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第百三十八話『セイちゃんは提案する』
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「演劇……?」
「そ。松伏さんと千尋さんをダブル主演に据えて、体育館とかを借りてやるの。そうしたらお客さんたちとあたしたちはほとんど同じ距離で二人のことを堪能できるし、料理とかにどうしても吸われちゃう資金を全部衣装の方に回せる。……どう、一石二鳥だとは思わない?」
突然出てきた意見に戸惑う教室を、発案者はそんな言葉で焚きつけていく。その言葉が終わりきる前に会場は熱を帯びていき、最後の問いに対する答えはクラス中を包み込むような万雷の拍手だった。
だが、その中で明らかに動揺を隠しきれていない人が一人だけいる。……誰在ろう、主演として据えられようとしていた千尋さんだ。
演劇をするという事は、そこにはもちろん『物語』がある。物語に沿った『脚本』がある。……そしてこれは千尋さん自身から聞いた話だから確実なのだけれど、『脚本』も千尋さんにとっては読めないものの一つだ。例外なんてなく、千尋さんの眼には脚本すらもバラバラに映るのだろう。
それはすなわち、演じるための基礎的なところから不可能という事だ。なぜならセリフが分からない、自分のキャラがどんな性格をしているのかも分からない。……そういうのをインプットしようとすれば、文章以外の所からそれを補給してくる必要がある。
『中学校の時、大変だったんだよね。……どうやって主役を断ろうか、ずっといいのが思いつかなくて』
そんな思い出話を苦笑とともにしていたことを、僕ははっきりと憶えている。……想定する限り最悪も最悪な方向へと、この会議は舵を取られつつあった。
だがしかし、それを食い止めることは出来ない。クラス全体を巻き込んだ流れは、僕たち三人で止められるものではない。……たとえセイちゃんと千尋さんの影響力があったとしても、その現実は変わらないものだ。
「……紡君。あたし、あたし……」
今までで一番と言っていいほどに狼狽えながら、千尋さんは僕の方を見つめてくる。千尋さんが小説を読めないことはセイちゃんですら未だに聞かされていないトップシークレットなんだ、『事情を正直に話して変えてもらう』なんて策がとれるはずもない。……いよいよ、僕たちの取れる手はなくなりつつある。
「ねえねえ二人とも、演劇やってくれないかな? 全力で演じる二人の姿、あたしたちは見て見たくて仕方がないの!」
そんな詰み状況に、まとめ役の女子生徒がそう問いかけることでさらに蓋を重ねてくる。それは問いかけに見せた既定路線で、『いいえ』を押そうと問いがループするだけの禅問答だ。いくら拒んでみたところで、不毛な時間が少し増えるだけの成果しか僕たちは得ることが出来ない。
だがしかし、このまま唯々諾々とアイデアを受けてしまえば待つのはとんでもない困難と文化祭への嫌な思い出だ。それを何とか打破する方法はないかと、僕は必死に頭を回していたが――
「……それが君たちの総意なら、高々クラスの一票でしかない私に拒否権なんてないと思うけど。……その上で私たちが主演って条件まで付けくわえてくるなら、こっちからも一つぐらい要求をしてもいいかな?」
誰よりもこのクラスの面々を毛嫌いしているはずのセイちゃんが最初に受け入れる体制を取ったことに、僕は驚きとともに視線を投げる。……だがしかし、そこにあったのは相変わらずクラスメイトへの敵意に満ちた視線だった。
クラスの意向に従うとかではなく、何か一つカウンターパンチを仕掛けてやろうという気満々の表情だ。……そんなこともつゆ知らず、聞かれた女子生徒は『うん、それぐらいでいいなら!』と声を弾ませていた。
「ああ、それぐらいの聞き分けはあって助かるよ。それじゃあ、これだけは絶対に通してほしいんだけど――」
その快い返事にセイちゃんは笑みを浮かべると、唐突に僕と千尋さんの方を手で指し示す。……そして、ひときわご機嫌そうに頬をニイッと吊り上げて。
「――その演劇の台本は、主演二人とつむ君の三人で作らせてもらう。少しでも口出しした瞬間、私たちは主演を降りる物だと思ってくれ」
――クラスの空気が凍り付く様な爆弾発言を、笑顔と共に放り込んできた。
「そ。松伏さんと千尋さんをダブル主演に据えて、体育館とかを借りてやるの。そうしたらお客さんたちとあたしたちはほとんど同じ距離で二人のことを堪能できるし、料理とかにどうしても吸われちゃう資金を全部衣装の方に回せる。……どう、一石二鳥だとは思わない?」
突然出てきた意見に戸惑う教室を、発案者はそんな言葉で焚きつけていく。その言葉が終わりきる前に会場は熱を帯びていき、最後の問いに対する答えはクラス中を包み込むような万雷の拍手だった。
だが、その中で明らかに動揺を隠しきれていない人が一人だけいる。……誰在ろう、主演として据えられようとしていた千尋さんだ。
演劇をするという事は、そこにはもちろん『物語』がある。物語に沿った『脚本』がある。……そしてこれは千尋さん自身から聞いた話だから確実なのだけれど、『脚本』も千尋さんにとっては読めないものの一つだ。例外なんてなく、千尋さんの眼には脚本すらもバラバラに映るのだろう。
それはすなわち、演じるための基礎的なところから不可能という事だ。なぜならセリフが分からない、自分のキャラがどんな性格をしているのかも分からない。……そういうのをインプットしようとすれば、文章以外の所からそれを補給してくる必要がある。
『中学校の時、大変だったんだよね。……どうやって主役を断ろうか、ずっといいのが思いつかなくて』
そんな思い出話を苦笑とともにしていたことを、僕ははっきりと憶えている。……想定する限り最悪も最悪な方向へと、この会議は舵を取られつつあった。
だがしかし、それを食い止めることは出来ない。クラス全体を巻き込んだ流れは、僕たち三人で止められるものではない。……たとえセイちゃんと千尋さんの影響力があったとしても、その現実は変わらないものだ。
「……紡君。あたし、あたし……」
今までで一番と言っていいほどに狼狽えながら、千尋さんは僕の方を見つめてくる。千尋さんが小説を読めないことはセイちゃんですら未だに聞かされていないトップシークレットなんだ、『事情を正直に話して変えてもらう』なんて策がとれるはずもない。……いよいよ、僕たちの取れる手はなくなりつつある。
「ねえねえ二人とも、演劇やってくれないかな? 全力で演じる二人の姿、あたしたちは見て見たくて仕方がないの!」
そんな詰み状況に、まとめ役の女子生徒がそう問いかけることでさらに蓋を重ねてくる。それは問いかけに見せた既定路線で、『いいえ』を押そうと問いがループするだけの禅問答だ。いくら拒んでみたところで、不毛な時間が少し増えるだけの成果しか僕たちは得ることが出来ない。
だがしかし、このまま唯々諾々とアイデアを受けてしまえば待つのはとんでもない困難と文化祭への嫌な思い出だ。それを何とか打破する方法はないかと、僕は必死に頭を回していたが――
「……それが君たちの総意なら、高々クラスの一票でしかない私に拒否権なんてないと思うけど。……その上で私たちが主演って条件まで付けくわえてくるなら、こっちからも一つぐらい要求をしてもいいかな?」
誰よりもこのクラスの面々を毛嫌いしているはずのセイちゃんが最初に受け入れる体制を取ったことに、僕は驚きとともに視線を投げる。……だがしかし、そこにあったのは相変わらずクラスメイトへの敵意に満ちた視線だった。
クラスの意向に従うとかではなく、何か一つカウンターパンチを仕掛けてやろうという気満々の表情だ。……そんなこともつゆ知らず、聞かれた女子生徒は『うん、それぐらいでいいなら!』と声を弾ませていた。
「ああ、それぐらいの聞き分けはあって助かるよ。それじゃあ、これだけは絶対に通してほしいんだけど――」
その快い返事にセイちゃんは笑みを浮かべると、唐突に僕と千尋さんの方を手で指し示す。……そして、ひときわご機嫌そうに頬をニイッと吊り上げて。
「――その演劇の台本は、主演二人とつむ君の三人で作らせてもらう。少しでも口出しした瞬間、私たちは主演を降りる物だと思ってくれ」
――クラスの空気が凍り付く様な爆弾発言を、笑顔と共に放り込んできた。
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