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第百七十九話『あたしたちは撤収する』

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『――そうして、私たちの新しい生活は始まったのです』

 舞台袖にあるマイクに、あたしは物語を締めくくる一言を吹き込む。それとともにビーと言う大きな音が鳴り、舞台の終幕がはっきりと告げられる。……その瞬間、割れんばかりの拍手が外から聞こえてきて。

「……やったね、二人とも。間違いなく最高の舞台だったよ」

 舞台袖で見守っていた紡君が、いまだに手を繋ぎ合っているあたしたちに惜しみない拍手を贈ってくれる。……周りにいたクラスメイトの皆が駆け寄ってきてくれたのは、それとほぼ同じタイミングでのことだった。

「ねえなに、リハーサルよりすごいんだけど⁉」

「ああ、迫真の演技だった! 間違いなく高校舞台の枠組みを超えてるぜ!」

「ねえねえ二人とも、演劇部に入って全国大会を目指す気はない? ああそうだ、照屋君も引き込んで脚本面の戦力増強も――」

 四方八方から賞賛とかいろんな声が聞こえてきて、あたしは瞬く間にもみくちゃにされる。本当にただ無意識、と言うかキャラに身を任せる形で居ただけなのだけれど、それがいい方向に作用してくれたみたいだ。アドバイスしてくれた犀奈には本当に頭が上がらないし、今度改めてお礼もしなくちゃいけないだろう。

「……あー、長かったね……リハーサルの三倍か四倍ぐらいに感じたよ」

「そうだね、人が居て小道具があるだけでこんなに違うんだ……」

 犀奈が隣でへたり込むのにつられて、あたしもゆっくりと床に座り込む。やっぱり演じることにはそれ相応の反動があるのか、今までため込んできた疲れがドバっと流れ込んできたような感じだ。

「さて、そろそろ一回引き上げねえとな。舞台を使うのは俺たちだけじゃねえし」

 がやがやと響く歓声の中で、紡君と一緒に取りまとめ役を務めてくれた男の子の声が響く。文化祭の前までは結構紡君に厳しい態度を取っていたはずなのだけれど、この準備期間を通じてかなり打ち解けてくれたみたいだ。……なんだかお母さんみたいな反応になってしまうけれど、その何気ない光景があたしはすごく嬉しかった。

「そうだね、皆もいろいろ文化祭回りたいだろうし。祝賀会とか感想会は全部終わった後にやろう」

 その子が作ってくれた雰囲気に続くようにして、紡君がここにいる皆に指示を出す。そうやって舞台袖から出ていくクラスメイト達の後に続くようにして、あたしたち三人は自然と横並びになった。

「……なんというか、やっぱりアドリブ合戦になったね」

「ああ、なんてったって私が促したからね。最悪台本なんて無視してもいい、キャラクターの想いを優先してくれって」

「うん、それが無かったらあんなことは出来なかったよ。ありがとう、犀奈」

 少し困った様子の紡君に犀奈が悪戯っぽく笑って、それにあたしも乗っかりながら感謝を告げる。そんなやり取りが本当に心地いいから、これがずっと続けばいいなあと思ってしまうんだ。……変わらずにいられないことなんて、もうとっくに分かっているはずなのに。

 だけど、もう変わっていくことは怖くない。仮に変わったとしても変わらないでいてくれる人が居ることも信じられるし、形が変わってもあたしたちは変わらないでいこうと、そう思える。その気持ちもきっと、紡君と犀奈があたしにくれたものだ。

「さて、それじゃあ次の公演まで文化祭めぐりと行こうか。もちろん次の舞台まであまり時間もないし、僕達が宣伝することで得られる効果もあるだろうから――」

 そんなあたしたちに挟まれながら、紡君は心から楽しそうな様子であたしたちに提案する。体育館の外に出るなりあたしたちの衣装は目を引いていたけれど、それをむしろ歓迎するかのように紡君は声を弾ませて――

「少し歩きにくいかもしれないけど、二人にはこの衣装のまま文化祭を巡ってもらおうと思ってるよ。……大丈夫、かな?」

 そんな提案を、最後にちょっとだけ遠慮しながら投げかけてきたのだった。
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