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2章 あなたと共に過ごす日々
12 やさしいひと・1
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講義は午前中だけ受けて、午後は雅と正門で合流した。
お見舞いに何を持っていくべきか考えてオロオロする私に、雅は「別に何もいらないよ?」と苦笑した。
でもそういう訳にもいかないので、駅でフルーツゼリーの詰合せを買う。
お年寄りだし、喉通りが良いものがいいかな……と考えた末のチョイス。
病人にお菓子を持って行ってもいいのかわからないけど、「別に気にしなくていいのになぁ」と言う雅が、買うのを特に止めない所を見て、食事制限はないと判断する。
電車で2駅先に移動して、そこから大学病院行きのバスに乗る。
バス停で降りてから「少し、歩くよ」と言う雅に、え? 大学病院前で降りたのに? と不思議に思いつつ付いて行く。
病院の正門をくぐって、駐輪場の脇を通り中庭を抜ける。
中庭は芝生が青々と敷き詰められていて、芝の脇を通る小道沿いにはピンクと白の花で埋め尽くされた花壇と、日よけの木が植えてあった。
入院している患者さんだろうか。木漏れ日の中、気持ちよさそうにパジャマ姿で散歩をしていた。
今日は良いお天気だし、この中に雅のおばあちゃんはいないのかな。
ふと、そんなことを思うけど、雅は脇目もふらずに先を歩いていく。
歩みを進めると徐々に人が少なくなり、自然が目立つ。
病院の敷地の一番奥は林になっているようだ。
木々に囲まれて、目の前にまたひとつ建物が現れた。
真っ白な壁に箱型のシンプルな造り。本館と少し離れて建っているけれど、ここも病棟なのだろう。
「受付けを済ませてくるから、ちょっと待っててね」
雅はそう言うと、小走りで建物の中に入っていった。
入口には『面会の受付窓口はこちら』という看板が立っている。
本館とは長い通路で繋がっているようだけど、面会はここからしか入れないようだ。
雅に続いて建物に入れば、病院特有の消毒薬の匂いが鼻をついた。
さて、どうご挨拶しようかな……。
受付を済ませた雅と並んで廊下を歩く。
緊張していた私は、雅に声をかけられるまで黙々と進み部屋を通りすぎたらしい。
「美亜、行きすぎだよー……」
私を呼びとめる雅の声を背に受けて、慌ててUターンした。
「この部屋だよ」
「ん……」
すぅ、とひと呼吸して部屋に入る。
案内されたのは個室の病室だった。……って、え。これ病室なの!?
広い。
それが第一の感想。
な、なんだこれは。私と雅の住んでいる部屋より絶対広い。
ホテルのスイートルームみたいな所に、雅のおばあちゃんはいた。
真っ先に目に入ったのは、大型テレビ、テーブルにソファで、私の長年の病室のイメージを大きく覆した。
さらに言えばこの部屋には簡易キッチンもあるし、トイレもシャワーもついている。
部屋の壁に寄せられているのは、ひとりでは食べきれない位たくさんの贈答用のお菓子。
お見舞いの品だろうか。
部屋を甘い香りで満たしている花束の量も半端じゃなくて、まるでこの部屋はお花畑のようだった。
本当だ……お見舞い品なんて、全然……いらなかったかもしれない。
高級そうなお菓子を前に、少し恥ずかしくなって手さげ袋を持つ手が汗ばむ。
いったい雅のおばあちゃんて……どういう人なんだろう。
気後れしながら、雅の後に続く。
日差しをたくさん取り込めるように作られた大きな窓辺。
光が溢れるリクライニングベッドの上で、雅のおばあちゃんは本を読んでいた。
たくさんの物に囲まれていても、だだっ広い部屋にひとりポツンといる姿は、本人はどう思っているのかわからないけど、なんだか寂しそうにも見えた。
「ばーちゃん、来たよー」
雅の声に反応して顔を上げる。
かけていた眼鏡を外して、おっとり微笑んだその人は、私の想像とは大分違った。
私の中の雅のおばあちゃんは、雅と似てふわふわした雰囲気の……赤ずきんちゃんの絵本に出てくるような可愛いおばあちゃんだった。
だけど、今目の前にいる女性はそういう感じではない。
正直言って、雅とは似ていなかった。
話に聞いていた通り優しそうな人だとは思うけど、凛とした厳しさも感じる。
綺麗にシャンと背筋を伸ばしているせいかもしれない。
お年寄りにしては背が高く、若く見えた。
セミロングの銀髪をゆるく内側に巻いて、入院中にも関わらず、お化粧も怠っていない。
貴婦人という言葉が似合うこの人は、若い頃は誰もが振り向く美人だったに違いない。
「親父と、兄ちゃんは来た?」
雅の問いに、おばあちゃんは笑顔のまま首を横に振る。
「……何やってんだろ、ばーちゃん入院してんのに」
「まぁ、忙しいからね」
「そうだとしてもさ。もうずっと会ってないでしょ?」
「いいのよ。孝幸には私以上に大切な物がたくさんあるんだから」
孝幸、というのは雅のお父さんだろうか、お兄さんだろうか。
「大切な物、ね。俺はあの人の家族を顧みない所、昔から理解できないけど」
不機嫌な雅の返事から推測すると、きっとお父さんなんだと思う。
雅のおばあちゃんは多分、父方のおばあちゃんなんだ。
「まぁ、まぁ。可愛いお嬢さんをほったらかして、そんな話はやめましょうよ。今日は私に彼女を紹介してくれるんでしょう?」
