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一章 出会い
2話 高柳の拾われっ子、燈子の能力
しおりを挟む高柳家の広間には実に麗しい華やかな着物や簪(かんざし)がズラッと並んでいた。
なんの珍しい事ではない。
商いをしている高柳家では年に何回かある燈子を交えた「商品の買い付け」の最中だ。
目の前には父、高柳 元廉(もとやす)が二種類の扇子を持ち「左が松方(まつかた)屋、右が山吹(やまぶき)の物だ」
と燈子の前に置き、眼鏡の奥の瞳がわずかに笑う。
さあ、どちらが売れる?と聞いているのだ。
「山吹様の方はお客様はよく喜んでおられます」
燈子は右の扇子に触れて答えるが元廉は
「そりゃあそうだ。どちらもいい物だからな。で、どうなんだ?」
と静かに圧を掛ける。
つまり「結局、売れるのはどちらだ?」と言う事だ。
もう一度、片方づつ扇子を触り
「左の松方屋の方です・・・」と答える。
すると彼は満足したかと思うと松方屋の扇子だけ自分の側に寄せた。
買い付け決定の動作だ。
そうしていくつもの同じ種類の違う専門店から持って来させた新作を元廉は燈子に見せ終わると彼女に
「以上だ」と言い部屋から出ていくよう促す。
一礼して手袋をはめ広間を出ていくと燈子は慣れてるとはいえ溜まった疲れがドッと溢れ身体に被さるような気を覚えた。
燈子には自分でも不思議な力がある。
それはいわゆる悟りの能力で素手で触れた人や物の過去や未来が「視える」のだ。
意識してなくて小さい頃から見えていたからか普段はその頃は女中からもらった無地の反物で縫った手袋を付けていた。
今、身につけているそれはもう何代目になるか分からないが色んな女中が残していった反物を縫ってこしらえた物だ。
ふうっとため息を吐き、他の女中に買い付けが終わった事って今から片付けに一緒に入ってほしい事をを伝えに行こうとしていると目の前から
「あら、ため息なんて付かないでよ!」フンッと女学校から帰って来た高柳家の一人娘(・・・と公には言われている)真莉(まり)が陰気臭いったらありゃしないわと燈子を押しよけ広間に入っていく。
「まあ、これが今度三ツ橋に出るのね!」
三ツ橋は街にある百貨店で開館当初からこの高柳家も関わり、所有する店舗 高柳は今日まで軍を抜いて売上を叩き出す老舗だ。
いつも高柳の店には季節ごとにこうやって元康が専門店から集めた目利きの新作を燈子に選ばせた物が広い店舗に並び、目の前を通る老若男女に人気の店だった。
真莉は広間に入るなり鮮やかな春物に浮き立ちいても立ってもいられないらしい。
「こら、真莉。帰って来たら手洗い場が先だろ」
そうやって父は真莉を叱るが娘の反応に中々満足している様子だ。
その様子を燈子が小さい頃だったらチクリと傷んでいたはずだが真莉と違う扱いを受けて十念年以上にもなる。本来なら羨ましいわと思うところを、夕方になれば夕飯を運ぶ手筈がある為お父様ったら早く真莉を広間から追い出してほしいわという感想しか浮かばない。
燈子は高柳家の養女だ。
まだ真莉が産まれる三年前、春の夜にひっそりおくるみに燈子と書かれ赤子が出来ない裕福なこの家の門の前に置かれた。
男児ではないものの、半ば子が出来ないと諦めていた元廉とカヲリ夫婦は喜んで燈子を可愛がった。
しかし、ふとした時に何かに触ると癇癪を起こす。
人見知りで引っ込み思案。
子育てが初めてな母カホリは子は明るく元気なものではないのかと疲弊し戸惑いながら燈子を育てたがしばらくし、奇跡的に真莉が産まれ燈子とは違い愛らしく子供らしくその時から両親の子育ては真莉の方に熱が入った。
元廉が買い付けのついでに土産をやると燈子は触るやいなやそれを返す。
一方、真莉は土産をもらい上機嫌だ。燈子が返した分も貰い元廉が家にいなかったからかその分父に甘える。
それが続くと両親はどうして上の子はこうも扱いにくいのか?と気にかける事も諦め、元康、カヲリにとっては「可愛げがない子」になっていった。
しかも時を悪くして高柳の売り上げは落ちていた。
高柳の家の空気にはどこか気が張り詰めた様な空気が漂っていた。
商売の事が分からないカヲリには夫が気を悪くしないようと手がかる真莉を見ておく事に必死だった。
しかしそんな時、どうして燈子が何か触る事に癇癪を起こす事が反面した。
それは真莉の三つのお祝いで健康を祈願しに行った日の帰り。
節約をしていた高柳家が久しぶりに外出した日になった。
神社の開けた参道で偶然会ったお爺さんがいた。
