恋人以上、恋愛未満

右左山桃

文字の大きさ
上 下
49 / 135
2章 あなたと共に過ごす日々

12 やさしいひと・1

しおりを挟む
講義は午前中だけ受けて、午後は雅と正門で合流した。

お見舞いに何を持っていくべきか考えてオロオロする私に、雅は「別に何もいらないよ?」と苦笑した。
でもそういう訳にもいかないので、駅でフルーツゼリーの詰合せを買う。
お年寄りだし、喉通りが良いものがいいかな……と考えた末のチョイス。
病人にお菓子を持って行ってもいいのかわからないけど、「別に気にしなくていいのになぁ」と言う雅が、買うのを特に止めない所を見て、食事制限はないと判断する。

電車で2駅先に移動して、そこから大学病院行きのバスに乗る。
バス停で降りてから「少し、歩くよ」と言う雅に、え? 大学病院前で降りたのに? と不思議に思いつつ付いて行く。
病院の正門をくぐって、駐輪場の脇を通り中庭を抜ける。
中庭は芝生が青々と敷き詰められていて、芝の脇を通る小道沿いにはピンクと白の花で埋め尽くされた花壇と、日よけの木が植えてあった。
入院している患者さんだろうか。木漏れ日の中、気持ちよさそうにパジャマ姿で散歩をしていた。
今日は良いお天気だし、この中に雅のおばあちゃんはいないのかな。
ふと、そんなことを思うけど、雅は脇目もふらずに先を歩いていく。

歩みを進めると徐々に人が少なくなり、自然が目立つ。
病院の敷地の一番奥は林になっているようだ。
木々に囲まれて、目の前にまたひとつ建物が現れた。
真っ白な壁に箱型のシンプルな造り。本館と少し離れて建っているけれど、ここも病棟なのだろう。


「受付けを済ませてくるから、ちょっと待っててね」


雅はそう言うと、小走りで建物の中に入っていった。
入口には『面会の受付窓口はこちら』という看板が立っている。
本館とは長い通路で繋がっているようだけど、面会はここからしか入れないようだ。
雅に続いて建物に入れば、病院特有の消毒薬の匂いが鼻をついた。

さて、どうご挨拶しようかな……。

受付を済ませた雅と並んで廊下を歩く。
緊張していた私は、雅に声をかけられるまで黙々と進み部屋を通りすぎたらしい。


「美亜、行きすぎだよー……」


私を呼びとめる雅の声を背に受けて、慌ててUターンした。


「この部屋だよ」

「ん……」


すぅ、とひと呼吸して部屋に入る。
案内されたのは個室の病室だった。……って、え。これ病室なの!?

広い。

それが第一の感想。
な、なんだこれは。私と雅の住んでいる部屋より絶対広い。
ホテルのスイートルームみたいな所に、雅のおばあちゃんはいた。
真っ先に目に入ったのは、大型テレビ、テーブルにソファで、私の長年の病室のイメージを大きく覆した。
さらに言えばこの部屋には簡易キッチンもあるし、トイレもシャワーもついている。

部屋の壁に寄せられているのは、ひとりでは食べきれない位たくさんの贈答用のお菓子。
お見舞いの品だろうか。
部屋を甘い香りで満たしている花束の量も半端じゃなくて、まるでこの部屋はお花畑のようだった。

本当だ……お見舞い品なんて、全然……いらなかったかもしれない。
高級そうなお菓子を前に、少し恥ずかしくなって手さげ袋を持つ手が汗ばむ。
いったい雅のおばあちゃんて……どういう人なんだろう。

気後れしながら、雅の後に続く。
日差しをたくさん取り込めるように作られた大きな窓辺。
光が溢れるリクライニングベッドの上で、雅のおばあちゃんは本を読んでいた。
たくさんの物に囲まれていても、だだっ広い部屋にひとりポツンといる姿は、本人はどう思っているのかわからないけど、なんだか寂しそうにも見えた。


「ばーちゃん、来たよー」


雅の声に反応して顔を上げる。
かけていた眼鏡を外して、おっとり微笑んだその人は、私の想像とは大分違った。
私の中の雅のおばあちゃんは、雅と似てふわふわした雰囲気の……赤ずきんちゃんの絵本に出てくるような可愛いおばあちゃんだった。
だけど、今目の前にいる女性はそういう感じではない。
正直言って、雅とは似ていなかった。
話に聞いていた通り優しそうな人だとは思うけど、凛とした厳しさも感じる。
綺麗にシャンと背筋を伸ばしているせいかもしれない。
お年寄りにしては背が高く、若く見えた。
セミロングの銀髪をゆるく内側に巻いて、入院中にも関わらず、お化粧も怠っていない。
貴婦人という言葉が似合うこの人は、若い頃は誰もが振り向く美人だったに違いない。


「親父と、兄ちゃんは来た?」


雅の問いに、おばあちゃんは笑顔のまま首を横に振る。


「……何やってんだろ、ばーちゃん入院してんのに」

「まぁ、忙しいからね」

「そうだとしてもさ。もうずっと会ってないでしょ?」

「いいのよ。孝幸たかゆきには私以上に大切な物がたくさんあるんだから」


孝幸、というのは雅のお父さんだろうか、お兄さんだろうか。


「大切な物、ね。俺はあの人の家族を顧みない所、昔から理解できないけど」


不機嫌な雅の返事から推測すると、きっとお父さんなんだと思う。
雅のおばあちゃんは多分、父方のおばあちゃんなんだ。


「まぁ、まぁ。可愛いお嬢さんをほったらかして、そんな話はやめましょうよ。今日は私に彼女を紹介してくれるんでしょう?」


ふたりの視線が同時に私に向いて、思わずピッと背筋が伸びた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】

remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。 干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。 と思っていたら、 初めての相手に再会した。 柚木 紘弥。 忘れられない、初めての1度だけの彼。 【完結】ありがとうございました‼

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

処理中です...