16 / 48
芽生えた感情
しおりを挟む
──服は買ったから、次は食べ物だな
衣類がたくさん入った袋を下げたまま、1階の食料品売り場に向かう。
自炊を始めて数年になるから、料理はそれほど億劫ではない。
煮るか焼くかの簡単なレパートリーしか無いが、新米の主婦よりはマシな方だと思うし、カートを押してスーパーの商品を物色しながら歩くのは楽しい。
──今日は肉を焼いてやるか。若い子には動物性タンパク質も必要だ
自分が若い頃、腹に少しでも空きがあれば肉ばかり食べていたのを思い出した。
肉が並んだ商品棚から牛ロースが300グラム入ったパックを取ってカゴに入れ、次は野菜売り場に行き、付け合わせに使うブロッコリーをカゴに放り込む。
──次は汁物だな。あのくらいの年齢の子は、洋食のほうがいいだろう
コーンスープの素をカゴに放り込み、次は何を買おうかと歩き回ると、カレールーが並んだ棚に目が止まった。
辛口と甘口のルーを見比べてみるが、国彦の好みがわからないので両方をカゴに入れた。
明日はこれを食べさせてやることに決めて、カレー用の肉を買うためにまた食肉コーナーに戻った。
──カレーを食べるなら福神漬けも要るな。卵も入れてやる方がいいか?
他には買うものはないか、としばらくスーパー内をうろついていると、惣菜売り場に並べられたサラダが目についた。
──これだけじゃ野菜が足りない気がする。一応、買っておいた方がいいか。
惣菜売り場に並んでいたポテトサラダを手に取り、カゴに入れた。
貞はこのとき、惣菜のポテトサラダを買った主婦が知らない男から「母親ならポテトサラダぐらい作ったらどうだ」なとど言われた話を思い出した。
──親というのは大変だな。特に母親は
貞はそのエピソードを他人事のように感じていたし、元妻のこともすっかり忘れていた。
しかし、国彦に何を食べさせてやろうかと考えているうちは、父性愛と恋愛感情が入り混った気持ちが確かにあったことに、本人は気がついていなかった。
肌を突き刺すように寒い部屋の中、国彦はひとり震えていた。
空腹感はまだあったが、布団の中に潜り込むことを許され、凍える危険が無いことだけは素直にありがたいと思った。
ハア、と鼻から吐いた息が白い。
あの男が暖房を切っていったからだ。
タオルで作った猿ぐつわで口を塞がれてしまったせいで、鼻でしか呼吸ができなくてしんどい。
せめて暖房ぐらいつけておいて欲しかった。
なんだってこんな嫌がらせじみたマネをするのか。
ベッドのそばには例の如く、用を足すためのバケツが置かれていた。
さきほどから尿意を催しているが、さすがにこんなところに排尿するのは抵抗がある。
──昼には戻ってくると言っていたし、もう少し我慢しよう
国彦は縛られたまま布団の中で体を丸めた。
長時間、同じかたちに縛られているものだから、肩や足に鈍痛を感じる。
足を縛るロープが犬のリードのようにベッドの脚に括りつけられているせいで、まともに動けやしない。
姿勢を変えようと身動ぎすると、どこからか小さな音がした。
窓からではない。
ベッドヘッドがくっついた壁の方からだ。
寒さに震えながら芋虫のように這って布団から出ると、壁に耳をつけた。
パタン、カタンという音と、人間の足音も聞こえた。
──これは何の音だろう?でも、壁の向こうに人がいるのは確かだ。
国彦は体勢を変え、両足の裏を叩きつけるようにして、思い切り壁を蹴った。
数回叩いてみたが、向こうの音は止まない。
おそらく、こちらには気づいていないのだろう。
もっと強く蹴ってみたが、結果は同じだった。
向こうが音に気づいたら、訝しんで何か反応してくれるかもしれない。
苦情を言いにこちらに向かうぐらいはするかもしれない。
そのときに異変に気づいてくれるかもしれない。
そう思って叫ぼうにも、塞がれた口では声が出せない。
もっと大きな音を出すためには、と考えて部屋中を見回すと、ベッドのそばにあるバケツに目が止まった。
──これだ!
