恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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3章 恋の証明

27 面接開始

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受付を済ませて待合室として通された部屋には、ふたりの学生がいた。
私が着席するとほぼ同時にひとりが名前を呼ばれ、部屋を出ていった。
私が指定された時間を過ぎても学生が来ては着席している所を見ると、時差で集合がかけられているようだ。

これじゃあ、何人が最終選考まで残っているのかわからないな……とぼんやり思ってから、未だに採用される希望を捨てていない自分に心の中で笑った。
待ち時間はほぼ無かったため、私の順番はすぐに来た。

孝幸さんは私の姿を見ても、眉ひとつ動かさなかった。
他の学生にもそう指示したであろう態度で、私に自己紹介を促した。

萎縮だけは絶対にしない。
そう決めて、私は孝幸さんと初めて会った時とは別人のような明るいトーンで話し出す。

ミスキャンで千夏と涼子に鍛えられた姿勢を保ち、表情は笑顔を崩さない。
自然に笑えているかどうか、自分を客観的に眺める余裕なんて今の私にはないけど。


「うちの会社のロゴの意味を知っている?」

「はい。御社のロゴはすずらん。社名の由来もリリーベルから。すずらんは油をとる効率が悪く、市場の香水は殆どが人工香料です。リリーバリーの代表商品である天然のすずらん香水は御社の技術そのものです。それと……」


会社に関する問いは自分のこと以上にスラスラと答えられる。
更に言えば、きっとすずらんは桐羽さんの一番好きな花だったからだと思う。だって――。


「すずらんの花言葉が『幸せ』だからです。御社の企業理念は『幸せを作りだす会社であること』ですから」

「そうそう、さすがだね。よく調べていたんだね」

「ありがとうございます」


含みのありそうな言葉と笑顔にも、私は笑顔で応える。
それから孝幸さんは私にリリーバリーの商品をどのくらい知っているのか、使ったことがあるのか、使用した感想などを訊いた。
他の学生と同じように面接をしてくれることが嬉しかった。
試験の合否は気になる、孝幸さんに気に入られたい気持ちもある。
それでも媚びを売るつもりはない。
雅の将来のためにも遠慮なくズバズバと自分の意見を言った。
ひと通り、最近購入した商品の話をした後で、余計なお世話かもしれないと思いつつも更に付け加える。


「私は御社の存在を長い間知りませんでした。多岐の業種に技術提供をしているからやむを得ないのかもしれませんが、社名があまり表に出てこないのは勿体ない気がします。裏方に徹しているのではなく、もっと知名度を上げた方がいいのではないでしょうか。私はもっと色々な人にこの会社のことを知ってもらいたいです。……創業者である、桐羽さんの想いも」


桐羽さんの名前を出すと、孝幸さんの表情が少し動いた。


「そうか。君は……会ったことがあるんだっけ」


一瞬、緊迫した空気が流れ、孝幸さんがどう出るのか警戒して身構える。
だけど、孝幸さんがそれ以上その話に乗ることはない。


「じゃあ、君だったらどんなマーケティングをして知名度を上げる?」


態度を変えずに、面接を継続してくる。
私は、ホッとしたような、肩すかしを食らったような複雑な気持ちになった。
もしかしたら最後までこんな感じで、何事もなかったかのように終える気なのかもしれない。


「そうですね……。香水は主にインターネット販売がメインで宣伝方法が限られていますよね。更に言えば、どんな香りなのか試すことができない。店舗を持つことが難しいのなら、紙面に御社の香りを定着させる技術を作って、カタログや広告を作ってみてはどうでしょうか」


私はいつかの千夏と涼子がしていた会話を思い出しながら話を続けた。
あの子たちならどこに行って、どんな風に買おうとするだろう。


「それをデパートの一角に置かせてもらう。あとはアパレルショップ、美容院、ネイルサロンなどで配ってもらうんです」


あとは確か……プレゼントにもいいと言っていたっけ。


「誕生花の香水は、雑貨屋や宝石店の誕生石グッズと一緒に宣伝してもいいですね。プレゼントに最適だと思います。あ、でもそうすると現物を置いてもらった方が購買意欲がわきますね。一緒にラッピングして欲しいですし」


私は更に頭をひねってアイディアを出そうとする。
今は若い女の子が中心で香水を買っているのだろうけど、購買層を広げるならもっと違う発想が必要なのかもしれない。
お年寄りだって花の香りは好きだろうし……と考えを巡らせて、桐羽さんが入院していた花いっぱいの病室を思い出した。


「もしかしたら、老人ホームや介護施設などもいいのかもしれません。いっそ、香水の枠を越えて別の商品にしてしまうとかどうですか?」

「…………へぇ、例えば?」

「香り付きの造花、写真、絵とか。老人ホームなどに置けば痴呆の予防に効果があるかもしれません。体が不自由で実際に本物を見に行けなくても、きっと花いっぱいのその場所に行けた気持ちになります。あ、そう考えると子供向けの商品にも使えそうですね。香り付きの花の図鑑とか絵本とか……教育にも使えるかも……」

「紙か……まだやったことないが分野だな」

「印刷会社を巻き込むことになりますので難さもありそうですけど、香りが刷れる印刷機にもビジネスチャンスはたくさんありそうですよね。私、別の会社のインターンでは商品企画を担当したのですが……」


ここぞとばかりにフルール化粧品でのインターン経験も盛って話してしまった。
気づけば、リリーバリーの知名度を上げる話から逸脱していたけれど、孝幸さんは特に気にせず「面白いことを考えてるね。参考にさせてもらうよ」と言って、手元のノートパソコンに私との会話を打ち込んでいた。

とりあえず商品について話したいことは話した。
いや、話しすぎた……かな。
仕方ない。
だって夢とはいえ、何度となく自分がここで働く姿を妄想したのだから。

孝幸さんが腕時計に目を配っているのに気づいて、終わりの時間が迫っていることを知り焦る。
気を緩めると膝が震えそうになって、私は気づかれないように小さく深呼吸をした。
もうリリーバリーへの未練はこれでおしまい。
いつかここで話した商品が世に出たら、心の中でひっそり喜ぼう。

  
「じゃあ、今度は君自身のことを教えてくれる?」


そう問われて、私は攻めの姿勢で行く決意を固める。
私が孝幸さんと会話できるのは、これが最後になるのかもしれないのだから。
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