25 / 63
医務室
しおりを挟む
目を覚ますと、見たことのあるような、無いような、部屋のベッドに寝転がっていた。
ガバッと起き上がって辺りを見回すと、ベッド脇に知智さんと保健師、すまなさそうな顔をした常務がいた。
「あ…トミーくん、まだジッとしてた方が……」
知智さんが心配そうな顔をして、円の肩に手を置いた。
「大丈夫ですよ。あの、ボク…何があったんですか?」
円はもう一度、辺りを見回してみた。
おそらく、ここは会社の医務室だ。
ここに入ったのは何年ぶりのことだろうか。
入社して間もない頃、ダンボールの角で指を切ってしまい、絆創膏を貰いに行ったことがある。
しかし、世話になったのはその一度だけで、それから数年間、前を通ることすらなかった。
ここのベッドに寝転がるなど、今日が初めてのことだ。
「あなた、会社のエントランスで急に倒れたのよ」
知智さんが、円の背中を優しく撫でさすった。
「そうですか…お手数おかけしてすみません」
「富永くん、すまなかった。君がオメガなのは知ってたんだが、隠してたのは知らなくて…」
常務はすまなそうな顔をしたまま、うなだれた。
万が一を考えて、円は会社の上層部にオメガであることを通告してはいた。
しかし、オメガであることを秘匿したい旨まではしっかり伝わっていなかったらしい。
それで今回のような事態に発展したのだという。
「これは、会社全体の問題だと思う。その…このことについて、社の上層部で話し合おうと思ってるんだ。君の今後についても…」
「いえ…そこまでは…」
はっきり言って、あまり大事にされたくはない。
しかし、あれだけの騒ぎになった以上、円がオメガであることを知った人は何人もいるだろう。
何なら、会社全体にバレてしまったかもしれない。
これから、自分はどうなるのだろう。
それを考えると、頭が痛くなる思いだった。
「ねえ、トミーくん。顔色悪いわよ。先生、この子大丈夫でしょうか?」
「軽い貧血です。話を聞いたんですけど、このところ残業続きで休みなく働いてたそうですね。その無理が出たんだと思います。ちゃんと寝てました?食生活はどうでした?テキトーにすませてなかったですか?」
保健師が詰め寄るように質問してくる。
「ああ、確かに…」
保健師の言っていることは当たっていた。
このところ、食べることすら面倒で、まともに食事を摂っていなかったのだから、倒れるのは当たり前だ。
「はっきり言って、このまま仕事するのは危険です。今日は休んだ方がいいかと」
「そうか。じゃあ、今日はもう帰りなさい。無理をして、また倒れたら大変だからね。他の人には、私から連絡を入れておく」
「はい…」
こんなことで迷惑をかけてはいけない、と思っていたが、保健師と上司の命令とあっては断れない。
まだ頭がほんのりボーっとするし、帰った方がいいのは事実だろう。
「すみません。お先に失礼します」
円はベッドから起き上がり、医務室を出て行った。
「うん、お大事に」
知智さんが手を振って、円に別れを告げる。
荷物をまとめて会社から出ようとしたところ、軽井沢が自販機の前のベンチに座っているのが見えた。
休憩なのだろうか、片手にペットボトル飲料を持っている。
「あの、すみません…」
円を見つけるなり、軽井沢が近寄ってきて、何に対してなのかわからない謝罪を始めた。
「何を謝ることがあるの?」
「あ……えっと」
軽井沢が言い淀む。
「ボクに謝るより先に、知智さんにお礼言いなよ。君のことかばってくれたんだよ?」
「はい……」
「ねえ、受付に来てたあの男の人ってアルファ?君の彼氏?」
「違います…あ、アルファだけど。その、合コンで知り合ったんですけど、しつこくまとわりついてきて…酷いこと言ってくるし、断っても断ってもやって来るし…」
「酷いことって?」
「あの人、その…「結婚はしないけど、番になって子ども産んでくれ」って言ってきて…「俺、番を集めてるんだよね!」とか、僕のことコレクションの一部みたいな物言いするし…」
軽井沢の表情が曇る。
いつもはしたり顔で人様を見下しているくせに。
お調子者な彼も、力のあるアルファの前では無力なのだろう。
その様子に、円は何だか苛立ってきてしまった。
「いいこと教えてあげるね、金持ちのアルファで一穴主義なんてほとんどいないから。いたとしても、そういう人は自分と同じくらいの能力があるアルファと結婚するんだよ。学も技能も地位もない、まともに仕事しないボンクラのオメガなんか見向きもしないよ」
思わず口に出た言葉がそれだった。
円は軽井沢がどうしても好きになれない。
まともに仕事をしないから、というのもあるが、一番の理由は、あの愛人たちに通じるものがあるからだ。
見てくれはキレイだが、考えなしで自分勝手そのものな彼らに。
