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第百六十八話『僕たちと舞台袖』
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「大道具は昨日のままでよし、小道具も持ち込み忘れはないよな?」
現場監督の役割を果たしてくれているクラスメイトの声に、周囲の面々が頼もしい答えを返す。その手に握られたペンダントや剣も、全部素材から作ってくれたこの舞台のためだけの特注品だ。だから間違いなくこの物語には調和するし、今日が終わればただの記念品になる。この舞台は、今日のためだけに作り上げられたたくさんの物でできているのだ。
お客さんにそれがどこまで伝わるか、それは分からない。けれど、この舞台がそれだけ特別なものであることをクラスの皆は知ってくれている。それが分かれば十分すぎるし、それがあるだけで皆の想いは一つになるものだ。……少し前の僕は、きっとそんなことを尻もしなかったのだけれど。
「主演二人、着替え終わったよー!」
僕達が道具の確認をしていると、更衣室から出てきた女子生徒がセイちゃんと千尋さんを連れてくる。昨日もリハーサルで見たはずなのに、今日の二人はそれよりもさらに仕上がっているように見えた。
それは決して僕だけの目の錯覚じゃないのか、クラスメイトからも歓声が上がる。主人公かつヒロインの二人は、まるで物語の世界からそのまま飛び出してきたかのような気品を纏っていた。
「うん、良く体になじむよ。これならいつも通りの――いや、それも遥かに飛び越えるぐらいの演技が出来そうだ」
「そうだね、いつも以上に気合はばっちりだよ。エリーの良さ少しでも多くの人に伝えなくっちゃ」
一気に華やかになった舞台袖で、二人が意気込みを語る。それは準備に回る僕達の心にも火をつけて、最後の仕上げへの熱量はさらに上がった。
小道具はとことん取りやすい位置に、主役の二人がストレスなく三十分間エリーとマローネで居られるように。それが出来れば最高の作品になるのを知っている以上、考えるのは自分にできる最高の仕事をすることだけだ。
この文化祭を通じて、クラス全体の二人に対する信頼感はさらに跳ね上がったような気がする。今までも二人のファンとして信じる気持ちはあっただろうけど、二人の能力を信じるって意味では少し今までとはベクトルが違っているような気もする。何にせよ、それはいい変化だと思う。
「体育館前、学生枠も来客枠もお客さん凄いことになってるよ‼ やっぱ無料ってのが大きいのかな……?」
舞台袖に駆けてきたクラスメイトの一人が、そんな嬉しい報せを伝えてくれる。『もしかしたら一回目は満席にならないかもしれない』というのは事前に伝えてはおいたのだけれど、どうもその心配は杞憂だったらしい。
「千尋さんが主演ってのはそれだけで凄い宣伝効果なのかもしれないね……。こりゃ想像以上に凄いことになるかもしれないよ」
舞台袖からこっそりと客席を除きながら、クラスメイトは僕にそんなことをささやきかけてくる。眼下に見える大量のお客さんの姿は、それがあながち誇張じゃないことをはっきりと教えてくれていた。
「先生の判断次第だけど、次の公演から席数を増やす必要があるかもしれないね。三回しかやれない都合上、見れなかったって人はあんまり出したくないし」
「ライブよろしく円盤を出すなんてこともできないもんね……うん、ちょっと先に連絡入れとくよ」
僕のつぶやきに予想外の頼もしい答えが返ってきて、僕はぺこりと頭を下げる。きっと僕はここまでたくさんの希望――と言うか我儘を言ってきたはずなのだけれど、それをクラスメイトは嫌がることもなくここまで叶え続けてくれた。……クラスメイトを誤解してしまっていたのは、もしかしたら僕の方なのかもしれない。
「さて、そろそろ公演十分前だね。二人とも、事前のアナウンスお願いできる?」
衣装を担当していた女子生徒が、最終確認を終えた二人の主演に問いかける。それに二人は頷いて、ナレーションでも使うマイクの前に座って軽く息を吸いこんだ」
