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「もう。貴方のせいで変なこと言ってしまったわ」
宿のソファーに座ると、綺羅は野次馬に対して放った一言を後悔していた。
「そうか」
シアンは無表情のまま答える。
綺羅は妖魔と人では感覚や考え方が違うことを思い出して、シアンに八つ当たりするのを止めた。
野次馬を退散させた後、宿に入ると騒ぎを知っていた主人は1ガルル紙幣を見せると心得たように、最上階を丸々使った部屋に案内してくれた。
ドアを開けるとソファーセットがあり、少し離れた所にはダイニングテーブルセット、その奥には寝室になっておりベッドが2つと小さなタンスと机、さらに奥には風呂が付いていた。
帝都周辺は水道が整備されているので蛇口を捻れば水が出る。しかし、お湯は沸かさなければならない。
「お風呂を使うときはお声掛けください。湯を運びます」
主人はそう言ったがシアンが断った。
「龍使い殿は火を操ることができる。水が出るなら十分です」
シアンが無表情で言うと主人は恐れ入りましたという顔をして「これは失礼しました」と平謝りをした。
綺羅は文句を言いたかったが、下手なことを言ってシアンが妖魔だとバレる訳にはいかないと口をつぐんだ。
「ところで、お風呂に入りたいのだけど」
綺羅が声を掛けるとシアンは無表情の顔を向ける。
「まさか、本当に赤龍に湯を沸かせというわけではないわよね。私はそんなふうに龍を使うつもりはないわ。万能な妖魔さんならお湯ぐらい簡単に沸かせるわよね。ついでに、侍女も欲しいわ。簡単よね?」
綺羅がわざと意地悪な言い方をするが、シアンは気がついていないのか小さく「わかった」と答えた。そして、指を鳴らすとお仕着せを着た女が現れた。
「ご希望の侍女だ。好きに使え」
突然、目の前に女が現れて綺羅は目を疑う。
「人なの?」
「妖術でできた人形だ。心配するな。言葉も話せる」
「そう」
綺羅が侍女を見ると侍女は王族に対する礼をする。
「よろしくお願いいたします。姫様」
「えぇ。お願いね」
綺羅はなんとなく落ち着かない気持ちで答えると、侍女は何も指示していないのに、綺羅の荷物を解き、風呂の支度を始めた。
綺羅は訝しげに侍女を見ながら、妖術でできた人形なのだから、人間の侍女と違って当然だと言い聞かせる。
「ねぇ、さっきのグリフォンって私を狙っていたのよね」
ずっと疑問に思っていたことをシアンに訊ねた。
「あぁ。行方不明者の捜索を始めたことを知った妖魔が仕向けたのだろう。恐らく腕試しだ」
今まで何を訊ねてもはぐらかしていたシアンがまともに答える。
「腕試し?」
綺羅は首を傾げた。
「自分の暇つぶしになるか、試されたのだろう」
「暇つぶしって・・・・・・」
酷い、と綺羅は思う。だが、妖魔からすれば人間は暇つぶしの玩具に過ぎない。
「あそこで青龍を出さなかったのは良かったな。相手に手札を全部見せていたら、この先闘えない」
「そうか。そうよね。でも、どうやったら相手が分かるのかしら」
「さあな」
結局シアンは綺羅が知りたいことについては答えてくれない。
そのことが無性に歯痒かった。
最上階を丸々使った部屋だが、王女の綺羅から見れば簡素な部屋でしかない。
そんな部屋で食事するのは味気ないと食堂へ夕食を食べに行くと、龍使いを珍しがった客達からミュゲの街では短期滞在者は公衆浴場に行くものだと教えられた。
公衆浴場と聞いてお姫様育ちの綺羅はゾッとした。
そして、綺羅は風呂付きの部屋を貸してくれた主人の好意に感謝した。
夕食後、綺羅は食事や睡眠が必要のないシアンと侍女を寝室から追い出すと、少々狭く硬いベッドで眠りに入った。
綺羅は龍宮城の上空で龍宮王から指導を受けていた。
龍宮王が使う龍を相手に赤龍を操るが上手くいかず、綺羅は赤龍から振り落とされてしまう。
ドサっと庭に張られたネットに落ちた綺羅。
しかし、地上に降りた龍宮王は手を差し伸べようとはしない。
