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第百十二話『僕の知らない三年間』
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――思考が、停止した。
セイちゃんから出てきた情報を理解できなくて、知識として頭の中に落とし込むことが出来なくて、結果として僕は言葉を発することが出来ない。……セイちゃんが、小説家? それも僕と同じレーベルで?
「それって……それって、つまり」
「うん、僕はつむ君の後輩になるってわけだ。色々と教えてね、先輩?」
「セイちゃんが望むなら、それはもちろんいいんだけど……いやちょっと、ちょっと待っててほしいんだ」
セイちゃんが僕の後輩作家になる。聞いただけで冗談だと思えてしまうようなとんでもない展開だけど、セイちゃんはこんなところで嘘を吐く様な人ではない。いつもいつも飄々としているけれど、大事なところは絶対に外さない。それが、僕の知るセイちゃんだ。
「……セイちゃんも、小説家になりたかったの?」
「うーん、その質問は答えに困るなー……少なくとも、つむ君と離れることになるまでは小説家になろうとは思ってなかったかも。つむ君と一緒に読書するのは好きだったし、なんだかんだ図書館にもよく通うタイプだったし。……だけど、小説家になりたいって思ったきっかけはつむ君だよ」
僕の質問に首を捻りながら、だけど丁寧にセイちゃんは答えてくれる。……それは、きっと僕が知りえないセイちゃんの話だった。
「僕はねつむ君、君のことを可愛い弟分だと思ってたんだ。どこに行くにもセイちゃんセイちゃんって付いてきてくれて、いつもニコニコ笑っててくれて。『何考えてるか分かんない』とか平気で言われるタイプだったから、つむ君にはとっても救われてたんだよ」
屋上へと続く扉を見つめながら、懐かしむようにセイちゃんは続ける。まっすぐ伸ばされた手は、何も掴むことなく空中をさまよっていた。
「だからね、私もつむ君を引っ張っていかなきゃって思ってたんだ。親友として、姉貴分として。……同性なのにこんなことを言うのは、失礼かもしれないんだけどね」
「ううん、失礼なんかじゃないよ。間違いなく、セイちゃんは僕のお姉ちゃんみたいな存在だった」
僕が今の僕になるためにば、間違いなくセイちゃんの存在が不可欠だった。セイちゃんとの出会いがなければ今僕は全然違う道を歩んで、違う人たちと出会っていたのだろう。僕の中学校時代には、ずっとセイちゃんの背中があった。
「だからね、つむ君のことは心配だったんだ。私が居なくなってからどうなるのか、悲しくて泣いてたりしないかとか……。もちろん、最初はできるだけ早く手紙を返そうって思ってたんだけどさ」
「……思ってたん、だけど?」
「私が思っていたより、つむ君は強かった。――小説家になるって聞いた時、私はとってもびっくりしたんだよ。『私がつむ君のことを忘れないでいられるように』っていう、その動機まで含めてね」
僕の方に視線を移して、セイちゃんは続ける。……少し、悲しそうな眼をしていた。
「私が思っていた以上に、つむ君は強かった。その宣言通り『赤糸 不切』の小説は私の近くの本屋さんでも売れ始めて、つむ君はどんどんどんどん大きくなって。……姉貴分って立場に甘えさせてもらってたのは私の方だったんじゃないかって、いつしか思い始めて」
「……それが、手紙を返さなくなった理由?」
「…………うん、直接的にはそうだね。つむ君の言葉を読むのは心地が良くて、まるでお風呂に浸かってるみたいだった。だけど、それじゃあいつかつむ君に置いて行かれると思った」
僕の方に身を寄せて、セイちゃんは熱弁を振るう。セイちゃんがこんなに思いを吐露するところを、僕は初めて見た。いつも頼れる姉貴分だったセイちゃんが、いつの間にか僕の背中を見ていた。……そういう、事なんだろうか。
「私の決断がつむ君を傷つけちゃっていたなら、私は君の気が済むまで謝るよ。だけど、私にも私でやらなくちゃいけないことがあった。……そして、今ようやくその目的は果たされたんだ」
お互いの息遣いが聞こえるぐらいの距離まで近づいて、セイちゃんは目を瞑る。そして、僕の方をまっすぐに、純粋な瞳で射抜くと、目一杯の感慨を込めて呟いた。
――「ようやく追いついたよ、つむ君」――と。
セイちゃんから出てきた情報を理解できなくて、知識として頭の中に落とし込むことが出来なくて、結果として僕は言葉を発することが出来ない。……セイちゃんが、小説家? それも僕と同じレーベルで?
