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2.後宮の生華
2-4.夜伽の知らせ①
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南花園に、山茶花が咲いた。
後宮の北と南には色とりどりの花が集められた庭園がある。北側には妃たちが暮らす宮殿があり、南側には宮女や宦官の勤める殿舎が建っている。静月の部屋からは北花園が近いが、他の妃と会うと気まずいので離れた場所にある南花園をよく訪れる。それなりに歩くことにはなるが、部屋にいてもすることがないし、用事で呼ばれることもない。自主的に散歩をしなければ不健康になりそうなので、たとえ雨が降っても、一日に一回の習慣として守ることにしていた。
それに後宮に入ってから、季節を肌で感じなくなった。
静月が故郷で暮らしている頃は野山の変化を感じるのが好きだった。春には春の、夏には夏の顔があって、同じ季節でも晴れの日には蝶や蜂が飛び、雨の日には湿った甘い匂いに混ざった草花が雫に濡れている。そういう景色の中に身を置くことで生きていることを実感できた。
それに代わる所はないかと探した結果の、この南花園だった。
『もう……花が切られている。剪定するには早すぎるのに』
侍女の林紗が切られた枝の一つを摘まんでいる。
せっかく見事に咲いているのに、花の群れに丸く禿げている箇所が散見される。山茶花は赤と白の色調が美しい。それが、ぱっつりと切られた枝の緑になっては寂しい。向こうで、ぱちり、ぱちりと音がしたので、足を向ければ、宮女が鋏を手に取って籠に花を集めていた。上級妃の住む宮殿や堂を彩るのに使うのだろう。仕方のないこととはいえ、せめて飾る花くらいは後宮の外から手配できないものか。
『山茶花を運んでいるみたい。それも白い花ばかり』
『どうして白ばかりなのかな』
静月たちが南花園から北へと戻る道中のこと。
おそらくは先ほど宮女が集めていた山茶花なのだろう、宦官たちが植えた鉢を運んでいる。静月と林紗は列の一員であるかのように後ろから付いていくのだが。
皇后の宮殿を過ぎて、
四夫人の宮殿も過ぎて、
列が北へ北へと進むにつれて人通りが少なくなった。それでも、宦官たちとは帰路が分かれない。てっきり向かう先は違うと思っていたのに、まさか彼らと一緒に帰るとは想像していなかった。
『あ~、やっと帰って……うわぁ、なんか、たくさんいるぅ!』
部屋の前で麻朱が仰天している。
「こちらは、どちらに置きましょうか」
宦官たちが鉢を持ったまま静月に尋ねる。
「この花は……私に?」
「はい、内侍からの指示です。白い花でここを飾るようにと」
どういうことだろう。
静月が戸惑っていたら、部屋から中年の官女が出てきた。
「それは戸の前に飾ってちょうだい。半分は部屋に運んで」
静月はこの人を……知っている。後宮に入る際に礼儀作法やら仕来りやらを教えてくれた人だ。新米の妃の教育係を担っているらしく、初日からこれまで会う機会はなかったのに。
『女官長さんが静月姐のことを、ずっと待っていたんだよ』
「そうなのですか……お久しぶりです」
静月は、うやうやしく頭を下げた。その様子に彼女は少し呆れたような声で、
「相変わらずですね。妃なのですから、もっと自信をお持ちなさい」
母親のように言われる。この女官長は身分や出自や立場に関係なく全員に平等に接してくれる。
「おめでとう」
女官長が言う。
「あなたに決まったわ、静月美人妃」
後宮の北と南には色とりどりの花が集められた庭園がある。北側には妃たちが暮らす宮殿があり、南側には宮女や宦官の勤める殿舎が建っている。静月の部屋からは北花園が近いが、他の妃と会うと気まずいので離れた場所にある南花園をよく訪れる。それなりに歩くことにはなるが、部屋にいてもすることがないし、用事で呼ばれることもない。自主的に散歩をしなければ不健康になりそうなので、たとえ雨が降っても、一日に一回の習慣として守ることにしていた。
それに後宮に入ってから、季節を肌で感じなくなった。
静月が故郷で暮らしている頃は野山の変化を感じるのが好きだった。春には春の、夏には夏の顔があって、同じ季節でも晴れの日には蝶や蜂が飛び、雨の日には湿った甘い匂いに混ざった草花が雫に濡れている。そういう景色の中に身を置くことで生きていることを実感できた。
それに代わる所はないかと探した結果の、この南花園だった。
『もう……花が切られている。剪定するには早すぎるのに』
侍女の林紗が切られた枝の一つを摘まんでいる。
せっかく見事に咲いているのに、花の群れに丸く禿げている箇所が散見される。山茶花は赤と白の色調が美しい。それが、ぱっつりと切られた枝の緑になっては寂しい。向こうで、ぱちり、ぱちりと音がしたので、足を向ければ、宮女が鋏を手に取って籠に花を集めていた。上級妃の住む宮殿や堂を彩るのに使うのだろう。仕方のないこととはいえ、せめて飾る花くらいは後宮の外から手配できないものか。
『山茶花を運んでいるみたい。それも白い花ばかり』
『どうして白ばかりなのかな』
静月たちが南花園から北へと戻る道中のこと。
おそらくは先ほど宮女が集めていた山茶花なのだろう、宦官たちが植えた鉢を運んでいる。静月と林紗は列の一員であるかのように後ろから付いていくのだが。
皇后の宮殿を過ぎて、
四夫人の宮殿も過ぎて、
列が北へ北へと進むにつれて人通りが少なくなった。それでも、宦官たちとは帰路が分かれない。てっきり向かう先は違うと思っていたのに、まさか彼らと一緒に帰るとは想像していなかった。
『あ~、やっと帰って……うわぁ、なんか、たくさんいるぅ!』
部屋の前で麻朱が仰天している。
「こちらは、どちらに置きましょうか」
宦官たちが鉢を持ったまま静月に尋ねる。
「この花は……私に?」
「はい、内侍からの指示です。白い花でここを飾るようにと」
どういうことだろう。
静月が戸惑っていたら、部屋から中年の官女が出てきた。
「それは戸の前に飾ってちょうだい。半分は部屋に運んで」
静月はこの人を……知っている。後宮に入る際に礼儀作法やら仕来りやらを教えてくれた人だ。新米の妃の教育係を担っているらしく、初日からこれまで会う機会はなかったのに。
『女官長さんが静月姐のことを、ずっと待っていたんだよ』
「そうなのですか……お久しぶりです」
静月は、うやうやしく頭を下げた。その様子に彼女は少し呆れたような声で、
「相変わらずですね。妃なのですから、もっと自信をお持ちなさい」
母親のように言われる。この女官長は身分や出自や立場に関係なく全員に平等に接してくれる。
「おめでとう」
女官長が言う。
「あなたに決まったわ、静月美人妃」
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