ふたりの視線が同時に私に向いて、思わずピッと背筋が伸びた。
お見舞いに何を持っていくべきか考えてオロオロする私に、雅は「別に何もいらないよ?」と苦笑した。
でもそういう訳にもいかないので、駅でフルーツゼリーの詰合せを買う。
お年寄りだし、喉通りが良いものがいいかな……と考えた末のチョイス。
病人にお菓子を持って行ってもいいのかわからないけど、「別に気にしなくていいのになぁ」と言う雅が、買うのを特に止めない所を見て、食事制限はないと判断する。
電車で2駅先に移動して、そこから大学病院行きのバスに乗る。
バス停で降りてから「少し、歩くよ」と言う雅に、え? 大学病院前で降りたのに? と不思議に思いつつ付いて行く。
病院の正門をくぐって、駐輪場の脇を通り中庭を抜ける。
中庭は芝生が青々と敷き詰められていて、芝の脇を通る小道沿いにはピンクと白の花で埋め尽くされた花壇と、日よけの木が植えてあった。
入院している患者さんだろうか。木漏れ日の中、気持ちよさそうにパジャマ姿で散歩をしていた。
今日は良いお天気だし、この中に雅のおばあちゃんはいないのかな。
ふと、そんなことを思うけど、雅は脇目もふらずに先を歩いていく。
歩みを進めると徐々に人が少なくなり、自然が目立つ。
病院の敷地の一番奥は林になっているようだ。
木々に囲まれて、目の前にまたひとつ建物が現れた。
真っ白な壁に箱型のシンプルな造り。本館と少し離れて建っているけれど、ここも病棟なのだろう。
「受付けを済ませてくるから、ちょっと待っててね」
雅はそう言うと、小走りで建物の中に入っていった。
入口には『面会の受付窓口はこちら』という看板が立っている。
本館とは長い通路で繋がっているようだけど、面会はここからしか入れないようだ。
雅に続いて建物に入れば、病院特有の消毒薬の匂いが鼻をついた。
さて、どうご挨拶しようかな……。
受付を済ませた雅と並んで廊下を歩く。
緊張していた私は、雅に声をかけられるまで黙々と進み部屋を通りすぎたらしい。
「美亜、行きすぎだよー……」
私を呼びとめる雅の声を背に受けて、慌ててUターンした。
「この部屋だよ」
「ん……」
すぅ、とひと呼吸して部屋に入る。
案内されたのは個室の病室だった。……って、え。これ病室なの!?
広い。
それが第一の感想。
な、なんだこれは。私と雅の住んでいる部屋より絶対広い。
ホテルのスイートルームみたいな所に、雅のおばあちゃんはいた。
真っ先に目に入ったのは、大型テレビ、テーブルにソファで、私の長年の病室のイメージを大きく覆した。
さらに言えばこの部屋には簡易キッチンもあるし、トイレもシャワーもついている。
部屋の壁に寄せられているのは、ひとりでは食べきれない位たくさんの贈答用のお菓子。
お見舞いの品だろうか。
部屋を甘い香りで満たしている花束の量も半端じゃなくて、まるでこの部屋はお花畑のようだった。
本当だ……お見舞い品なんて、全然……いらなかったかもしれない。
高級そうなお菓子を前に、少し恥ずかしくなって手さげ袋を持つ手が汗ばむ。
いったい雅のおばあちゃんて……どういう人なんだろう。
気後れしながら、雅の後に続く。
日差しをたくさん取り込めるように作られた大きな窓辺。
光が溢れるリクライニングベッドの上で、雅のおばあちゃんは本を読んでいた。
たくさんの物に囲まれていても、だだっ広い部屋にひとりポツンといる姿は、本人はどう思っているのかわからないけど、なんだか寂しそうにも見えた。
「ばーちゃん、来たよー」
雅の声に反応して顔を上げる。
かけていた眼鏡を外して、おっとり微笑んだその人は、私の想像とは大分違った。
私の中の雅のおばあちゃんは、雅と似てふわふわした雰囲気の……赤ずきんちゃんの絵本に出てくるような可愛いおばあちゃんだった。
だけど、今目の前にいる女性はそういう感じではない。
正直言って、雅とは似ていなかった。
話に聞いていた通り優しそうな人だとは思うけど、凛とした厳しさも感じる。
綺麗にシャンと背筋を伸ばしているせいかもしれない。
お年寄りにしては背が高く、若く見えた。
セミロングの銀髪をゆるく内側に巻いて、入院中にも関わらず、お化粧も怠っていない。
貴婦人という言葉が似合うこの人は、若い頃は誰もが振り向く美人だったに違いない。
「親父と、兄ちゃんは来た?」
雅の問いに、おばあちゃんは笑顔のまま首を横に振る。
「……何やってんだろ、ばーちゃん入院してんのに」
「まぁ、忙しいからね」
「そうだとしてもさ。もうずっと会ってないでしょ?」
「いいのよ。孝幸には私以上に大切な物がたくさんあるんだから」
孝幸、というのは雅のお父さんだろうか、お兄さんだろうか。
「大切な物、ね。俺はあの人の家族を顧みない所、昔から理解できないけど」
不機嫌な雅の返事から推測すると、きっとお父さんなんだと思う。
雅のおばあちゃんは多分、父方のおばあちゃんなんだ。
「まぁ、まぁ。可愛いお嬢さんをほったらかして、そんな話はやめましょうよ。今日は私に彼女を紹介してくれるんでしょう?」
ふたりの視線が同時に私に向いて、思わずピッと背筋が伸びた。
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