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1.レイモンド伯爵家の致死率99
レイモンド伯爵家の跡継ぎ(1)
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結局、誕生パーティの招待客にはメイリーンが満足する救済のターゲットはいなかった。
――社交界で注目を集めたい。
――もっと広い家に住みたい。
――妹を好きになってしまった。
――兄に好かれて困っている。
当人達にとっては深刻なのかもしれないが、メイリーンからすればどれも馬鹿みたいな悩みで、死に超面するような事案ではなかった。とはいえ、宣言した効果はあったらしく、後日になってからパーティー招待客を通じて、それなりに深刻な相談事が集まるようになった。
その中で特に目を引いたのが、
――レイモンド伯爵家の世継ぎについて。
相談主は平凡な身分の老婆だった。メイリーンが直接、老婆に会って話を聞いたところ、どうやら老婆自身はただの町民で、老婆の娘のルアンナがレイモンド伯爵と恋仲になったらしい。
「ルアンナと伯爵では、とても身分が釣り合いませんから……ルアンナから遠慮して結婚はしませんでした。だから孫のアルフレッドは隠し子として私と一緒に暮らしていたのですけど……三カ月前に、レイモンド伯爵が病気でお亡くなりになったと使者が伝えにきたのです」
「ほお……伯爵には他に子供がいなかった?」
「だと思います。そうでなければ、世継ぎとして使命されるはずがありません。本来であれば幸運が舞い降りたと考えるべきかもしれませんが、私達はずっと静かに暮らしていましたから、偉い人の身分を継ぐことになるだなんて想像もしていなくって……きっとアルフレッドは、どうしていいのか分からなくなっているに違いありません。孫は迎えの馬車に乗ったっきり、最初は手紙が来ていたのですが、それすらも届かなくなりました。今頃、どうしているのか……心配で、心配で」
ここで老婆は泣き崩れてしまった。
これだけの情報では世継ぎとなった息子が窮地に陥っているのか、それとも、唐突に手に入れた身分に浮かれて遊び回っているか判断できなかったが、後を継ぐことになった息子は十三歳とのことで、メイリーンとしては同年代の男がどのようにして貴族社会で立ち回っているのか興味が湧いてきた。それで、彼にも会ってみようと考えた。
「よかろう。私が状況を聞いてきてやろうぞ」
こうして、メイリーンはレイモンド伯爵家の領地、帝国南西のフィールズへと向かうこととなった。
フィールズへ向かう汽車の、二等車。
ぎゅう詰めになっている三等車に比べれば随分とマシだが、二等車では鉱山夫の汗と土のすえた匂いと、ビールのアルコールの匂いに、女の甲高い笑い声が混ざっていた。メイリーンは町娘のようなワンピースを着て窓際に座り、向かいの席では執事のサエキがスーツではなく狩猟用のブーツとベストを着ていた。
「こちらの方が土地柄を感じられる。一等車はつまらんからな」
ミハルクライム家の尊厳を掲げながら活動しては、何かと息苦しい。こうして庶民に混ざって噂話を聞いている方が慈善事業への情報収集になる。別に高貴な服を着飾ることが趣味でもないから、メイドのような服を着ても気にならない。唯一の懸念は舐められることくらいで、メイリーンが窓に流れる草地を見ていると隣の席の酔っぱらいが抱き着いてきたので、目つぶしをしてやった。酔っぱらいは「ああっ!」と叫びながら床に転がった。
「伯爵は本当に結婚していなかったようです。ですが三人の兄弟がいらっしゃいます。姉と、弟と、妹がいて、いずれもご存命です」
サエキが調査資料の紙束をメイリーンに渡した。メイリーンは素早く目で上から追って、すぐに返した。
「なるほど、病弱で、虚弱体質だったから積極的に人と交流する性格ではなかったか。貴族同士の色恋沙汰にも財産の浪費にも興味がなかった男が、唯一、夢中になったのが旅行先で出会った娘とはな。もしかすると女に興味がなかったのではなくて、貴族の娘に興味がなかっただけかもしれん。いずれにせよ、隠し子に後を継がせるくらいなら、いっそのこと強引に連れて帰れば良かったのだ。さぞかし、後継者を指名された時の親族の仰天振りが目に浮かぶ」
汽車が首都から離れるにつれて家屋が減り、山や草原ばかりが目立つようになった。それがフィールズに近付くと、再びまばらだった家々が密集するようになり、トロッコに鉱石を詰めて運ぶ男が増えた。
「フィールズは金鉱として有名だったな」
「ぐああ!」
メイリーンは視線を外に向けたまま、懲りずにスカートの中を下から覗こうとする酔っぱらいの頭を踏みつけた。
「金があるところには人が集まる。それだけ、騒動も起きる」
別に予言をしたわけではなかったが、メイリーンの発言はすぐに証明されることになった。汽車がフィールズの駅に着くとホームには人だかりができていて、地元の警察が野次馬を遠ざけようと笛をピーピー鳴らしていた。
「また、殺しがあったらしい」
「最近、多いな」
地元の男達の会話が聞こえた。死体は線路脇に捨てられていたようだ。彼らの会話の中に「以前の領主様なら」という言葉もあった。
「伯爵が病死したことと、関係があるのでしょうか」
サエキが聞いた。
「評判が良くないのは事実だろう。そうでなければ、領主がどうのこうの言われるはずがない」
メイリーンは駅前で馬車を呼ぼうと手を挙げたが華麗に素通りされて、サエキが呼ぶと、すぐに馬車が停まった。
「レイモンド邸まで頼む」
「は? お嬢ちゃん。何処の家だって?」
