180 / 185
第百七十九話『あたしたちは撤収する』
しおりを挟む
『――そうして、私たちの新しい生活は始まったのです』
舞台袖にあるマイクに、あたしは物語を締めくくる一言を吹き込む。それとともにビーと言う大きな音が鳴り、舞台の終幕がはっきりと告げられる。……その瞬間、割れんばかりの拍手が外から聞こえてきて。
「……やったね、二人とも。間違いなく最高の舞台だったよ」
舞台袖で見守っていた紡君が、いまだに手を繋ぎ合っているあたしたちに惜しみない拍手を贈ってくれる。……周りにいたクラスメイトの皆が駆け寄ってきてくれたのは、それとほぼ同じタイミングでのことだった。
「ねえなに、リハーサルよりすごいんだけど⁉」
「ああ、迫真の演技だった! 間違いなく高校舞台の枠組みを超えてるぜ!」
「ねえねえ二人とも、演劇部に入って全国大会を目指す気はない? ああそうだ、照屋君も引き込んで脚本面の戦力増強も――」
四方八方から賞賛とかいろんな声が聞こえてきて、あたしは瞬く間にもみくちゃにされる。本当にただ無意識、と言うかキャラに身を任せる形で居ただけなのだけれど、それがいい方向に作用してくれたみたいだ。アドバイスしてくれた犀奈には本当に頭が上がらないし、今度改めてお礼もしなくちゃいけないだろう。
「……あー、長かったね……リハーサルの三倍か四倍ぐらいに感じたよ」
「そうだね、人が居て小道具があるだけでこんなに違うんだ……」
犀奈が隣でへたり込むのにつられて、あたしもゆっくりと床に座り込む。やっぱり演じることにはそれ相応の反動があるのか、今までため込んできた疲れがドバっと流れ込んできたような感じだ。
「さて、そろそろ一回引き上げねえとな。舞台を使うのは俺たちだけじゃねえし」
がやがやと響く歓声の中で、紡君と一緒に取りまとめ役を務めてくれた男の子の声が響く。文化祭の前までは結構紡君に厳しい態度を取っていたはずなのだけれど、この準備期間を通じてかなり打ち解けてくれたみたいだ。……なんだかお母さんみたいな反応になってしまうけれど、その何気ない光景があたしはすごく嬉しかった。
「そうだね、皆もいろいろ文化祭回りたいだろうし。祝賀会とか感想会は全部終わった後にやろう」
その子が作ってくれた雰囲気に続くようにして、紡君がここにいる皆に指示を出す。そうやって舞台袖から出ていくクラスメイト達の後に続くようにして、あたしたち三人は自然と横並びになった。
「……なんというか、やっぱりアドリブ合戦になったね」
「ああ、なんてったって私が促したからね。最悪台本なんて無視してもいい、キャラクターの想いを優先してくれって」
「うん、それが無かったらあんなことは出来なかったよ。ありがとう、犀奈」
少し困った様子の紡君に犀奈が悪戯っぽく笑って、それにあたしも乗っかりながら感謝を告げる。そんなやり取りが本当に心地いいから、これがずっと続けばいいなあと思ってしまうんだ。……変わらずにいられないことなんて、もうとっくに分かっているはずなのに。
だけど、もう変わっていくことは怖くない。仮に変わったとしても変わらないでいてくれる人が居ることも信じられるし、形が変わってもあたしたちは変わらないでいこうと、そう思える。その気持ちもきっと、紡君と犀奈があたしにくれたものだ。
「さて、それじゃあ次の公演まで文化祭めぐりと行こうか。もちろん次の舞台まであまり時間もないし、僕達が宣伝することで得られる効果もあるだろうから――」
そんなあたしたちに挟まれながら、紡君は心から楽しそうな様子であたしたちに提案する。体育館の外に出るなりあたしたちの衣装は目を引いていたけれど、それをむしろ歓迎するかのように紡君は声を弾ませて――
「少し歩きにくいかもしれないけど、二人にはこの衣装のまま文化祭を巡ってもらおうと思ってるよ。……大丈夫、かな?」
そんな提案を、最後にちょっとだけ遠慮しながら投げかけてきたのだった。
舞台袖にあるマイクに、あたしは物語を締めくくる一言を吹き込む。それとともにビーと言う大きな音が鳴り、舞台の終幕がはっきりと告げられる。……その瞬間、割れんばかりの拍手が外から聞こえてきて。
「……やったね、二人とも。間違いなく最高の舞台だったよ」