現在時刻、九時五十分。開演まで、もうほんの僅かだ。
現場監督の役割を果たしてくれているクラスメイトの声に、周囲の面々が頼もしい答えを返す。その手に握られたペンダントや剣も、全部素材から作ってくれたこの舞台のためだけの特注品だ。だから間違いなくこの物語には調和するし、今日が終わればただの記念品になる。この舞台は、今日のためだけに作り上げられたたくさんの物でできているのだ。
お客さんにそれがどこまで伝わるか、それは分からない。けれど、この舞台がそれだけ特別なものであることをクラスの皆は知ってくれている。それが分かれば十分すぎるし、それがあるだけで皆の想いは一つになるものだ。……少し前の僕は、きっとそんなことを尻もしなかったのだけれど。
「主演二人、着替え終わったよー!」
僕達が道具の確認をしていると、更衣室から出てきた女子生徒がセイちゃんと千尋さんを連れてくる。昨日もリハーサルで見たはずなのに、今日の二人はそれよりもさらに仕上がっているように見えた。
それは決して僕だけの目の錯覚じゃないのか、クラスメイトからも歓声が上がる。主人公かつヒロインの二人は、まるで物語の世界からそのまま飛び出してきたかのような気品を纏っていた。
「うん、良く体になじむよ。これならいつも通りの――いや、それも遥かに飛び越えるぐらいの演技が出来そうだ」
「そうだね、いつも以上に気合はばっちりだよ。エリーの良さ少しでも多くの人に伝えなくっちゃ」
一気に華やかになった舞台袖で、二人が意気込みを語る。それは準備に回る僕達の心にも火をつけて、最後の仕上げへの熱量はさらに上がった。
小道具はとことん取りやすい位置に、主役の二人がストレスなく三十分間エリーとマローネで居られるように。それが出来れば最高の作品になるのを知っている以上、考えるのは自分にできる最高の仕事をすることだけだ。
この文化祭を通じて、クラス全体の二人に対する信頼感はさらに跳ね上がったような気がする。今までも二人のファンとして信じる気持ちはあっただろうけど、二人の能力を信じるって意味では少し今までとはベクトルが違っているような気もする。何にせよ、それはいい変化だと思う。
「体育館前、学生枠も来客枠もお客さん凄いことになってるよ‼ やっぱ無料ってのが大きいのかな……?」
舞台袖に駆けてきたクラスメイトの一人が、そんな嬉しい報せを伝えてくれる。『もしかしたら一回目は満席にならないかもしれない』というのは事前に伝えてはおいたのだけれど、どうもその心配は杞憂だったらしい。
「千尋さんが主演ってのはそれだけで凄い宣伝効果なのかもしれないね……。こりゃ想像以上に凄いことになるかもしれないよ」
舞台袖からこっそりと客席を除きながら、クラスメイトは僕にそんなことをささやきかけてくる。眼下に見える大量のお客さんの姿は、それがあながち誇張じゃないことをはっきりと教えてくれていた。
「先生の判断次第だけど、次の公演から席数を増やす必要があるかもしれないね。三回しかやれない都合上、見れなかったって人はあんまり出したくないし」
「ライブよろしく円盤を出すなんてこともできないもんね……うん、ちょっと先に連絡入れとくよ」
僕のつぶやきに予想外の頼もしい答えが返ってきて、僕はぺこりと頭を下げる。きっと僕はここまでたくさんの希望――と言うか我儘を言ってきたはずなのだけれど、それをクラスメイトは嫌がることもなくここまで叶え続けてくれた。……クラスメイトを誤解してしまっていたのは、もしかしたら僕の方なのかもしれない。
「さて、そろそろ公演十分前だね。二人とも、事前のアナウンスお願いできる?」
衣装を担当していた女子生徒が、最終確認を終えた二人の主演に問いかける。それに二人は頷いて、ナレーションでも使うマイクの前に座って軽く息を吸いこんだ」
現在時刻、九時五十分。開演まで、もうほんの僅かだ。
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