「領主の伯爵家に決まっておるだろ。なんだ、信用していないのか。ほら、金貨だ。釣りはいらん」
年齢だけは、どうしようもない。メイリーンは足を組んで肘をついて、ブスッとした表情で馬車の外へ目をやった。
――社交界で注目を集めたい。
――もっと広い家に住みたい。
――妹を好きになってしまった。
――兄に好かれて困っている。
当人達にとっては深刻なのかもしれないが、メイリーンからすればどれも馬鹿みたいな悩みで、死に超面するような事案ではなかった。とはいえ、宣言した効果はあったらしく、後日になってからパーティー招待客を通じて、それなりに深刻な相談事が集まるようになった。
その中で特に目を引いたのが、
――レイモンド伯爵家の世継ぎについて。
相談主は平凡な身分の老婆だった。メイリーンが直接、老婆に会って話を聞いたところ、どうやら老婆自身はただの町民で、老婆の娘のルアンナがレイモンド伯爵と恋仲になったらしい。
「ルアンナと伯爵では、とても身分が釣り合いませんから……ルアンナから遠慮して結婚はしませんでした。だから孫のアルフレッドは隠し子として私と一緒に暮らしていたのですけど……三カ月前に、レイモンド伯爵が病気でお亡くなりになったと使者が伝えにきたのです」
「ほお……伯爵には他に子供がいなかった?」
「だと思います。そうでなければ、世継ぎとして使命されるはずがありません。本来であれば幸運が舞い降りたと考えるべきかもしれませんが、私達はずっと静かに暮らしていましたから、偉い人の身分を継ぐことになるだなんて想像もしていなくって……きっとアルフレッドは、どうしていいのか分からなくなっているに違いありません。孫は迎えの馬車に乗ったっきり、最初は手紙が来ていたのですが、それすらも届かなくなりました。今頃、どうしているのか……心配で、心配で」
ここで老婆は泣き崩れてしまった。
これだけの情報では世継ぎとなった息子が窮地に陥っているのか、それとも、唐突に手に入れた身分に浮かれて遊び回っているか判断できなかったが、後を継ぐことになった息子は十三歳とのことで、メイリーンとしては同年代の男がどのようにして貴族社会で立ち回っているのか興味が湧いてきた。それで、彼にも会ってみようと考えた。
「よかろう。私が状況を聞いてきてやろうぞ」
こうして、メイリーンはレイモンド伯爵家の領地、帝国南西のフィールズへと向かうこととなった。
フィールズへ向かう汽車の、二等車。
ぎゅう詰めになっている三等車に比べれば随分とマシだが、二等車では鉱山夫の汗と土のすえた匂いと、ビールのアルコールの匂いに、女の甲高い笑い声が混ざっていた。メイリーンは町娘のようなワンピースを着て窓際に座り、向かいの席では執事のサエキがスーツではなく狩猟用のブーツとベストを着ていた。
「こちらの方が土地柄を感じられる。一等車はつまらんからな」
ミハルクライム家の尊厳を掲げながら活動しては、何かと息苦しい。こうして庶民に混ざって噂話を聞いている方が慈善事業への情報収集になる。別に高貴な服を着飾ることが趣味でもないから、メイドのような服を着ても気にならない。唯一の懸念は舐められることくらいで、メイリーンが窓に流れる草地を見ていると隣の席の酔っぱらいが抱き着いてきたので、目つぶしをしてやった。酔っぱらいは「ああっ!」と叫びながら床に転がった。
「伯爵は本当に結婚していなかったようです。ですが三人の兄弟がいらっしゃいます。姉と、弟と、妹がいて、いずれもご存命です」
サエキが調査資料の紙束をメイリーンに渡した。メイリーンは素早く目で上から追って、すぐに返した。
「なるほど、病弱で、虚弱体質だったから積極的に人と交流する性格ではなかったか。貴族同士の色恋沙汰にも財産の浪費にも興味がなかった男が、唯一、夢中になったのが旅行先で出会った娘とはな。もしかすると女に興味がなかったのではなくて、貴族の娘に興味がなかっただけかもしれん。いずれにせよ、隠し子に後を継がせるくらいなら、いっそのこと強引に連れて帰れば良かったのだ。さぞかし、後継者を指名された時の親族の仰天振りが目に浮かぶ」
汽車が首都から離れるにつれて家屋が減り、山や草原ばかりが目立つようになった。それがフィールズに近付くと、再びまばらだった家々が密集するようになり、トロッコに鉱石を詰めて運ぶ男が増えた。
「フィールズは金鉱として有名だったな」
「ぐああ!」
メイリーンは視線を外に向けたまま、懲りずにスカートの中を下から覗こうとする酔っぱらいの頭を踏みつけた。
「金があるところには人が集まる。それだけ、騒動も起きる」
別に予言をしたわけではなかったが、メイリーンの発言はすぐに証明されることになった。汽車がフィールズの駅に着くとホームには人だかりができていて、地元の警察が野次馬を遠ざけようと笛をピーピー鳴らしていた。
「また、殺しがあったらしい」
「最近、多いな」
地元の男達の会話が聞こえた。死体は線路脇に捨てられていたようだ。彼らの会話の中に「以前の領主様なら」という言葉もあった。
「伯爵が病死したことと、関係があるのでしょうか」
サエキが聞いた。
「評判が良くないのは事実だろう。そうでなければ、領主がどうのこうの言われるはずがない」
メイリーンは駅前で馬車を呼ぼうと手を挙げたが華麗に素通りされて、サエキが呼ぶと、すぐに馬車が停まった。
「レイモンド邸まで頼む」
「は? お嬢ちゃん。何処の家だって?」
「領主の伯爵家に決まっておるだろ。なんだ、信用していないのか。ほら、金貨だ。釣りはいらん」
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