舞台袖で見守っていた紡君が、いまだに手を繋ぎ合っているあたしたちに惜しみない拍手を贈ってくれる。……周りにいたクラスメイトの皆が駆け寄ってきてくれたのは、それとほぼ同じタイミングでのことだった。
「ねえなに、リハーサルよりすごいんだけど⁉」
「ああ、迫真の演技だった! 間違いなく高校舞台の枠組みを超えてるぜ!」
「ねえねえ二人とも、演劇部に入って全国大会を目指す気はない? ああそうだ、照屋君も引き込んで脚本面の戦力増強も――」
四方八方から賞賛とかいろんな声が聞こえてきて、あたしは瞬く間にもみくちゃにされる。本当にただ無意識、と言うかキャラに身を任せる形で居ただけなのだけれど、それがいい方向に作用してくれたみたいだ。アドバイスしてくれた犀奈には本当に頭が上がらないし、今度改めてお礼もしなくちゃいけないだろう。
「……あー、長かったね……リハーサルの三倍か四倍ぐらいに感じたよ」
「そうだね、人が居て小道具があるだけでこんなに違うんだ……」
犀奈が隣でへたり込むのにつられて、あたしもゆっくりと床に座り込む。やっぱり演じることにはそれ相応の反動があるのか、今までため込んできた疲れがドバっと流れ込んできたような感じだ。
「さて、そろそろ一回引き上げねえとな。舞台を使うのは俺たちだけじゃねえし」
がやがやと響く歓声の中で、紡君と一緒に取りまとめ役を務めてくれた男の子の声が響く。文化祭の前までは結構紡君に厳しい態度を取っていたはずなのだけれど、この準備期間を通じてかなり打ち解けてくれたみたいだ。……なんだかお母さんみたいな反応になってしまうけれど、その何気ない光景があたしはすごく嬉しかった。
「そうだね、皆もいろいろ文化祭回りたいだろうし。祝賀会とか感想会は全部終わった後にやろう」
その子が作ってくれた雰囲気に続くようにして、紡君がここにいる皆に指示を出す。そうやって舞台袖から出ていくクラスメイト達の後に続くようにして、あたしたち三人は自然と横並びになった。
「……なんというか、やっぱりアドリブ合戦になったね」
「ああ、なんてったって私が促したからね。最悪台本なんて無視してもいい、キャラクターの想いを優先してくれって」
「うん、それが無かったらあんなことは出来なかったよ。ありがとう、犀奈」
少し困った様子の紡君に犀奈が悪戯っぽく笑って、それにあたしも乗っかりながら感謝を告げる。そんなやり取りが本当に心地いいから、これがずっと続けばいいなあと思ってしまうんだ。……変わらずにいられないことなんて、もうとっくに分かっているはずなのに。
だけど、もう変わっていくことは怖くない。仮に変わったとしても変わらないでいてくれる人が居ることも信じられるし、形が変わってもあたしたちは変わらないでいこうと、そう思える。その気持ちもきっと、紡君と犀奈があたしにくれたものだ。
「さて、それじゃあ次の公演まで文化祭めぐりと行こうか。もちろん次の舞台まであまり時間もないし、僕達が宣伝することで得られる効果もあるだろうから――」
そんなあたしたちに挟まれながら、紡君は心から楽しそうな様子であたしたちに提案する。体育館の外に出るなりあたしたちの衣装は目を引いていたけれど、それをむしろ歓迎するかのように紡君は声を弾ませて――
「少し歩きにくいかもしれないけど、二人にはこの衣装のまま文化祭を巡ってもらおうと思ってるよ。……大丈夫、かな?」
そんな提案を、最後にちょっとだけ遠慮しながら投げかけてきたのだった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
お兄ちゃんは今日からいもうと!
沼米 さくら
ライト文芸
大倉京介、十八歳、高卒。女子小学生始めました。
親の再婚で新しくできた妹。けれど、彼女のせいで僕は、体はそのまま、他者から「女子小学生」と認識されるようになってしまった。
トイレに行けないからおもらししちゃったり、おむつをさせられたり、友達を作ったり。
身の回りで少しずつ不可思議な出来事が巻き起こっていくなか、僕は少女に染まっていく。
果たして男に戻る日はやってくるのだろうか。
強制女児女装万歳。
毎週木曜と日曜更新です。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる