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コミカライズ記念
祝! コミカライズ!
しおりを挟む――号外! 裏町住人・漫画でも熱き討論を!
裏町四条通を走る、カカシの新聞配達屋さん。私が号外新聞を受け取ると、「あっ!」と叫んで、紙面と私の顔を見比べました。
「カラーにしておきましたよ」
号外の表紙を飾っているのは私です。裏花見小路通で撮影した『がしゃどくろさん』達との愉快なシーンが印刷されています。高千穂に化粧してもらったのですが、私ってば、なかなかに美人なのでは?
気分も上々に土御門屋に戻ると既に高千穂が一人飲み会を開催していて、原稿を読みながらキセルから白い煙を吐き出していました。
「好みのタッチやわ」
高千穂が読んでいるのはネーム原稿です。連載開始前に受け取った白黒原稿を、一足先に見せてもらっていたのです。だって私達、思いっきり関係者ですから。
「可愛らしいわぁ、本物そっくりやもの」
などと高千穂は自分自身に陶酔した後に、
「漫画にしてもらえるって知ってたら、もっと服を用意したんに。一コマごとに着替えるとか」
「今でも大変だから、止めてあげて」
漫画家さんに優しくない高千穂の派手な和装です。
「やっほ! 聞いたよ、アタシも出してもらえるんだろ?」
土御門屋の戸が開いて、入ってきたのはアヤメさん。どぶろくの徳利を持っています。店で注文する気はないのかな。
「分かってるって、ワン・ドリンク制なんだろ。こっちの酒は漫画化の祝いに貰ったんだ、食い物にするか。ん~、じゃあ、ソースカツ丼」
なぜか京都なのにソースカツ丼がメニューにあるらしく、私ですらも把握していない。
「まだ読ませてもらってないけど、何話から出てくんの?」
「それは秘密」
「本当に服装、このまんまで良かったのか? カットされなきゃいいけど」
アヤメさんは露出度の高い服装ですから、袴にする可能性もありましたが、現実通りに収まりました。
「最初から、ちゃんとした服を着てたらええんよ」
こう言ったのは、高千穂。
「いつ、タイマンになるか分からないからな。袖を掴まれる心配もないし、蹴りだってやりやすい」
アヤメさんのファッションは戦闘理論に終始していますが、その格好だからこそ痴漢が寄ってくる可能性、十分に考えられます。もっとも裏町ではアヤメさんへの痴漢行為は、即、鴨川行水が通例ですけど。
「大丈夫、カットはされてないから。あ、私も日本酒が飲みたい」
お祝い、ですから、私もお酒を頼むことにします。ここは奮発して――九尾の狐とはいきませんが(高過ぎる)、純米大吟醸にしておきましょう。
「はい、薫さん。おちょこです」
マスターさんに、おちょこを手渡されます。私としては盛大に呑むつもりだったのに不本意の気遣いです。グイっと飲み干すと、チリンと、入り口から鈴音が小さく響きました。ハルが持ち歩いている鈴の音です。表京都でお祈りを捧げながら徘徊していたのでしょう。
私は早速、ドヤ顔で原稿を突き出してやりました。
「これ、前に言ってたコミカライズ! の、ネーム!」
「……そうか」
真顔のままパラパラとページをめくります。
それから、
「……随分と美人に書いてもらったな」
なんて一言を。
「実物だって、そこそこに美人なんですけど!」
悪口を言わないと呼吸ができない体質でいらっしゃる。
「ハルもカッコ良く書いてもらっていると思うけど?」
「そうだな」
ハルは私に原稿を返すと、甘酒を頼んでからソファに座り、いつものようにパシパシとテーブルに札を投げ始めました。てっきり関心がないのかと思いきや、
「縁起がいい。第四水曜日だとさ、豆大福」
テーブルの上の黒猫に向かってボソッとつぶやいています。これには私、高千穂、アヤメさんの三人で顔を見合わせて、ぷっと吹き出しました。
しばし土御門屋で談笑を小一時間ほど繰り返して、暗くなる前に帰路に着こうと裏町側へと抜けました。月見町を過ぎて東大路通を下る途中で、さっきまでは晴れていたのに、深々と、静かに雨が降ってきました。
これはヤバイ。
傘を持っていなかった。ネーム原稿を持っているのです。鞄があるとはいえ、せっかく印刷してもらった原稿を濡らしたくない。
「雨の予定でしたよ」
後ろから紅い傘が、ふわっと被さりました。
「天気予報では、晴れ、でしたけどね」
振り返ると、真神さんでした。
「連載日、決まったそうですね。実は裏町でも配本を計画していましてね。刊行されたら『迷い家』に置こうと」
「そうなんですか! あ、でも、迷い家だと買いに行こうとしても本に辿り着けない心配が」
「それならそれで、いいんです」
優しく微笑みます。
「示し合わせた出会いも、いいですけどね。縁があって辿り着いて、何の気なしに本を手に取る。その日、その場の五感で触れる発見も、素敵なものですよ――では、私はこれで」
「え、あ、もう?」
真神さんは出会頭も早々に傘を私に手渡して、瓦屋根が連なる軒の影に、ふっと、走り去りました。
「あの! この傘は!」
「薫さんに届けに来ました! 傘がそう言ったものですから!」
手元に視線を落とすと傘の柄が、不思議と、よく手に馴染みます。とても暖かくて懐かしい匂いがします。再び視線を軒に戻したら真神さんはもう、居なくなっていました。
私は小雨の中を南へと歩きます。深紅の花が開いた和傘が、私と原稿を守ってくれました。
「薫ちゃん、お帰り」
気まぐれの雨は、裏町の玉藻神社に着いた頃にはすっかり止んでいました。傘を斜めに下げれば雨粒が溶けるようになくなって、傘の蕾を開いたまま、玄関の外に。
「まあ、懐かしいねぇ」
お婆ちゃんは和傘を見ると、手を合わせてお辞儀をしました。
「玉藻前さんの傘やねぇ、何処を回ってはったんやろか」
なるほど、ご先祖様の和傘だったようです。
境内は宵の静けさに染まって、灯篭の明かりが樹々の雫を照らしています。その下に咲く真紅の和傘に私も手を合わせました。
どうか、素敵な巡り合わせがありますように。
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