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医務室

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目を覚ますと、見たことのあるような、無いような、部屋のベッドに寝転がっていた。

ガバッと起き上がって辺りを見回すと、ベッド脇に知智さんと保健師、すまなさそうな顔をした常務がいた。
「あ…トミーくん、まだジッとしてた方が……」
知智さんが心配そうな顔をして、円の肩に手を置いた。
「大丈夫ですよ。あの、ボク…何があったんですか?」
円はもう一度、辺りを見回してみた。
おそらく、ここは会社の医務室だ。
ここに入ったのは何年ぶりのことだろうか。
入社して間もない頃、ダンボールの角で指を切ってしまい、絆創膏を貰いに行ったことがある。
しかし、世話になったのはその一度だけで、それから数年間、前を通ることすらなかった。
ここのベッドに寝転がるなど、今日が初めてのことだ。
「あなた、会社のエントランスで急に倒れたのよ」
知智さんが、円の背中を優しく撫でさすった。
「そうですか…お手数おかけしてすみません」
「富永くん、すまなかった。君がオメガなのは知ってたんだが、隠してたのは知らなくて…」
常務はすまなそうな顔をしたまま、うなだれた。

万が一を考えて、円は会社の上層部にオメガであることを通告してはいた。
しかし、オメガであることを秘匿したい旨まではしっかり伝わっていなかったらしい。
それで今回のような事態に発展したのだという。
「これは、会社全体の問題だと思う。その…このことについて、社の上層部で話し合おうと思ってるんだ。君の今後についても…」
「いえ…そこまでは…」
はっきり言って、あまり大事にされたくはない。
しかし、あれだけの騒ぎになった以上、円がオメガであることを知った人は何人もいるだろう。
何なら、会社全体にバレてしまったかもしれない。
これから、自分はどうなるのだろう。
それを考えると、頭が痛くなる思いだった。

「ねえ、トミーくん。顔色悪いわよ。先生、この子大丈夫でしょうか?」
「軽い貧血です。話を聞いたんですけど、このところ残業続きで休みなく働いてたそうですね。その無理が出たんだと思います。ちゃんと寝てました?食生活はどうでした?テキトーにすませてなかったですか?」
保健師が詰め寄るように質問してくる。
「ああ、確かに…」
保健師の言っていることは当たっていた。
このところ、食べることすら面倒で、まともに食事を摂っていなかったのだから、倒れるのは当たり前だ。
「はっきり言って、このまま仕事するのは危険です。今日は休んだ方がいいかと」
「そうか。じゃあ、今日はもう帰りなさい。無理をして、また倒れたら大変だからね。他の人には、私から連絡を入れておく」
「はい…」
こんなことで迷惑をかけてはいけない、と思っていたが、保健師と上司の命令とあっては断れない。
まだ頭がほんのりボーっとするし、帰った方がいいのは事実だろう。
「すみません。お先に失礼します」
円はベッドから起き上がり、医務室を出て行った。
「うん、お大事に」
知智さんが手を振って、円に別れを告げる。

荷物をまとめて会社から出ようとしたところ、軽井沢が自販機の前のベンチに座っているのが見えた。
休憩なのだろうか、片手にペットボトル飲料を持っている。
「あの、すみません…」
円を見つけるなり、軽井沢が近寄ってきて、何に対してなのかわからない謝罪を始めた。
「何を謝ることがあるの?」
「あ……えっと」
軽井沢が言い淀む。
「ボクに謝るより先に、知智さんにお礼言いなよ。君のことかばってくれたんだよ?」
「はい……」
「ねえ、受付に来てたあの男の人ってアルファ?君の彼氏?」
「違います…あ、アルファだけど。その、合コンで知り合ったんですけど、しつこくまとわりついてきて…酷いこと言ってくるし、断っても断ってもやって来るし…」
「酷いことって?」
「あの人、その…「結婚はしないけど、番になって子ども産んでくれ」って言ってきて…「俺、番を集めてるんだよね!」とか、僕のことコレクションの一部みたいな物言いするし…」
軽井沢の表情が曇る。
いつもはしたり顔で人様を見下しているくせに。
お調子者な彼も、力のあるアルファの前では無力なのだろう。
その様子に、円は何だか苛立ってきてしまった。
「いいこと教えてあげるね、金持ちのアルファで一穴主義なんてほとんどいないから。いたとしても、そういう人は自分と同じくらいの能力があるアルファと結婚するんだよ。学も技能も地位もない、まともに仕事しないボンクラのオメガなんか見向きもしないよ」
思わず口に出た言葉がそれだった。


円は軽井沢がどうしても好きになれない。
まともに仕事をしないから、というのもあるが、一番の理由は、あの愛人たちに通じるものがあるからだ。
見てくれはキレイだが、考えなしで自分勝手そのものな彼らに。
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