「お前のような龍使いが妖獣に敗れて龍宮国の信用を失墜させるのだ」
龍宮王の言葉に綺羅は唇を噛む。
龍には手綱は付いていない。龍使いは龍との信頼関係が築けていれば、どんな攻撃を受けても落ちないのだ。
「何をしている。早く来い」
龍宮王は指笛で龍を天から呼び寄せる。
龍使いは道具を使って天から龍を呼び寄せるのである。
六角柱に龍を棲まわせ、呼びかけるだけで龍が現れるのは綺羅だけだ。
龍宮王は龍に乗るとスッと空へ昇る。
「赤龍」
力なく赤龍を呼ぶと心配そうな目をした赤龍が綺羅に背を見せる。
綺羅は赤龍との意思疎通ができており、信頼関係が築けていると思っていたのだが・・・・・・。
他の龍使い達がどのように龍と意思疎通をしているのか、信頼関係を築いているのか綺羅は知らない。
綺羅には龍使いの友達がいないからだ。
半妖で道具も使わずに大龍を呼び寄せる綺羅は、気味悪がられて誰も寄ってこない。
寄ってくるのは王女の肩書きに惹かれてくる人達ばかりで、信じるに足りない人ばかりだ。
「・・・・・・。大丈夫」
落ちた衝撃で肩や腰が痛い。肘からは血が出ているが手当をする時間はない。
「ボサッとするな。そんなことでは人々を救えないぞ」
綺羅は再度、龍宮王の龍に挑む。
赤龍が火を吐くが龍宮王の龍は結界を張って攻撃を躱す。
「どうすればいいの」
綺羅は考えるが何も思いつかず赤龍にさらに熱い炎を噴かせる。しかし、龍宮王の結界を破ることはできない。
そこへ、龍宮王が扱うもう1匹の龍が下から体当たりをしてきた。
「きゃあ」
赤龍より大きな体格の龍に体当たりをされて綺羅は赤龍から落ちた。
「人々を失望させるのは、お前のように浮かれている龍使いだ」
再びネットに落ちた綺羅に向かって上空から言い放つと、龍宮王は背を向けて上空へ消えた。
他の龍使いのことは褒めるが綺羅のことは褒めない。
褒めないだけならいい。
訓練の時以外に顔を合わせても目を合わせようとしない。そのうえ、失態を犯した龍使いの話になると「また、綺羅のような奴が・・・・・・」と、あたかも綺羅が失態を犯したかのように言うのである。
そんなに自分が嫌いなら引き取らなければ良かったのに、といつも綺羅は思う。
「姫様の龍が城に火を放った」
突然、誰かの声が耳に入った。
気がつくと龍宮城が炎に包まれていた。
「何故・・・・・・」
庭にいた綺羅を他の龍使い達が遠巻きに見ている。
「やはり妖魔の娘」
「龍宮王を殺した」
口々に言う言葉が綺羅に刺さった。
「違うわ。青龍。青龍。早く火を消して」
綺羅が何度も叫ぶが青龍は現れない。
「どうして・・・・・・。早くしないと・・・・・・」
炎が目の前に迫って来て息が苦しい。
「おい。起きろ」
バリトンの声が聞こえた。
「・・・・・・」
ハッとして目を開けると妖魔に戻ったシアンの顔が見えた。
「おい。大丈夫か」
「え・・・・・・。夢」
落とされた感触が今も身体に残っている。
綺羅は無意識に肘に目を遣るが、ネグリジェは綺麗なままだ。
「うなされてたぞ」
「そう・・・・・・」
額に手を当てるとびっしょりと汗をかいている。
「着替えた方が良い。風邪をひく。なんなら湯を沸かすか」
「着替えるだけでいいわ」
「わかった」
シアンが妙に優しい。それほど自分はうなされていたのだろうか。
綺羅は生々しい夢の感触を思い出して身震いをした。
その後も悪夢が綺羅を苦しめる日々が続いた。
日中は失踪した楽団員の家を回り、妖魔の痕跡がないか調べて回る。
1日に数件の家を回るので身体は疲れているが、眠れば妙に現実感のある悪夢を見てしまう。
綺羅は次第に眠ることが怖くなり、ベッドに入らずに侍女を相手に話をして時間を潰すようになった。
だが、侍女はシアンが作った人形のせいか、話は聞いてくれるが人間とは異なる感覚を持っているので、話が噛み合わない。
「こんな時、望月が居てくれれば・・・・・・」
疲れ切った綺羅は、つい乳母を恋しく思ってしまう。
「人間は眠らないと疲れが回復しないのだろう。いい加減、眠れ」
「大丈夫よ・・・・・・。眠った方が疲れるわ」
宿のソファーに座ると、綺羅は野次馬に対して放った一言を後悔していた。
「そうか」
シアンは無表情のまま答える。
綺羅は妖魔と人では感覚や考え方が違うことを思い出して、シアンに八つ当たりするのを止めた。
野次馬を退散させた後、宿に入ると騒ぎを知っていた主人は1ガルル紙幣を見せると心得たように、最上階を丸々使った部屋に案内してくれた。
ドアを開けるとソファーセットがあり、少し離れた所にはダイニングテーブルセット、その奥には寝室になっておりベッドが2つと小さなタンスと机、さらに奥には風呂が付いていた。
帝都周辺は水道が整備されているので蛇口を捻れば水が出る。しかし、お湯は沸かさなければならない。
「お風呂を使うときはお声掛けください。湯を運びます」
主人はそう言ったがシアンが断った。
「龍使い殿は火を操ることができる。水が出るなら十分です」
シアンが無表情で言うと主人は恐れ入りましたという顔をして「これは失礼しました」と平謝りをした。
綺羅は文句を言いたかったが、下手なことを言ってシアンが妖魔だとバレる訳にはいかないと口をつぐんだ。
「ところで、お風呂に入りたいのだけど」
綺羅が声を掛けるとシアンは無表情の顔を向ける。
「まさか、本当に赤龍に湯を沸かせというわけではないわよね。私はそんなふうに龍を使うつもりはないわ。万能な妖魔さんならお湯ぐらい簡単に沸かせるわよね。ついでに、侍女も欲しいわ。簡単よね?」
綺羅がわざと意地悪な言い方をするが、シアンは気がついていないのか小さく「わかった」と答えた。そして、指を鳴らすとお仕着せを着た女が現れた。
「ご希望の侍女だ。好きに使え」
突然、目の前に女が現れて綺羅は目を疑う。
「人なの?」
「妖術でできた人形だ。心配するな。言葉も話せる」
「そう」
綺羅が侍女を見ると侍女は王族に対する礼をする。
「よろしくお願いいたします。姫様」
「えぇ。お願いね」
綺羅はなんとなく落ち着かない気持ちで答えると、侍女は何も指示していないのに、綺羅の荷物を解き、風呂の支度を始めた。
綺羅は訝しげに侍女を見ながら、妖術でできた人形なのだから、人間の侍女と違って当然だと言い聞かせる。
「ねぇ、さっきのグリフォンって私を狙っていたのよね」
ずっと疑問に思っていたことをシアンに訊ねた。
「あぁ。行方不明者の捜索を始めたことを知った妖魔が仕向けたのだろう。恐らく腕試しだ」
今まで何を訊ねてもはぐらかしていたシアンがまともに答える。
「腕試し?」
綺羅は首を傾げた。
「自分の暇つぶしになるか、試されたのだろう」
「暇つぶしって・・・・・・」
酷い、と綺羅は思う。だが、妖魔からすれば人間は暇つぶしの玩具に過ぎない。
「あそこで青龍を出さなかったのは良かったな。相手に手札を全部見せていたら、この先闘えない」
「そうか。そうよね。でも、どうやったら相手が分かるのかしら」
「さあな」
結局シアンは綺羅が知りたいことについては答えてくれない。
そのことが無性に歯痒かった。
最上階を丸々使った部屋だが、王女の綺羅から見れば簡素な部屋でしかない。
そんな部屋で食事するのは味気ないと食堂へ夕食を食べに行くと、龍使いを珍しがった客達からミュゲの街では短期滞在者は公衆浴場に行くものだと教えられた。
公衆浴場と聞いてお姫様育ちの綺羅はゾッとした。
そして、綺羅は風呂付きの部屋を貸してくれた主人の好意に感謝した。
夕食後、綺羅は食事や睡眠が必要のないシアンと侍女を寝室から追い出すと、少々狭く硬いベッドで眠りに入った。
綺羅は龍宮城の上空で龍宮王から指導を受けていた。
龍宮王が使う龍を相手に赤龍を操るが上手くいかず、綺羅は赤龍から振り落とされてしまう。
ドサっと庭に張られたネットに落ちた綺羅。
しかし、地上に降りた龍宮王は手を差し伸べようとはしない。
「お前のような龍使いが妖獣に敗れて龍宮国の信用を失墜させるのだ」
龍宮王の言葉に綺羅は唇を噛む。
龍には手綱は付いていない。龍使いは龍との信頼関係が築けていれば、どんな攻撃を受けても落ちないのだ。