ガバッと起き上がって辺りを見回すと、ベッド脇に知智さんと保健師、すまなさそうな顔をした常務がいた。
「あ…トミーくん、まだジッとしてた方が……」
知智さんが心配そうな顔をして、円の肩に手を置いた。
「大丈夫ですよ。あの、ボク…何があったんですか?」
円はもう一度、辺りを見回してみた。
おそらく、ここは会社の医務室だ。
ここに入ったのは何年ぶりのことだろうか。
入社して間もない頃、ダンボールの角で指を切ってしまい、絆創膏を貰いに行ったことがある。
しかし、世話になったのはその一度だけで、それから数年間、前を通ることすらなかった。
ここのベッドに寝転がるなど、今日が初めてのことだ。
「あなた、会社のエントランスで急に倒れたのよ」
知智さんが、円の背中を優しく撫でさすった。
「そうですか…お手数おかけしてすみません」
「富永くん、すまなかった。君がオメガなのは知ってたんだが、隠してたのは知らなくて…」
常務はすまなそうな顔をしたまま、うなだれた。
万が一を考えて、円は会社の上層部にオメガであることを通告してはいた。
しかし、オメガであることを秘匿したい旨まではしっかり伝わっていなかったらしい。
それで今回のような事態に発展したのだという。
「これは、会社全体の問題だと思う。その…このことについて、社の上層部で話し合おうと思ってるんだ。君の今後についても…」
「いえ…そこまでは…」
はっきり言って、あまり大事にされたくはない。
しかし、あれだけの騒ぎになった以上、円がオメガであることを知った人は何人もいるだろう。
何なら、会社全体にバレてしまったかもしれない。
これから、自分はどうなるのだろう。
それを考えると、頭が痛くなる思いだった。
「ねえ、トミーくん。顔色悪いわよ。先生、この子大丈夫でしょうか?」
「軽い貧血です。話を聞いたんですけど、このところ残業続きで休みなく働いてたそうですね。その無理が出たんだと思います。ちゃんと寝てました?食生活はどうでした?テキトーにすませてなかったですか?」
保健師が詰め寄るように質問してくる。
「ああ、確かに…」
保健師の言っていることは当たっていた。
このところ、食べることすら面倒で、まともに食事を摂っていなかったのだから、倒れるのは当たり前だ。
「はっきり言って、このまま仕事するのは危険です。今日は休んだ方がいいかと」
「そうか。じゃあ、今日はもう帰りなさい。無理をして、また倒れたら大変だからね。他の人には、私から連絡を入れておく」
「はい…」
こんなことで迷惑をかけてはいけない、と思っていたが、保健師と上司の命令とあっては断れない。
まだ頭がほんのりボーっとするし、帰った方がいいのは事実だろう。
「すみません。お先に失礼します」
円はベッドから起き上がり、医務室を出て行った。
「うん、お大事に」
知智さんが手を振って、円に別れを告げる。
荷物をまとめて会社から出ようとしたところ、軽井沢が自販機の前のベンチに座っているのが見えた。
休憩なのだろうか、片手にペットボトル飲料を持っている。
「あの、すみません…」
円を見つけるなり、軽井沢が近寄ってきて、何に対してなのかわからない謝罪を始めた。
「何を謝ることがあるの?」
「あ……えっと」
軽井沢が言い淀む。
「ボクに謝るより先に、知智さんにお礼言いなよ。君のことかばってくれたんだよ?」
「はい……」
「ねえ、受付に来てたあの男の人ってアルファ?君の彼氏?」
「違います…あ、アルファだけど。その、合コンで知り合ったんですけど、しつこくまとわりついてきて…酷いこと言ってくるし、断っても断ってもやって来るし…」
「酷いことって?」
「あの人、その…「結婚はしないけど、番になって子ども産んでくれ」って言ってきて…「俺、番を集めてるんだよね!」とか、僕のことコレクションの一部みたいな物言いするし…」
軽井沢の表情が曇る。
いつもはしたり顔で人様を見下しているくせに。
お調子者な彼も、力のあるアルファの前では無力なのだろう。
その様子に、円は何だか苛立ってきてしまった。
「いいこと教えてあげるね、金持ちのアルファで一穴主義なんてほとんどいないから。いたとしても、そういう人は自分と同じくらいの能力があるアルファと結婚するんだよ。学も技能も地位もない、まともに仕事しないボンクラのオメガなんか見向きもしないよ」
思わず口に出た言葉がそれだった。
円は軽井沢がどうしても好きになれない。
まともに仕事をしないから、というのもあるが、一番の理由は、あの愛人たちに通じるものがあるからだ。
見てくれはキレイだが、考えなしで自分勝手そのものな彼らに。
0
お気に入りに追加
251
あなたにおすすめの小説
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる