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「本当!嬉しいわ」
綺羅の顔が輝いた。
「あの妖魔に綺羅様のことを任せる訳に参りません」
シアンを睨んだ望月は決意を新たにする。望月の脳裏にシアンとの嫌な会話が蘇ったからである。綺羅が勝手にガルシャム皇帝から与えられた部屋を出て行って数日後、突然シアンが望月の目の前に現れて、綺羅の世話をするように言いつけた。望月は迷うことなく引き受けた。
「それは助かる。だが、お姫さんに害をなす者だと分かれば容赦はしない。いいな」
「私が綺羅様を裏切ると言うのですか。あり得ません」
望月がピシャリと言い放つ。だが、シアンは動じない。
「お姫さんが孤立しているのを利用して、皇帝の信奉者に仕立てようと、随分いろいろと吹き込んでいるだろう。お前があの男と通じていることは分かっている」
図星だったが、望月の表情は崩れない。
「綺羅様を皇帝陛下に嫁がせようと考えて何がいけないのでしょう。良縁を望むことは乳母なら当然のことです」「まぁ、いいさ」
シアンはゾッとするほど冷たく美しい笑みを浮かべ、望月を見つめた。
「どうかしたの?」
綺羅の声で望月は現実に引き戻される。湯浴みをしながら綺羅の身体に傷やアザがないことを確かめて安堵した。今は髪にオイルを染み込ませ、傷んだ髪の手入れをしている。
「望月を連れて来たのはシアンなのでしょう。後で、お礼を言わないと」
すっかりシアンを信頼している綺羅に、望月は不安を覚える。
「あまり、あの妖魔を信頼してはなりません」
「信頼なんかしてないわ。肝心な時に居ないし、必要なことは教えてくれない。私を護る契約をしているっていうのに、あまり護ってもらっている感じがしないもの」
そうは言うものの綺羅とシアンの様子を見ていれば、綺羅がシアンを信頼していることぐらい乳母の望月には一目瞭然である。望月は綺羅に聞こえないように溜息を吐いた。


「随分お姫さんを気に入っているようだが、何を企んでいる」
「失敬な」
皇帝の私室に堂々と入り込んだシアンに皇帝は驚くそぶりを見せない。
帝都しかも皇帝の棲む城は念入りに龍達が結界を張り巡らせて妖魔が入り込めないようになっていた。
だが、そこを易々と通り抜けたシアンに対して皇帝は友人と話すような口ぶりである。
「お姫さんに構うからには、何か魂胆があるのだろう」
「そういう貴様こそ、人間に執着するとは珍しいな。何かあるのだろう?」
皇帝は面白い物を見たとばかりに笑っているが、シアンは動じない。
「別に執着などしていていない。行きがかり上、見過ごすわけにいかないだけだ」
「ふうん」
「妖魔に黄金龍の事を教えたのはお前か」
「なんのことだ」
「とぼけるな。お前でなければ望月か。それとも、お前の容姿に騙された下級妖魔か」
「私の妖魔嫌いを知っているだろう。わざわざ火傷の跡まで付けて追い払っているのに、おびき寄せるわけがないだろう違うか」「お前以外に誰がいる。真面目に答えろ」
一向に答える気のない皇帝にシアンは焦れ、皇帝の襟を掴む。
「馬鹿力で掴まないでくれ。私が死んだら困るのは貴様の方だぞ」
皇帝がシアンの手を叩くと、シアンはあっさり離した。
「彼女を嫁にするつもりだと言ったらどうする」
皇帝は今までの爽やかな笑みとは違う仄暗い笑みを浮かべる。
「はぁ?」
「龍宮国で1番の龍使い、それも王族の血を引く彼女を娶れば戦争を起こさなくても世界征服をすることが可能だ。そう思わないか」
皇帝の企みにシアンは舌打ちをする。妖魔に悩む国からすれば綺羅の力は喉から手が出るほど欲しいだろう。
この一見青二才にしか見えない皇帝が本領を発揮すれば、どこの国も言いなりになるに違いない。
「・・・・・・。腹黒め」
「反対か?」
シアンは苦虫をかみつぶしたような表情をする。皇帝は、うっすらと口元に笑みを浮かべた。
「当たり前だ」
「そうかな。彼女は私に好意を抱いている。喜ぶと思っているが」
「道具として扱われることを知って嫁になるほど阿呆ではないぞ」
「おかしなことを言う。妖魔はいつだって人間を道具にしか思っていないではないか。それとも、切り離したはずの血が蘇ったのか」
「今の台詞、そのままお前に返す」
「それでは、まるで私が妖魔のようではないか」
「俺から見たら、今のお前は妖魔そのものだ。世界征服?そんなことを望むなら自分の力でやれ。お姫さんを巻き込むな」
シアンは皇帝に背を向けて部屋から消えようとするが、皇帝にマントを掴まれた。
「何をする」
「ところで、いつからそんなお洒落になった」
皇帝はシアンの髪を束ねる金色の紐を引っ張る。
「お洒落でもなんでもない」
皇帝の手を振り払うとシアンは姿を消した。
「アレが彼女に捕まったのか。面白そうだな・・・・・」
皇帝はシアンが姿を消した場所を見つめながら笑みを浮かべた。
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