上 下
8 / 14
1.レイモンド伯爵家の致死率99

傲慢な三兄弟(3)

しおりを挟む
 メイリーンの予想は、おおよそ当たっていた。養子にして全部を権利を持っていくのを姉と兄が許すはずもない。

「あのねぇ、あんたの養子にするなんて、全部、持っていく気なの?」

 すぐに姉が抗議した。

「独り占めは、よくないぞ」

 兄も加勢した。

「あーのーねー、姉さんも兄さんも私の話を全っ然、聞いてない。金鉱は渡すし、港町も渡すって言ったでしょ。他もね、欲しけりゃ分配すればいいの。私が欲しいのは、あくまで伯爵の名声。OK?」

「そういう意味か、分かりづらい。どうしてそんなに爵位しゃくいにこだわる? 養子にしたとて、お前が継承できんと思うが」

「いいのよ、伯爵の母親って肩書があれば中央の舞踏会にも参加しやすいでしょ。四番目ってのはね、立場も肩身が狭いのよ。だからアルフレッドちゃんからは伯爵の名誉を、間接的にでも私に与えてくれればいいの」

「つまり僕は……どういう立場になるのでしょうか?」

「だーかーらー、たった今、説明したろーが! ……あ、ごめんね、アルフレッドちゃん。あなたが伯爵だからって、たいした意味がないでしょ。それよりも実用性のあるブドウ畑や、綺麗な湖もあるし、果樹園だって作ろうと思えば作れるし。そうして、のんびりと暮らすだけ。とりあえず、めんどくさいからね、もうサインして。養子の申請書を持ってきてるから。ちょうど、この人との間に子供ができなかったの。何て都合がいいのでしょう」

「それは君が子供を作りたくないって――」

「うっせーな、横やりを入れんな! とにかく、私の養子になれば平和的な解決でバンザイになるの。さあ、早く名前を書いて」

「浅はかな考えだと思うけど、マルガレーテがそれで満足するなら勝手にしなさい。でも、先に金鉱の権利を分配してから。コッチの書類にサインするのが先」

「おやおや、女性陣はせっかちだね。アルフレッド君、戸惑う気持ちは、よく分かる。ここはいったん伯父さんと話をしようか。男同士の方が分かり合える。そうだろう?」

「あ、あの……僕が書類にサインをすれば、皆さん、満足するのでしょうか……でしたら、僕はもういいので、ここにある全ての書類にサインを……します」

 ――バァン!

 食堂のドアが勢いよく開いた。勢いが良すぎて、ドアノブが吹っ飛んだ。

「サインだけは勝手にするなと言ったろーが、アホ!」

 ドアを蹴ったのはメイリーンだ。突然の出来事にアルフレッドも、他の三人も驚いて、両肩がビクッと飛び跳ねた。

「お前はどこまで愚かなのだ! 全てを失って用済みになったら消されるかもしれんのに、そんなことも想像できんのか、バカタレ! せっかく私が救ってやると言ってるのに」

「だって、こんな状況、もう嫌だから……」

「あんた、どこの子? なんで勝手に?」

 長女の問いかけにメイリーンは名刺の束を投げつけた。名刺の束の角が、長女の額に直撃した。

「痛ったぁ!」

「私はコイツの後見人だ。お前達が前任者を排除したせいで、私が代わりに請け負った」

「……うん? 前任者を排除? お嬢ちゃんは何のことを言っているのかな?」

 悶絶もんぜつしている姉の隣で、弟のサイモンがニッコリと笑っている。

「臭い芝居をしても無駄だ、エセ偽善者。回りくどいやり取りも嫌いだ。今後のことは全て、私を通してもらう。もうコイツには任せておれんからな。以後、三人との間は私が取り持つ。それでいいな、アルフレッド」

「……う、うん」

「そうとなれば、この紙切れも無効だ」

 メイリーンは食卓に散らばった書類を口でくわえて、ビリビリと豪快に破った。

「このガキ! 勝手なことをすんな!」

 妹のマルガレーテが激高して立ち上った。

「あらやだ、私ったら……ねえ。アルフレッドちゃん。後見人って何のこと? まさか、こんな何処の馬の骨か分からないガキを信用する気なの?」

「……はい。この人は、信用できる人だから」

「はあ? さっきはサインしようとしてたのに、どういうこと? もしかして私を信用できないってわけ?」

「そういうことだ、物分かりがいいな、外見詐欺さぎ女」

「誰が詐欺さぎだ! そもそも任せるって何? あんたのようなガキに何ができんの?」

「これでも帝都に事務所を持つ法人の代表だ。私の手足となって動く人間は百どころではない。我々はコイツのようなスカポンタンを救済するのをスローガンとして掲げている。トラブルの仲介から解決、ハッピーエンドまで面倒を見るのがモットーだ」

「愚民救済カンパニーの代表の、メガミ? ふざけた名前」

 長女は投げつけられた名刺を、グニッと折り曲げた。ちなみにメガミとは、『メイリーン・ガスタンブラ・ミハルクライム』の略称である。

「会社の所在が本当だとすれば、だけど。それで、赤の他人を救済して何のメリットがあるの?」

「政策とは、そういうものだ。貧乏人に向けた基金のようなものだな」

「そんなことを言って、私達の財産を奪う気でしょう」

「伯爵から奪う気はサラサラないが、どちらが信用を得て成功を勝ち取るのか、これからは敵同士になるのだから宣戦布告ととらえてもらって結構。とりあえず、この場はお前達のせいで清涼せいりょうな酸素が薄くなった。だから今日はもう帰れ。サエキ、客人達は、お帰りだ」

 いつの間にかサエキが三人の真後ろに立っていた。長女と次兄は座ったままで、マルガレーテは興奮して今にも殴りかかりそうになっている。サエキは、そんな彼女の肩を優しくつかんで、

「玄関は、あちらです。どうか穏便に」

 静かな口調が逆に不気味に聞こえた。妹が動揺しているのを見て、「はっはっは」とサイモンは余裕を見せた。

「どういう経緯いきさつは分からんが、面白くなってきたね。どのみち、腹は満たされた。少し過食気味ではあるが」

 ゆっくりとサイモンが席を立つ。

「ほんと、そう」

 長女のカタリナも席を立った。

「坊や、今日の御馳走、ありがとう。今度は私の家に来てちょうだい。それまでに得体の知れない他人を信用するのか、家族の私達を信用するのか、よく考えておくのね」

 長女は食堂から去り際に、アルフレッドの頭をでていた。サイモンはスーツを羽織るのをサエキに手伝ってもらい、マルガレーテは舌打ちをして、夫の肩に肘打ちをしてから食堂を出ていった。

「本当に、大丈夫なのでしょうか」

 ここにきても、まだアルフレッドは煮え切らない。メイドが後ろから優しく抱きしめて「ああ、なんてお可哀そうな坊ちゃま」などと言っている。

「これだけ啖呵たんかを切ったのだから、連中も今までのように回りくどいやり方はしてこないだろう。妨害なり、強硬なり、強盗でもしてくるかな。お前もいい加減に覚悟を決めろ」

 メイリーンは「はあっ」と大きなため息を吐いた。
しおりを挟む

処理中です...