恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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2章 あなたと共に過ごす日々

26 キス

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ぼんやりと教授の言葉に耳を傾けて午後の講義を受けていた。
黒板に書かれる字を目は追って、それをノートに書きとめようと手は動いているけど頭はちっとも動いていない。
無意識に左手のひとさし指は唇をなぞってばかりいた。

雅とキスした。

別に初めてじゃないけど。
初めて会った日にしたのをカウントしたら、あれがファーストキスって訳じゃ……ないんだけど……。
ぐりぐりとノートの隅をシャーペンで塗りつぶす。
プチッと音がして、折れた芯が飛んでおでこを直撃した。


――キスしたい。


昨夜の雅の言葉が脳内再生されて、ぶわっと額から汗が噴出す。
そんなこと言われたのも、あんな風に求められたことも、

だって、初めてだったから。



***



女子力ゼロの自分でも、いつか雅をそんな気にさせられたらいいなと思ってた。
だけどそんなのはまだ妄想の域を出ていなかったんだって思い知る。
言われた直後の私の頭は大パニック、俯いた顔には体中の血液が熱を帯びて流れ込んできた。
真っ赤な顔を雅に見せるのは恥ずかしくて抵抗があった、けど。

それでも……やっぱり……。
胸がいっぱいになるくらい、嬉しかったから。

応えたくて、ぎゅっと目を瞑って唇を差し出す。
そのまま体を硬直させて待っていたら、雅が小さく笑うのがわかって目を開けてしまった。
でもすぐに後悔した。
目と鼻の先に雅がいて、思わずのけぞる。


「「わぁ!?」」


私たちは声を綺麗にハモらせて、飛び退くように距離をとった。

ち、近い。
すごい、近かった。


「笑うなんて、よっ……余裕ある……じゃないっ」


バックバクと高鳴る心臓がうるさくて、服の上からぎゅうぎゅう押さえつける。
笑われたことがショックで、今自分はどんな顔をして雅を待っていたんだろうなんて、想像したら恥ずかしくて寝込んでしまいそうだった。
直前でキスをかわされた雅は「え……えぇぇ~……?」と困った声を出して笑ってから「余裕なんてないよ……」と肩を落とした。


「だって、かわ……、え、と」


「可愛い」発言が余裕の態度だと受け取られるのを警戒したのか、雅はそこから先の言葉を伏せて頬を掻く。


「ごめんね?」


雅は私にそう謝って、こつん、と、私のおでこに自分のおでこをくっ付ける。
わぁ! もう! 可愛いのはどっちだよ!
思わずきゅんとしてしまう自分に一喝入れて、ぐぬっ! と口をへの字に結んだ。

ゆ、許すもんか。
またそうやって、赤くなった私の顔の温度を測ったりして……。
どうせ私の方がずっとドキドキしてるし、顔は真っ赤だし。
雅がそーゆー行動をとるのが余裕の証なんだってば……!
そう口を開きかけてから、おでこから伝わってくる熱に、あれ? と思う。
顔を上げようとすると、唇に羽が触れるような優しい感触があった。


「ドキドキ……してるよ……?」


私から唇を離した雅は、私の手を引いて心臓の上に乗せる。
手のひらから伝わってくる雅の心音は、自分のものかと勘違いするほど大きくて、早くて……。


「あ……え……」


嘘でしょう?
きっと、これ、私の心臓の音だ。
だって、私だって……。ううん、私の方がずっとドキドキしてる、し。
私と目が合った雅はちょっとだけ真面目な顔になって、目を細めて顔を近づけてくるから私も慌てて目を閉じる。
どうしよう、とか。今度は考えてる暇がなかった。

唇から伝えられる柔らかで温かい感触を、体中の神経全てで受けとめる。
雅と触れあっていること実感する、ちょっと長めのキス。
息が苦しくなる前に唇を離して、角度を変えて、キス。

今まで雅は私にたくさん「好きだよ」って言ってくれた。
言われる度に、嬉しくて恥ずかしくてくすぐったい気持ちになった。
でも、雅は私が自分に自信が持てるように、意識して私を肯定してくれているんだとも思っていたから。
優しい言葉は心の中にしまっておいて、いつか私が頑張れた時に胸を張ろう、ご褒美にしようって思ってた。

そう思ってた……のに。

言葉がなくても雅が何を考えているか分かる、思考や理屈を超越する瞬間があることを私は初めて知った。
私の輪郭を、唇を、慈しむようになぞっていく指先の感触。
私を映している雅の目がすごく優しくて、恍惚とした表情がなんか色っぽくて、


好きだよ。


そう言われているのがわかって、ドクッと心臓が高鳴り体の芯が震えた。
離れた唇の温度が恋しくなって、気づけば雅の服の袖を掴んでた。


「…………もっ、と……」


口が勝手に言葉を紡ぐ。

もっと。

欲しい。
求めて。
求められたい。
愛したい。
愛してる。


愛してる。


難しいことは何も考えられなくなって、自分でもびっくりするくらい激しい気持ちが胸に競り上がってくる。
多分、私の表情だって、らしくないくらいわかりやすかったのだと思う。
泣きそうになっている私に、雅も触発されたのがわかった。
もどかしそうに口を塞がれて、何度も繰り返されるキスに、頭の芯がぼうっとする。
段々と呼吸が乱れてきて、私の足元がおぼつかなくなっているのを察した雅が、私を壁際へと寄せて、背中を壁に押し付けた。
健全に、大切にします――母への宣言でも思いだしたんだろうか。
私を追い込むような体制になって、少しばつの悪そうな顔をした雅が、愛しかった。

悪い子でも、いいのに。

私の呼吸が整うのを少し待ってから、また、深く口づける。
私はそれに応えるために、雅の首に腕をまわした。
何度目のキスの後だろう、名残惜しそうに唇を離した雅が困ったように笑った。


「ごはん、冷めちゃうね……」


優しくたしなめられて、ようやく我に返る。
雅の用意してくれたご飯は麻婆豆腐だった気がするけど、なんかもう申し訳ないけど胸がいっぱいで味は全くわからなくって……。



***



うあぁぁぁぁぁぁぁぁ……。
昨夜からもう何十回と同じシーンを思い出している。

恥ずかしい。
恥ずかしい。
恥ずかしい。

壁にゴンゴン頭を打ち付けて、床に転がりながらのたうちまわりたい気分。
講堂でそんな私が目撃されたら、間違いなく病院送りになりそうだけど。
こんな、らしくもなく思春期全開になっちゃってどうしよう。
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