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第百四十六話『セイちゃんは着せたい』

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「……うん。まあそれが一番現実的なやり方だよね」

 セイちゃんが口にした問いで全てを察し、僕は首を縦に振る。千尋さんが文章から情報をくみ取ることが出来ないのなら、映像から学んでしまえばいい――その考えを実現するものとして、僕の存在はどうしたって必要になるものだった。

 何せ脚本の執筆者なんだ、物語の理解度はここにいる誰よりも高い。物語を書くからにはそうじゃなきゃいけないと思うし、実際僕は話の流れもキャラクターの印象もしっかり掴めている。……千尋さん用の映像を撮るための役者として、僕以外の適任はいないと言ってもいいだろう。

「……でも、僕に役者としての適性は求めないでね。頭の中で思い描くのは得意ってだけで、それを演技として実際に前に出すのは無理だからさ」

 僕の頭の中にはいろいろなキャラクターが住んでいるけれど、それを僕が演じた瞬間に僕の者になってしまう。千尋さんに物語を話すようになってから多少はマシになったのだけれど、動きまで演じるとなっては流石にできそうもない。

「うんうん、それは問題ないよ。ただどういうセリフがあってどういう立ち位置に移動するのかを千尋さんが理解できれば、それを千尋さんがどう受け取るかにかかってるからさ」

「うん、セリフが分かればそれで十分だよ。……今のあたしなら、キャラクターの気持ちを考えて演じることも何となくできる気がするんだ」

 セイちゃんの言葉に続いて、千尋さんも後押しをしようと言葉を付け加える。……そこまで千尋さんが言ってくれるのであれば、僕が役者として動くことの不安点はなくなったようなものだ。

「分かった。千尋さんのためだし、ひいては文化祭のためだからね。……だけど、ここにいる三人だけの秘密にしてよ?」

「そりゃもちろん、他の人たちに見せる理由もないしね。……と言うか、どれだけお金を積まれても他の人に見せる気はないよ」

「犀奈の言う通りだよ。紡君のいいところを他の人に見せるの、何となくいい気がしないもん」

 釘を刺す僕に対して、セイちゃんと千尋さんはまたしても声を揃えながら頷く。……そう言われるとちょっと照れ臭いのだけれど、何となく二人の言葉には違うニュアンスがこもっているようにも感じた。

「さて、そうと決まれば早めに物語の把握をしなくちゃね。つむ君もセリフとして落とし込むためにはまだまだ時間がかかるでしょ?」

「そうだね、書いたとは言えすぐに演じられるかって言われると怪しいかも。台本を手に持ちながらなら……そうだな、二日ぐらいあれば行けるのかな」

 手元の台本を覗き込みながら、僕はあれこれとスケジュールを考える。出来ることなら台本を持たずに演じられた方がより実践に近くていいのだけれど、そこまでできる余裕があるとは思えない――

「あいや、二日じゃ無理かな。つむ君のそのスケジューリングにプラス一日、三日で考えてもらってもいい?」

「プラス一日……?」

 三日にすること自体は別に問題はないのだけれど、その言葉がどこか引っかかる。ただ自分でもそれがどこなのか分からなくて首を捻っていると、セイちゃんは首を景気良く縦に振った。

「そうだよ、後一日追加だ。……何せ、買いださなきゃいけない物があるからね」

「……うん?」

 セイちゃんが言葉を発するたびに真意が分からなくなって、僕はさらに首をかしげる。その一方で、当のセイちゃんはノリノリでまた口を開いて――

「――だって役になりきるんだもん、仮だとは言え衣装は必須でしょ? ……つむ君に似合う衣装を探すには、一日ぐらいないと足りない気がしちゃって」

「……う、んん?」

 ようやく見えたセイちゃんの意図に、しかし僕は怪訝な唸り声を上げる。……セイちゃんが役者の僕に求めるハードル、もしかしたら思った以上に高いんじゃないだろうか。
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