「何をしている。早く来い」
龍宮王は指笛で龍を天から呼び寄せる。
龍使いは道具を使って天から龍を呼び寄せるのである。
六角柱に龍を棲まわせ、呼びかけるだけで龍が現れるのは綺羅だけだ。
龍宮王は龍に乗るとスッと空へ昇る。
「赤龍」
力なく赤龍を呼ぶと心配そうな目をした赤龍が綺羅に背を見せる。
綺羅は赤龍との意思疎通ができており、信頼関係が築けていると思っていたのだが・・・・・・。
他の龍使い達がどのように龍と意思疎通をしているのか、信頼関係を築いているのか綺羅は知らない。
綺羅には龍使いの友達がいないからだ。
半妖で道具も使わずに大龍を呼び寄せる綺羅は、気味悪がられて誰も寄ってこない。
寄ってくるのは王女の肩書きに惹かれてくる人達ばかりで、信じるに足りない人ばかりだ。
「・・・・・・。大丈夫」
落ちた衝撃で肩や腰が痛い。肘からは血が出ているが手当をする時間はない。
「ボサッとするな。そんなことでは人々を救えないぞ」
綺羅は再度、龍宮王の龍に挑む。
赤龍が火を吐くが龍宮王の龍は結界を張って攻撃を躱す。
「どうすればいいの」
綺羅は考えるが何も思いつかず赤龍にさらに熱い炎を噴かせる。しかし、龍宮王の結界を破ることはできない。
そこへ、龍宮王が扱うもう1匹の龍が下から体当たりをしてきた。
「きゃあ」
赤龍より大きな体格の龍に体当たりをされて綺羅は赤龍から落ちた。
「人々を失望させるのは、お前のように浮かれている龍使いだ」
再びネットに落ちた綺羅に向かって上空から言い放つと、龍宮王は背を向けて上空へ消えた。
他の龍使いのことは褒めるが綺羅のことは褒めない。
褒めないだけならいい。
訓練の時以外に顔を合わせても目を合わせようとしない。そのうえ、失態を犯した龍使いの話になると「また、綺羅のような奴が・・・・・・」と、あたかも綺羅が失態を犯したかのように言うのである。
そんなに自分が嫌いなら引き取らなければ良かったのに、といつも綺羅は思う。
「姫様の龍が城に火を放った」
突然、誰かの声が耳に入った。
気がつくと龍宮城が炎に包まれていた。
「何故・・・・・・」
庭にいた綺羅を他の龍使い達が遠巻きに見ている。
「やはり妖魔の娘」
「龍宮王を殺した」
口々に言う言葉が綺羅に刺さった。
「違うわ。青龍。青龍。早く火を消して」
綺羅が何度も叫ぶが青龍は現れない。
「どうして・・・・・・。早くしないと・・・・・・」
炎が目の前に迫って来て息が苦しい。
「おい。起きろ」
バリトンの声が聞こえた。
「・・・・・・」
ハッとして目を開けると妖魔に戻ったシアンの顔が見えた。
「おい。大丈夫か」
「え・・・・・・。夢」
落とされた感触が今も身体に残っている。
綺羅は無意識に肘に目を遣るが、ネグリジェは綺麗なままだ。
「うなされてたぞ」
「そう・・・・・・」
額に手を当てるとびっしょりと汗をかいている。
「着替えた方が良い。風邪をひく。なんなら湯を沸かすか」
「着替えるだけでいいわ」
「わかった」
シアンが妙に優しい。それほど自分はうなされていたのだろうか。
綺羅は生々しい夢の感触を思い出して身震いをした。
その後も悪夢が綺羅を苦しめる日々が続いた。
日中は失踪した楽団員の家を回り、妖魔の痕跡がないか調べて回る。
1日に数件の家を回るので身体は疲れているが、眠れば妙に現実感のある悪夢を見てしまう。
綺羅は次第に眠ることが怖くなり、ベッドに入らずに侍女を相手に話をして時間を潰すようになった。
だが、侍女はシアンが作った人形のせいか、話は聞いてくれるが人間とは異なる感覚を持っているので、話が噛み合わない。
「こんな時、望月が居てくれれば・・・・・・」
疲れ切った綺羅は、つい乳母を恋しく思ってしまう。
「人間は眠らないと疲れが回復しないのだろう。いい加減、眠れ」
「大丈夫よ・・・・・・。眠った方が疲れるわ」
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