で笑う日菜子。
 そんな顔もするのな。

「……あのふたりって、昔付き合ってて別れたんじゃねーの?」
「付き合ったことも別れたこともないと思うよ。両片思いをこじらせてるだけだよ」
「……へ、へえ?」

 橘さん、人のこと言えないじゃん。
 順調そうに見える恋人も、欲しいもの全部を手に入れてるようなスパダリでも、思い通りにいかないことや、悩むことがあるのかな。
 色々あるか。
 そりゃ人の数だけ。

 日菜子は空いた片手でスマホをスワイプしながら「うーん……」と唸る。

「じゃあ、陶芸教室かな。ろくろに挑戦しちゃおっかな!」
「ろくろ……渋いな」

 俺もポケットからスマホを取り出し、日菜子のスマホを覗き込む。
 ホームページに載っている電話番号をタップした。

「まだ朝早いし、今からなら予約なしでも行けるかな?」

 電話はすぐに通じた。

「……はい、2名でお願いします。10時の回ですね、わかりました。……川内です。電話番号は……」

 電話をしている俺の話しぶりから、参加できそうだと感じとった日菜子は笑顔になった。
 通話を終えるのと同時に、青空に声を響かせる。
 
「やった~♪ サトちゃんとお揃いの湯飲みを作るんだー!」

 それを聞いて、俺は少し考えて笑う。

「……歳とっても一緒に使えるやつ?」
「うん!」

 指先をほどいて、そしてまた、離れないようにてのひらを強く握りあって。
 俺たちはこれからの旅路を進めた。
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