「こんにちは。かわいいお嬢ちゃん」
「こ、こんにちは」
家以外の女中や使いに話しかけられない燈子にとって外での出会いは貴重だ。
父や母は離れたところで真莉と一緒になって話し込んでいた。
お爺さんは燈子を見て
「いやあ、本当にお人形さんみたいだ。私にもお嬢ちゃんみたいなひ孫がいるんだよ」
(そうなのね。だからお爺さんは優しいのね)
そう燈子が思っているとお爺さんは何気なく自分の孫達にするように彼女の頭を撫でた。
その時だった。
「いやあ!・・・ぁあ!」
突然の燈子の癇癪に気づいたのはカヲリだ。
「まあ、何事!」
高い着物を着ているカヲリにお爺さんは驚いていた。
彼女はこの時、この年寄りの風貌を見るや野蛮な人攫いではないかと怪しんだ。
怪しまれている事を勘づかれたお爺さんは
「すみません!自分にもこのくらいのひ孫がいるもので頭を撫でたら気に障ったようで」
と必死に謝るとカヲリはまた燈子の面倒くさい癇癪が始まったと呆れた。
「あなたいい加減にしなさい!すみません、もぅこの子ったら」
すっかり娘より他人の見方だ。
「違うの。お母様、あの人すぐに死んでしまうわ」
カヲリに謝って参道を降りる階段に向かって行ったお爺さんにはもう燈子の言葉は聞こえない。
「何を言ってるの?それはお年だもの。私達より早くこの世を去るものよ」
「違うっ、違うわ。すぐ死んじゃうわ!この階段を落ちて亡くなっちゃうわ。早く止めないと!」
「・・・何ですって?」
燈子の突然の死者宣告に彼女は驚いた。
直後、
「うわあああ!」
ドサッ!
悲鳴と何か異様な大きな音が下から響いた。
「なんだ!何事だ!?」
話し込んでいた父、元康と神主が駆けつけるとカヲリは腰を抜かしていた。
階段の下には燈子が話した通り、頭から血を流し倒れた老人の姿があった。
神主は恐る恐るら、老人の息を確認したが虚しくもそれは止まっていた。
燈子の高柳での扱いが変わったのはそれからだ。
「食わせてやってるのにどうしてお前はこうなんだ!」
行き詰まった高柳の家計、はたやら見れば不気味な燈子の姿についに父はしびれを切らし激昂した。
そんな父にカヲリは
「うっ・・・。本当にこんな恐ろしい子と分かっていたらなんで家に・・・」
泣きつく。
「?」
その時まで燈子にとって二人は本当の家族だった。
自分のせいで父が怒るのは分かっているが能力は制御できない。
しかし燈子には母、カヲリの涙に違和感と困惑を隠せない。
自分が本当の高柳家の長女ならば「こんな子生まれてこなければ」と発言をするところ、「・・・本当にこんな子だと分かっていたら」
なんて言われたら自分は拾われっ子みたいではないかという疑念がその時に生まれた。
それからとゆうものの掠(かす)りを来て女中と一緒に生活をした。
でもなんでも視えてしまう燈子にまともな仕事は最初からできない。
布越しなら視えないと気付いたのは事はそれからしばらくしてからだった。
それから燈子は見よう見まねで手袋を自分で塗ってこしらえた。
すると仕事での視える事で起きた間違いや癇癪がピタリと起きない。
これに燈子は心の中で小躍りをした。
その変化に父は一番に気付いてある時こんな事を聞いて来た。
「燈子、今日の買い付けは私と同行するように」
朝食を済ませ父が何を言ったのか燈子には理解できなかったが側にいたカヲリは
「あなた、何を言っているの!?」
正気なの?と必死に止めた。
燈子は「お父様の買い付けに一緒にいけるなんて・・・。もしかしてお父様は私の事を見直してくれたのかしら」と期待を膨らませた。
頬を紅色に染める燈子を横目に父は
「まあ、私にも考えがある」
と小声で言って聞かせるとカヲリは仕方なしに買い付けの同行に許可を出した。
ある呉服屋に入るとそこには美しい着物が並んでいた。
「これは高柳様、お久しぶりです。おやこちらは?」
掠りを来た燈子は店主の返事に戸惑うと父は
「この子は女中になります。どうも私の仕事を見たいと言う事で」
と嘘を付く父の姿に燈子は久しぶりに胸を痛めた。
これには呉服屋も不思議そうだった。
高柳の愛娘ならまだしも女中の子のワガママを聞き入れるなんてと不思議に思っていたのだろう。
それから店主が来季の新作を父に見せ、父がそれを相槌を打ちながら聞く。
父は二つの着物どちらを買い付けるかで悩んでいると店の者に
「うーん、どちらもいい物で実に迷いますなあ。申し訳ないが一人にしてもらっても?」
と願い出て燈子を呼ぶ。
(私は何をすればいいのかしら?)
お父様は褒めてくれるかしら?
そう期待する燈子に父はこう聞いて来た。
「燈子、手袋を外しなさい」
「え?」
(手袋を外しなさいって言ったの?でもそんな事したら視えちゃうわ)
「でも、外したら私視えてしまって・・・」
「外しなさい」
声は優しいが目は笑っていない。
(お父様は私が手袋をしてると視えないって気付いているのね?何をする・・・、させるつもりなの?)
恐る恐る従う。
すると今度は小声で
「触ってどちらが売れるかその手で視るんだ」
と言われ、燈子は驚く。
(え?それってしていい事なの?)
幼い燈子には判断ができない。
「どうした燈子?視なさい」
「・・・分かりましたっ・・・」
(大丈夫。視るのはどちらが売れるかだけ!)
そう自分に言って聞かせ気を集中させ片方ずつに手を置く。
「こちらの赤い着物は手に取ったお客様が笑っているお顔が見えます」
「燈子・・・、どちらが売れるのかと聞いているんだ」
質問にちゃんと答えなさいと言い聞かせるように話しかけるがその姿は燈子から見たらなにか悪いものが父に取り憑いたかのように思え恐ろしく見えた。
「・・・っ!こちらの藍色・・・」
の方ですと最後の方は小声になりかけながら父の質問に答える。
「よし。それでいい」
父はそう言うと店の店主を呼び藍色の着物を買い付けた。
帰り際、父の顔は安らかに見え、安堵してるように思えた。
(私、良い事をしたのよね?)
今日の父は激昂はされなかったけどいつもと違う不穏な感じがした。
無言の馬車の中「燈子・・・よくやった」
懐かしい優しい頃の声色で言われ燈子は父に対する恐怖の疑念が消えた。
(私、前みたいなお父様とお母様達と一緒に暮らせるのだわっ)
そう期待していたが、それからの日常は変わらない。
相変わらず女中として暮らし、前より不注意による間違いをして父に怒られ、母は真莉と比べ小声を言う。
(どうして?お父様は私の事を認めてくれたんじゃないの?お母様にもその事を話してくれたんじゃないの?)
燈子の戸惑いは続いた。
しかし、数ヶ月後燈子はカヲリの前で褒められた。
「あの時お前が視た着物、実に高値で売れたぞ!」
燈子を抱き抱えはしなかったもののあんなに上機嫌な父は高柳の店が傾いて久しぶりに見せた顔だった。
父の笑顔に戸惑う燈子。
そんな燈子を面白くないといった感じで鼻で笑う母。
そうして日々変わらない生活の中、父は毎回燈子を買い付けの時だけ連れていき燈子が大きくなるにつれ、店に出向かず新作は高柳の店に持ち込んでもらい広間で燈子が視る形式に変わっていった。
初めて藍色の着物が売れて父に褒められたが一向に生活は変わらない。
(私も高柳の長女なのにどうして・・・?)
父は確かに数ヶ月店に新作が出て売れる時は褒めてくれる。
しかし、基本的に怒られているし母は明らかに真莉を差別するかの如く可愛がる。
(・・・となるとどうしようもない悟りの力のせいなのかしら?)
結局のところ今の燈子の考えは堂々巡りだった。
しかし、その疑問が晴れたのは真莉の一言だった。
「あんたは拾いっこなのよ。お母様が言っていたから本当よ。門の前に置いているところを拾ったって言っていたわ」
真莉はとっくに大きくなり年は四つくらいにもなるとお喋りは燈子も一緒に扱われていた頃より達者だ。
その頃にはすっかり母に毒された真莉。
無邪気に私、秘密を知ってるのよと悪気がない彼女に真実を告げられ、最初は信じきれなかった燈子は母カヲリの違和感があった言葉を思い出す。
「本当にこんな子と分かっていたらなんで家に・・・」
という言葉を。
時が経ち、母カヲリは開き直るかの如く
「あなたは拾いっこだから」と言う小言で燈子と真莉を差別化した。
そうしてようやく燈子が自分が養子だという事実を自然と受け入れた。
今となっては昔話だが時折り、燈子は思う。
ーだったら最初から優しいでー。
日々女中とし年に何回か視る事さえすれば、とりあえずは食べれる食事は質素だがあるし、立派な高柳の家の部屋の物置みたいな部屋では寝れる。
割り切ってしまえばなんて事はない。
でも、そうして歳は十八。
この年になれば令嬢であってもなくてもとっくに結婚していてもおかしくはない。
しかし、そんな事は今日の今日まで自分には他人事でいつもの様に「視る」だけで今年もただ過ぎてゆくー、だけだと思っていた。
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