恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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2章 あなたと共に過ごす日々

16 伝える努力・2

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何をどう頑張ればいい、とか。
正解なんてわかんないけど。
私は自分を変えたい。

病院から帰ってきた日の翌日、土曜日の朝。
ここからまずひとつ始めることにした。

少しでも気持ちを上げるため日当たりの良いダイニングへ移動し、スマホのディスプレイを見つめる。
アドレス帳からかけたい連絡先を探しては閉じるを繰り返し、「あぁ……」と溜息に近い声を漏らした。
指先から体中へ緊張が走ってどうにかなってしまいそうだった。

今日は仕事がお休みの筈だし、10時になるまでは待った。
そろそろかけても大丈夫かな。
でも休みの日くらいお昼まで寝ていたいと思ってるかもしれない。
まぁ、お昼に限らず、いつかけても寝ているような気もするんだけど……。
悶々と考えを巡らせると、固まりかけた決心が鈍る。


「あれ? 美亜何してるの?」


私がウダウダ悩んでいると、冷蔵庫から飲み物を出すためにキッチンに来たらしい雅に声をかけられる。


「……ごめん。電話……かけたくて……。10分でいいから、傍にいてくれない?」


私がそう言うと、雅は概ね事情を把握したのか「別に何の用もないし。時間は気にしなくていいよ」と応じてくれた。
私と雅はダイニングのクッションに背中合わせで座る。
電話をかけると雅にまで宣言をしたものの、中々踏ん切りはつかなかった。
ヤシ男さんの葉っぱをくるくると指に巻きつけて遊んでいる私に、雅はたしなめることも背中を押すこともなく、部屋から持ってきた参考書を黙々と捲っている。

なんとなく、わかる。
あまり首を突っ込まないで興味無さそうにしてくれているのは、雅なりの配慮なんだと思う。
暫くそんな風に無言の時間を過ごした後、私は母に電話をかけた。

そろそろ切った方がいいのかな、と悩む程度のコール音の後、母が電話に出た。
いつも通りと言えばそうなのかもしれないけど、この慣れない不安の”間”に、母が電話に出る頃はすっかり弱気になってしまうのだ。


「元気にしてた?」


努めて明るい声で問えば『……別に。何も変わらず……』と相変わらずの無気力な返事が返ってくる。
何も、変わらず、か。
本当に母の時間は私が子供の時のまま、ずっと止まっているような気がした。


『何か用?』

「引越しが終わって落ち着いたから……改めて連絡をしようと思って」

『別にそんなのいいのに』

「まぁ、いいじゃない報告したって。お、親子なんだし」

『…………』


「親子」の部分は少し遠慮がちに言った。
母はどう思ってるのかわからないけど。
あっけなく、それっきり会話は途切れる。

立ち止まるのは嫌だった。
ずっと過去に縛られている自分が嫌で、変わりたかった。
前向きな、雅みたいな人になりたかった。
でもどうすればいいのかなんて本当の所はわからないまま、勢いで母に電話してしまったもんだから言葉がすぐに出てこない。
電話をかける前は、住所を教えて近況を楽しく話せればいいなと思っていた筈なのに、この時の私はそのことがすっかり頭から抜け落ちていた。
真っ白な頭で、「え―……、うー……」と話題を探す。


『お金は、足りてるの?』


ふいに母に問われ、あ! と思った。
カレンダーは既に20日を過ぎていたのに、今月はまだ通帳を記帳していなかったのだ。
毎月毎月、ほぼ決まった日に確認してはお礼の連絡をしていたのに。
引っ越し以来、それだけ忙しかったのだと思うけど、そんな大事なことを忘れていた自分が信じられなかった。
母の言葉から推測すると、恐らく今月もちゃんと振り込んでくれたのだろう。
確認とお礼の順番が逆になってしまった。


「今の所、大丈夫。ごめんなさい。まだ今月分のお礼の電話をしていなくて」

『そんなのは別に、いちいちしなくていいから』


顔が見えないと余計に感情が拾いにくい。
駄目だと思っていても、母のひと言ひと言に色々なことを考えてしまう。
私が母に電話することは迷惑なのかな……。
弱い自分に負けたくなんかなかったけど手が震えてきた。
言葉に詰まった時、スマホの手と反対の手に、雅の手のひらが触れてギュッと握る。


「そ、そういうわけにもいかないし。元気にやってるっていうの、伝えるためにも電話は続けるから」


落ちかけた気持ちを奮起して、私は会話を続けた。


「今住んでる所ね、すごくいいとこだよ。大学も近いしね。それで……えーと。あ、そう! 後から気づいたんだけど、歩ける範囲にショッピングモールもあるの。またバイトもすぐに見つけられそうだよね。でも今度は安全を一番に考えるから。雅も一緒にいるんだから安心してね」


いつ電話を切られるのかハラハラしながら、思いついたことを一気に話した。
生活に必要なものは、雅がだいたい揃えてくれたこと、とか。
思ったほどお金はかかっていないってことは、言っておいた方がいい気がした。
住所は口頭でも伝えたけど、きっとメモなんてとらないだろうから、メールでも入れておくと言った。


『……そう』とか『わかった』とか。
時折聞こえる相槌は、とても弱々しくて。
気のせいかもしれないけど、徐々に母の元気がなくなっていくような気がした。


「お、かあさん?」


少し喋りすぎてしまったのかもしれない。
そろそろ電話を切ろうと思ったとき、母が静かに口を開いた。


『雅さんに……宜しく伝えて』

「! う、うん!」


母が雅のことを気にしてくれた。
私のことなんて、何も興味がないと思っていた母が。
それがすごく嬉しくて、雅と繋がっている左手がとても温かかったので、私はもう少しだけ勇気を出すことにした。


「就職のことも相談したいし、暫くしたら帰るから」

『…………』


母からの返答は無かったけど、私は怯まなかった。


「おかあさんに会いに……帰る、帰るからね!」


勢いで言って、何かを言われる前に通話を切った。
スマホを耳から外した後の手の震えが半端無くて、私は「あ、は、は……」と笑って誤魔化す。


「まったくね……こんな電話ひとつでさ、情けないったら……ないよね」


雅に上手く笑って見せたかったけど、頬の筋肉がピクッと痙攣して上手くいかなかった。
自分の挙動不振ぶりに焦りを加速させる私を、雅は繋いだ手を引き寄せて抱きしめてくれた。
背中をポンポンと叩きながら、何度も「すごいね」「頑張ったね」と言ってくれた。
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