国彦は足を伸ばして、硬い壁に向かってバケツを思い切り蹴り飛ばした。
バケツはちょうど窓の真下の壁に当たって、カーン!と大きな音を立てて床に落ちた。
壁の向こうからの物音がパタリと止んだ。
気づいてくれたのかもしれない、と思ったが、その期待は見事にはずれた。
何の物音もしなくなって、しばらく待っても何も起きなかった。
もう一度バケツを蹴ろうと思ったが、バケツはもう届かない距離にまで転がっていってしまった。
足の裏がひりひり痛い。
冷気がナイフのように肌を刺し、体が芯まで冷え切って限界に達した国彦は、泣く泣く布団に潜り込んだ。
衣類がたくさん入った袋を下げたまま、1階の食料品売り場に向かう。
自炊を始めて数年になるから、料理はそれほど億劫ではない。
煮るか焼くかの簡単なレパートリーしか無いが、新米の主婦よりはマシな方だと思うし、カートを押してスーパーの商品を物色しながら歩くのは楽しい。
──今日は肉を焼いてやるか。若い子には動物性タンパク質も必要だ
自分が若い頃、腹に少しでも空きがあれば肉ばかり食べていたのを思い出した。
肉が並んだ商品棚から牛ロースが300グラム入ったパックを取ってカゴに入れ、次は野菜売り場に行き、付け合わせに使うブロッコリーをカゴに放り込む。
──次は汁物だな。あのくらいの年齢の子は、洋食のほうがいいだろう
コーンスープの素をカゴに放り込み、次は何を買おうかと歩き回ると、カレールーが並んだ棚に目が止まった。
辛口と甘口のルーを見比べてみるが、国彦の好みがわからないので両方をカゴに入れた。
明日はこれを食べさせてやることに決めて、カレー用の肉を買うためにまた食肉コーナーに戻った。
──カレーを食べるなら福神漬けも要るな。卵も入れてやる方がいいか?
他には買うものはないか、としばらくスーパー内をうろついていると、惣菜売り場に並べられたサラダが目についた。
──これだけじゃ野菜が足りない気がする。一応、買っておいた方がいいか。
惣菜売り場に並んでいたポテトサラダを手に取り、カゴに入れた。
貞はこのとき、惣菜のポテトサラダを買った主婦が知らない男から「母親ならポテトサラダぐらい作ったらどうだ」なとど言われた話を思い出した。
──親というのは大変だな。特に母親は
貞はそのエピソードを他人事のように感じていたし、元妻のこともすっかり忘れていた。
しかし、国彦に何を食べさせてやろうかと考えているうちは、父性愛と恋愛感情が入り混った気持ちが確かにあったことに、本人は気がついていなかった。
肌を突き刺すように寒い部屋の中、国彦はひとり震えていた。
空腹感はまだあったが、布団の中に潜り込むことを許され、凍える危険が無いことだけは素直にありがたいと思った。
ハア、と鼻から吐いた息が白い。
あの男が暖房を切っていったからだ。
タオルで作った猿ぐつわで口を塞がれてしまったせいで、鼻でしか呼吸ができなくてしんどい。
せめて暖房ぐらいつけておいて欲しかった。
なんだってこんな嫌がらせじみたマネをするのか。
ベッドのそばには例の如く、用を足すためのバケツが置かれていた。
さきほどから尿意を催しているが、さすがにこんなところに排尿するのは抵抗がある。
──昼には戻ってくると言っていたし、もう少し我慢しよう
国彦は縛られたまま布団の中で体を丸めた。
長時間、同じかたちに縛られているものだから、肩や足に鈍痛を感じる。
足を縛るロープが犬のリードのようにベッドの脚に括りつけられているせいで、まともに動けやしない。
姿勢を変えようと身動ぎすると、どこからか小さな音がした。
窓からではない。
ベッドヘッドがくっついた壁の方からだ。
寒さに震えながら芋虫のように這って布団から出ると、壁に耳をつけた。
パタン、カタンという音と、人間の足音も聞こえた。
──これは何の音だろう?でも、壁の向こうに人がいるのは確かだ。
国彦は体勢を変え、両足の裏を叩きつけるようにして、思い切り壁を蹴った。
数回叩いてみたが、向こうの音は止まない。
おそらく、こちらには気づいていないのだろう。
もっと強く蹴ってみたが、結果は同じだった。
向こうが音に気づいたら、訝しんで何か反応してくれるかもしれない。
苦情を言いにこちらに向かうぐらいはするかもしれない。
そのときに異変に気づいてくれるかもしれない。
そう思って叫ぼうにも、塞がれた口では声が出せない。
もっと大きな音を出すためには、と考えて部屋中を見回すと、ベッドのそばにあるバケツに目が止まった。
──これだ!
国彦は足を伸ばして、硬い壁に向かってバケツを思い切り蹴り飛ばした。
バケツはちょうど窓の真下の壁に当たって、カーン!と大きな音を立てて床に落ちた。
壁の向こうからの物音がパタリと止んだ。
気づいてくれたのかもしれない、と思ったが、その期待は見事にはずれた。
何の物音もしなくなって、しばらく待っても何も起きなかった。
もう一度バケツを蹴ろうと思ったが、バケツはもう届かない距離にまで転がっていってしまった。
足の裏がひりひり痛い。
冷気がナイフのように肌を刺し、体が芯まで冷え切って限界に達した国彦は、泣く泣く布団に潜り込んだ。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
檻の中
Me-ya
BL
遥香は蓮専属の使用人だが、騙され脅されて勇士に関係を持つよう強要される。
そんな遥香と勇士の関係を蓮は疑い、誤解する。
誤解をし、遥香を疑い始める蓮。
誤解を解いて、蓮の側にいたい遥香。
面白がる悪魔のような勇士。
🈲R指定です🈲
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説はだいぶ昔に別のサイトで書いていた物です。
携帯を変えた時に、そのサイトが分からなくなりましたので、こちらで書き直させていただきます。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった
なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。
ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる