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3章 恋の証明
30 未来
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「息子のことを心から愛してくれているか」
南向きの窓から入る眩しいくらいの光の中に、桐羽さんの姿を見たような気がした。
孝幸さんの口から雅への気持ちを直接聞くのは初めてなのに、何だかとてもしっくりきて、懐かしい響きがする。
やっぱり親子だ。
やり方は全然違うけど。
きっと根っこの部分はとても似ていて、ふたりとも雅のことを愛している。
「調子の良いことなんていくらでも言えるし、愛情は目に見えないから証明できない。変わらない気持ちは無い。確かめる術はない……それも解っている。それでも、息子に嫌われてでも、私は確信が欲しかったのかもしれない……」
考え方が同じでも、桐羽さんより孝幸さんの方が雅に対して保守的なんだろう。
この人は、この人なりのやり方で、雅を傷つけるものから守ろうとしたのかもしれない。
確信、か……。
あと、私は何をすればいいのだろう。
どうしたら、私が雅を大好きな気持ちがこの人にわかるんだろう。
時間が無くなる。
その前にもうひと押し。
私に何ができるのか考える。
でも何も思い浮かばない。
だって今孝幸さんが言ったとおり、口ではなんとでも言えるし、愛情なんて目に見えないのだから。
「私、雅が好きです」
それでも気がつけば口にしていた。
「私はずっと恋愛感情がわからなかった。気持ちを認めること、口に出すことをためらってきました。今ではそれを後悔しています。伝えられる時に、伝える努力をもっとすれば良かった。目に見えないからこそ、お互いが実感できるまで何度も伝えあうんです」
だから、私も孝幸さんに伝わるまで何度だって伝えなきゃ……。
「私、雅が好きです」
迷って悩んで足掻いてばかりで、桐羽さんには言えなかった心からの言葉を、孝幸さんにはやっと言える。
桐羽さん、どこかで見てくれていますか。
「……伝える努力……か。君は母と同じようなことを言うんだな。息子たちと諍いがある度に私はそれが足りないと言われたよ……」
懐かしそうに語る孝幸さんの表情は穏やかで、私はやっとこの人の心の奥に触れられた気がした。
「君に会ってひとつだけわかった。形の無いものでも、なんとか証明してみせようと、ありとあらゆる方法で全力でぶつかってくる人間もいるのだと。……今までの非礼を詫びたい。私の身勝手で傲慢な振る舞いは、君の心を傷つけた……」
「あ……いいえ。いいえ!」
「ねえ、君。就職は少し先延ばしにして、進学するつもりは無いか? 法学部に在籍しているんだろう。成績も特に問題なさそうだ。このまま司法試験を目指さないか」
「……え……と……?」
進学?
確かに一度考えたことはあったけど、今この状況でそれを言われても、どう受け止めたらいいのかわからない。
今までの会話と何の脈絡があるのだろうか。
言葉の意味がよくわからなくて返答に窮していると、孝幸さんは尚も続ける。
「俺はこれから君が切り拓いていく未来に投資がしたい。学費や将来を保証しよう。いつかうちの会社の顧問弁護をやってもらえないか。息子はあの通りのお人よしだ。これから先も誰かに騙されたり、傷つくことがあるかもしれない。そんな時は君が支えて、力になってくれ。どんな時も君だけは最後まで雅の味方でいて、ずっと傍にいてやってくれ」
「え…………」
「これは経営者として、ではないな……。父親としてのお願いだ……」
「あ……あの……」
孝幸さんがらしくもなく、私に深く頭を下げた。
言われたことがちゃんと頭に浸透していくまでに時間がかかる。
私は……今、この人に認めてもらえたのだろうか。
胸が高鳴って、頬が高揚していく。
ただの絵空事でしかなかった未来がやっと形になって私の手の中に降りてきた気がした。
目じりを下げて困ったように笑った孝幸さんの中に、初めて雅の面影を見た気がして、体の奥で張り詰めていた糸がプツリと切れる。
今更、体が震えだして泣きそうになった。
やっぱり本当は心細くて、怖かったのだと思い知る。
それでも認めて欲しかった。
雅に。
雅だけでなく、雅を愛して育ててくれた人たちに。
そして、愛情に疎かった自分自身に。
私はきっと、ずっと、私の恋を本物なのだと証明してみせたかった。
涙を堪えて顔を上げられずにいる私の元に、孝幸さんが席を立って近づいてくる気配がした。
リノリウムの床と私の間に差し出された手にそっと触れる。
大きくて骨ばった温かい手は、雅の手によく似ていた。
「正直な話、君が諦めの悪い子で本当に助かったよ」
「…………?」
「いや。なに。こっちの話」
南向きの窓から入る眩しいくらいの光の中に、桐羽さんの姿を見たような気がした。
孝幸さんの口から雅への気持ちを直接聞くのは初めてなのに、何だかとてもしっくりきて、懐かしい響きがする。
やっぱり親子だ。
やり方は全然違うけど。
きっと根っこの部分はとても似ていて、ふたりとも雅のことを愛している。
「調子の良いことなんていくらでも言えるし、愛情は目に見えないから証明できない。変わらない気持ちは無い。確かめる術はない……それも解っている。それでも、息子に嫌われてでも、私は確信が欲しかったのかもしれない……」
考え方が同じでも、桐羽さんより孝幸さんの方が雅に対して保守的なんだろう。
この人は、この人なりのやり方で、雅を傷つけるものから守ろうとしたのかもしれない。
確信、か……。
あと、私は何をすればいいのだろう。
どうしたら、私が雅を大好きな気持ちがこの人にわかるんだろう。
時間が無くなる。
その前にもうひと押し。
私に何ができるのか考える。
でも何も思い浮かばない。
だって今孝幸さんが言ったとおり、口ではなんとでも言えるし、愛情なんて目に見えないのだから。
「私、雅が好きです」
それでも気がつけば口にしていた。
「私はずっと恋愛感情がわからなかった。気持ちを認めること、口に出すことをためらってきました。今ではそれを後悔しています。伝えられる時に、伝える努力をもっとすれば良かった。目に見えないからこそ、お互いが実感できるまで何度も伝えあうんです」
だから、私も孝幸さんに伝わるまで何度だって伝えなきゃ……。
「私、雅が好きです」
迷って悩んで足掻いてばかりで、桐羽さんには言えなかった心からの言葉を、孝幸さんにはやっと言える。
桐羽さん、どこかで見てくれていますか。
「……伝える努力……か。君は母と同じようなことを言うんだな。息子たちと諍いがある度に私はそれが足りないと言われたよ……」
懐かしそうに語る孝幸さんの表情は穏やかで、私はやっとこの人の心の奥に触れられた気がした。
「君に会ってひとつだけわかった。形の無いものでも、なんとか証明してみせようと、ありとあらゆる方法で全力でぶつかってくる人間もいるのだと。……今までの非礼を詫びたい。私の身勝手で傲慢な振る舞いは、君の心を傷つけた……」
「あ……いいえ。いいえ!」
「ねえ、君。就職は少し先延ばしにして、進学するつもりは無いか? 法学部に在籍しているんだろう。成績も特に問題なさそうだ。このまま司法試験を目指さないか」
「……え……と……?」
進学?
確かに一度考えたことはあったけど、今この状況でそれを言われても、どう受け止めたらいいのかわからない。
今までの会話と何の脈絡があるのだろうか。
言葉の意味がよくわからなくて返答に窮していると、孝幸さんは尚も続ける。
「俺はこれから君が切り拓いていく未来に投資がしたい。学費や将来を保証しよう。いつかうちの会社の顧問弁護をやってもらえないか。息子はあの通りのお人よしだ。これから先も誰かに騙されたり、傷つくことがあるかもしれない。そんな時は君が支えて、力になってくれ。どんな時も君だけは最後まで雅の味方でいて、ずっと傍にいてやってくれ」
「え…………」
「これは経営者として、ではないな……。父親としてのお願いだ……」
「あ……あの……」
孝幸さんがらしくもなく、私に深く頭を下げた。
言われたことがちゃんと頭に浸透していくまでに時間がかかる。
私は……今、この人に認めてもらえたのだろうか。
胸が高鳴って、頬が高揚していく。
ただの絵空事でしかなかった未来がやっと形になって私の手の中に降りてきた気がした。
目じりを下げて困ったように笑った孝幸さんの中に、初めて雅の面影を見た気がして、体の奥で張り詰めていた糸がプツリと切れる。
今更、体が震えだして泣きそうになった。
やっぱり本当は心細くて、怖かったのだと思い知る。
それでも認めて欲しかった。
雅に。
雅だけでなく、雅を愛して育ててくれた人たちに。
そして、愛情に疎かった自分自身に。
私はきっと、ずっと、私の恋を本物なのだと証明してみせたかった。
涙を堪えて顔を上げられずにいる私の元に、孝幸さんが席を立って近づいてくる気配がした。
リノリウムの床と私の間に差し出された手にそっと触れる。
大きくて骨ばった温かい手は、雅の手によく似ていた。
「正直な話、君が諦めの悪い子で本当に助かったよ」
「…………?」
「いや。なに。こっちの話」
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