「それって……それって、つまり」
「うん、僕はつむ君の後輩になるってわけだ。色々と教えてね、先輩?」
「セイちゃんが望むなら、それはもちろんいいんだけど……いやちょっと、ちょっと待っててほしいんだ」
セイちゃんが僕の後輩作家になる。聞いただけで冗談だと思えてしまうようなとんでもない展開だけど、セイちゃんはこんなところで嘘を吐く様な人ではない。いつもいつも飄々としているけれど、大事なところは絶対に外さない。それが、僕の知るセイちゃんだ。
「……セイちゃんも、小説家になりたかったの?」
「うーん、その質問は答えに困るなー……少なくとも、つむ君と離れることになるまでは小説家になろうとは思ってなかったかも。つむ君と一緒に読書するのは好きだったし、なんだかんだ図書館にもよく通うタイプだったし。……だけど、小説家になりたいって思ったきっかけはつむ君だよ」
僕の質問に首を捻りながら、だけど丁寧にセイちゃんは答えてくれる。……それは、きっと僕が知りえないセイちゃんの話だった。
「僕はねつむ君、君のことを可愛い弟分だと思ってたんだ。どこに行くにもセイちゃんセイちゃんって付いてきてくれて、いつもニコニコ笑っててくれて。『何考えてるか分かんない』とか平気で言われるタイプだったから、つむ君にはとっても救われてたんだよ」
屋上へと続く扉を見つめながら、懐かしむようにセイちゃんは続ける。まっすぐ伸ばされた手は、何も掴むことなく空中をさまよっていた。
「だからね、私もつむ君を引っ張っていかなきゃって思ってたんだ。親友として、姉貴分として。……同性なのにこんなことを言うのは、失礼かもしれないんだけどね」
「ううん、失礼なんかじゃないよ。間違いなく、セイちゃんは僕のお姉ちゃんみたいな存在だった」
僕が今の僕になるためにば、間違いなくセイちゃんの存在が不可欠だった。セイちゃんとの出会いがなければ今僕は全然違う道を歩んで、違う人たちと出会っていたのだろう。僕の中学校時代には、ずっとセイちゃんの背中があった。
「だからね、つむ君のことは心配だったんだ。私が居なくなってからどうなるのか、悲しくて泣いてたりしないかとか……。もちろん、最初はできるだけ早く手紙を返そうって思ってたんだけどさ」
「……思ってたん、だけど?」
「私が思っていたより、つむ君は強かった。――小説家になるって聞いた時、私はとってもびっくりしたんだよ。『私がつむ君のことを忘れないでいられるように』っていう、その動機まで含めてね」
僕の方に視線を移して、セイちゃんは続ける。……少し、悲しそうな眼をしていた。
「私が思っていた以上に、つむ君は強かった。その宣言通り『赤糸 不切』の小説は私の近くの本屋さんでも売れ始めて、つむ君はどんどんどんどん大きくなって。……姉貴分って立場に甘えさせてもらってたのは私の方だったんじゃないかって、いつしか思い始めて」
「……それが、手紙を返さなくなった理由?」
「…………うん、直接的にはそうだね。つむ君の言葉を読むのは心地が良くて、まるでお風呂に浸かってるみたいだった。だけど、それじゃあいつかつむ君に置いて行かれると思った」
僕の方に身を寄せて、セイちゃんは熱弁を振るう。セイちゃんがこんなに思いを吐露するところを、僕は初めて見た。いつも頼れる姉貴分だったセイちゃんが、いつの間にか僕の背中を見ていた。……そういう、事なんだろうか。
「私の決断がつむ君を傷つけちゃっていたなら、私は君の気が済むまで謝るよ。だけど、私にも私でやらなくちゃいけないことがあった。……そして、今ようやくその目的は果たされたんだ」
お互いの息遣いが聞こえるぐらいの距離まで近づいて、セイちゃんは目を瞑る。そして、僕の方をまっすぐに、純粋な瞳で射抜くと、目一杯の感慨を込めて呟いた。
――「ようやく追いついたよ、つむ君」――と。
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