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再会

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B市刑務所の事務仕事を終えた道すがら、いつもより仕事が早く終わった貞は、歩いたことの無い場所まで寄り道してみることにした。
明日は休みで、予定も特にない。
もっとも、家に待つ人がいないし、友人と呼べる人もいない貞のことだから、予定など無いことの方が多いのだけど。

いつもは右に曲がる道をまっすぐまっすぐ、歩いて歩き続けていると、車が1台通れるほどの道幅がある土手道にたどり着いた。
貞は目を見はった。
ここには、見覚えがある。
かつて所持していたミニバンを走らせ、国彦を得た場所だ。
今の勤務先に就いてからというもの、まっすぐ帰ることがほとんどだったから、勤務先からここまで道が通じていることに気がつかなかった。
貞はなんだか懐かしい気持ちが芽生えてきて、しばらく土手道の真ん中で立ち尽くした。

今の時期は夕方でも明るい。
赤と青が入り混じったグラデーションの空がとてもキレイだ。
「……おじちゃん?」
空の色に見惚れていると、背後から声がした。
久しく聞いていなかった声だ。
でも、誰かは瞬時にわかった。
自分をそんな風に呼ぶのは、この世でたったひとりしかいない。
「国彦?」
振り返ってみると、かつて誤って拐った少年が、そこに立っていた。
貞が服役していた5年の間に少年は成人し、顔つきが以前よりはるかに大人びている。


2人は地元で偶然出くわした同級生同士みたく、雑草が生い茂った土手に座り込んで、雑談を始めた。
「元気にしてた?今は何してるの?」
国彦が尋ねてくる。
気のせいだろうか、声も以前より大人びている気がした。
「この近くのムショで働いてるよ。まあ、事務仕事だな。パソコン使うのは得意だから、慣れるの早かったよ。」
貞が手を胸の高さまで上げて、キーボードを打つまねをした。
「オレはね、あのときとあんまり変わらないよ。お菓子工場で働いててさ、教育係も任されてるんだあ。」
「そうか、じゃあ、いろいろ大変だろ。」
「うん、アルバイトとか新入社員の子、トンチンカンな子多くて…」
国彦がハーッと大きなため息を吐いた。
2人で暮らしていたときなら、こんなため息を吐くことなどなかっただろう。
「最初はみんなそんなもんだよ。多分、先輩から見たお前もそんなカンジだったんじゃないか?」
「えー、オレはあそこまで酷くなかったと思う。」
国彦が唇を尖らせた。
貞は国彦のこの表情に、懐かしさを感じた。
「それもみんな言うんだ。」
23歳になっても可愛らしさの残る国彦の顔に愛おしさを感じて、貞はフッと笑った。


「ねえ、おじちゃん、また会ってくれる?」
国彦が急に切り出した。
「俺はいいが、お前はいいのか?お前が良くても、友達が黙ってないだろ?」
貞の返答を聞いた国彦の表情が曇る。
真実なだけに、反論できないのだろう。
同居している友人を理不尽に拐って行った犯人に、良い感情を抱くわけがない。
「じゃあ、友達や職場の人にわからないように、こっそり会いに行く。それでいいでしょ?」
「やめておけ。」
本来、国彦と自分には何の繋がりもない。
自分がくだらない出来心を起こしたばかりに、繋がらざるを得なくなっただけ。
この子は今後、自分と一切関わることなく、友人と楽しく過ごしたり、結婚して家庭を築いたりした方がいいのだ。
そう考えての拒絶だった。
「嫌だ!」
国彦が貞の体にしなだれかかって、小さな両手で腕をギュッと掴んでくる。
「国彦!」
「ねえ、変だと思うだろうけど、オレ、まだおじちゃんのこと好きだよ。おじちゃんは?」
「俺も…お前のことが好きだよ。」
これは間違いなく、本心から出た言葉だ。
ともに過ごしたのは3ヶ月程度の短いものであったが、貞にとっては人生で1番充実した日々だった。
国彦がいたから家に帰るのが楽しみだったし、国彦がいたから幸せだった。
「じゃあ、会ってよ!それぐらいいいでしょう⁈」
国彦が詰め寄ってくる。
こうなったら絶対折れないだろう。
ともに過ごした3ヶ月の間にも、こうやって駄々をこねては貞を困らせることが何度もあった。
「……わかったよ。」
結果、貞が折れて、国彦の我意が通る。
このあたりも、あの頃と変わらない。

「ほんと?嬉しいよ、おじちゃん。オレ、バレないように気をつけるよ。」
国彦がそう言っても、あのときだって隣家の息子に勘づかれて通報されてしまった。
この先、どうなるかまではわからない。
「ああ、まあ、お前の友達にバレたら…そのときはそのときだ。」
貞は苦笑いした。
法律のことはわからないが、加害者である自分が被害者である国彦に会うのはまずいのではないか。
ひょっとしたら、また刑務所に戻ってしまう可能性だってある。
少し不安ではあるけれど、また国彦と会えるのは、貞も嬉しかった。
そんな貞の不安をよそに、国彦は嬉しそうにしている。

「ねえ…おじちゃん。」
国彦が目を閉じて、ふっくらした唇をわずかに突き出した。
「はは…しょうがないな。」
貞は国彦の要望を汲み取って、柔らかい頬を両手で包むと、優しくキスをした。

その唇の感触も、あの頃と変わらないままだった。
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