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帝都に着くと皇帝が用意してくれた離宮で国王夫妻は療養することになっていた。
専属のコックや侍女の他に医師や薬師も手配されており、綺羅は安堵する。
綺羅はすぐにでも国王夫妻にシアンのことを聞きたかったが、龍宮王が皇帝に謁見できないので綺羅が代理を務めることになっていた。
国王夫妻と話をする間もなく、綺羅は自分に用意されていた客間で風呂に入り、皇帝に謁見するための衣裳に着替える。
綺羅はいつも通り龍使いの正装で行くつもりで、ドレスシャツを手に取った。
龍使いの戦闘服は龍の皮で作られているが、正装は上質なシルクを使っているうえ、フリルや刺繍が施されて戦闘服より華やかになっている。
とはいえ、正装も詰め襟のコートにウエストコート、スキニータイプのパンツと男装に近い。
しかし、綺羅の正装は紫色に金糸で小花の刺繍が施された女性らしい雰囲気になっていた。
清楚といえば清楚だが、綺羅は自分に似合っていないような気がして苦手だった。
「綺羅様。今日はこちらをお召しください」
望月はオレンジ色のドレスを広げた。
「え、そんな派手なドレス似合わないわ。それに、動きにくいじゃない」
「そんなことはありません。私のような歳になれば似合いませんが、綺羅様のような若い方には良く似合います。さぁ、早くしませんと。陛下をお待たせしてしまいますよ」
「でも、謁見の時は正装が決まりでしょう」
綺羅は抵抗するが、産まれた時から綺羅の複雑な心境を理解しようと努めてくれた望月には逆らえない。
「綺羅様は18になったのです。成人した女性としての正装姿をご覧に入れる良い機会ではありませんか」
望月にこう言われると綺羅は反論できない。
これから謁見するガルシャム皇帝は綺羅にとって初恋の人である。
妹のようにかわいがってもらっているが、望月の言うように大人の女性として見て欲しい願望もある。
仕方なく綺羅は着替えを始めた。
オレンジ色のドレスは、未婚の女性らしくハイネックタイプの襟からデコルテにかけて精緻なレースがあしらわれており、レースから薄いオレンジ色の身頃に切り替えられている。背中に大きなオレンジのリボンが大胆にあしらわれ、ベルラインのスカートが華やかさを演出している。パゴタスリーブの袖もレースがふんだんに使われ、華やかな中にも清楚な印象を与えていた。
さらに、希少なオレンジとピンクが混ざったパパラチアサファイアを、ラウンドブリリアントカットされたペンダントを身に付ける。
仕上げにティアラを被せられた。このティアラは現龍宮王の兄弟に用意されていた王冠をティアラに加工されたものと聞いていた。
金のベースにルビーやブルーサファイア、ダイヤ、オニキスなどの宝石が散りばめられた華美なティアラに綺羅はいつも気後れしてしまう。
「さぁ、これで陛下も綺羅様が大人の女性になったと認めてくださいますよ」
望月に言われて綺羅は俯いた。
「そうかしら」
龍使いとして腕に覚えのある綺羅だが、容姿や女性らしさには自信が持てなかった。
「大丈夫ですよ。皇帝陛下はお年頃になっても浮いた噂のない方ですが、姫様が幼い頃から良く構ってくださいましたし、なにしろさとい方ですもの。姫様の素直で努力家な気性を良く分かってくださっているのですわ。さすが12歳で、貧しさに喘いでいた民衆を率いて前政権を倒し、国を築き上げた方ですわ」
望月はまるで綺羅が皇帝の嫁に決まったかのように浮かれている。
そんな望月を尻目に、綺羅は掌から鏡を出現させて自分の姿を鏡で再確認する。
掌から鏡を出現させることができるのは綺羅だけである。
綺羅は半妖のなせる技だと嫌悪しつつも、便利だからとこっそり使っていた。
ガルシャム皇帝は龍宮国で孤立する綺羅にいつも笑顔で「私の姫」と優しく接してくれた。30の国と地域をまとめる国のトップとは思えないほど気さくで、気配りのできる人である。
だからこそ尚更、釣り合いの取れる格好にしておかなければ、と綺羅は細かな所まで念入りに確認をしていた。
そこへ侍女が皇帝陛下からの贈り物だという花束を持って来た。さらに、今日は謁見ではなく中庭でのお茶会に変更になったことを告げた。
「まぁ、ではティアラだと仰々しいですね」
「・・・・・・。この花束は髪飾り用ではないの?」
綺羅は侍女から渡された花束を見る。
恋人や婚約者でもないのに、花束を贈られたことに綺羅は違和感を覚えたのである。
「まぁ、さすが陛下ですね」
望月は感心しながら髪飾りにするために、花を切る。
綺羅はハーフアップにした髪に花を飾ってもらうと、侍女に案内されて中庭へ向かった。
中庭は帝国でも指折りの庭師が造園しており、四季折々の木々や草花が植えられており1年中楽しめるようになっていた。
「皇帝兄様」
思わず綺羅は子供の頃のように駆け寄ろうとして立ち止まった。
今日は大人になった自分を見せに来たのである。
バツの悪い顔をする綺羅に皇帝は笑って見せた。
「急に場所を変更してすまない。私の姫とゆっくり話がしたくて我儘を言ったのだ」
「いいえ。お招きいただきありがとうございます。いただいた花束で髪を飾らせていただきました」
綺羅は淑女の礼をする。すると、皇帝は破顔した。
「先程のような綺羅も良いが、淑女の綺羅も良いな。昔のように私の姫、と呼んだら男達から恨まれそうだ」
「とんでもございません」
綺羅は扇を広げて笑った。
皇帝は綺羅のことを『私の姫』と呼ぶ。
5年前に皇帝と会った時、綺羅は13歳とまだまだ子供だった。皇帝はガルシャム帝国を統一したばかりで忙しい身であったにもかかわらず、綺羅を馬に乗せて湖や丘へ連れて行ってくれた。
13歳の時は『私の姫』と呼ばれる度に夢見心地でいた綺羅だが、現在いまは違う。
皇帝が『私の姫』と呼ぶことを良く思っていない人々が多くいることを知っている。
その筆頭が龍宮王夫妻である。中立公平を掲げる龍宮国の王女を自分の物だと言わんばかりに「私の姫」と公で言って回る皇帝に苦言を申し出ていた。
龍使い、それも龍宮国の王女が1国の皇帝に味方をすれば、ガルシャム帝国の敵国で妖魔や妖獣に苦しめられる民を救えなくなる。
つまり、ガルシャム皇帝は綺羅を側に置くことで、ガルシャム帝国に飽き足らず他国まで支配しようとしているのではないか、と龍宮王夫妻は考えているのである。
初恋の人が自分に良くしてくれる理由が権力誇示のためであれば悲しい。だが、それぐらいしか自分には魅力がないことを綺羅は良く理解していた。
「さぁ、どうかな。それにしても、急なことなのに、綺麗に飾ってくれて花も喜んでいるだろう」
恐縮しきりの綺羅をよそに皇帝は上機嫌で椅子を勧めた。
「失礼します」
少しでも大人の女性として振る舞おうと綺羅は丁寧に座る。
「・・・・・・。今だけは私の姫、と呼んでもいいかな」
「もちろんですわ。皇帝兄様」
大人の女性として振る舞おうと決めたばかりなのに、綺羅は子供のように元気よく返事をしてしまう。綺羅は真っ赤になって扇で顔を隠した。しかし、皇帝は上機嫌で笑った。
「私の姫はこうでなくては」
中庭には白を基調としたテーブルセットとアフタヌーンティーセットが用意されていた。
軽食と菓子が載せられたケーキスタンドは、金色に縁取られた優美な姿である。それに加え、ガルシャム帝国の特産品である色硝子工芸品のティーセットには、薔薇が描かれていて見ているだけで胸が踊る。
向かいに座るのが初恋の人ならなおさらである。
ガルシャム帝国の皇帝は黒い瞳と短く整えた黒い髪にブルーのジャケットを着こなし、10代で30の国や地域を統一させたとは思えない若く爽やかな美丈夫である。
「遠慮せずに食べなさい。私の姫」
憧れの人との2人きりのお茶会に、夢心地だった綺羅は皇帝の言葉で現実に戻される。しかし、それでも夢ではないかと思ってしまう。
「はい」
綺羅は淑女になるのを止めて、上機嫌でカップを手に取った。
「私の姫がそれだけお洒落をしてくれたなら、堅苦しい謁見間ではなくお茶会にして良かったよ」
皇帝は優しく微笑む。
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