41 / 185
第四十話『僕は変わり始める』
しおりを挟む
――人は、時間が経つにつれて嫌でも変わらずにはいられない生き物だ。年を取れば身近な人たちの事も忘れてしまうように、どれだけ大切な人の事も遠く離れれば忘れて行ってしまうように。
僕はその変化に置いて行かれる側で、いつも僕の気持ちだけが置いてけぼりにされていた。僕はまだ大切に思っているのに、それが相手から返されることはなくなって。……それを繰り返すたびに、僕は忘れられるのが怖くなった。
どれだけ大切に思いあっていても、変化からは逃れられないから。いつかきっと必ず、大切だと思われなくなる日が来てしまうから。……だから、変わっていくことが僕は嫌いだったのに。
「……今度は僕の番、ってことなのかな」
――まさか、自分が変化する側に回ってしまうことになるとは夢にも思っていなかった。
考えるだけでも怖いことではあるんだけれど、あまりにも明確にそう思ってしまったからさすがに誤魔化すことも難しい。……僕は確かに、信二を邪魔だと思った。
信二が居なければ、千尋さんのもっと本音に近い部分を聞けたのかもしれないのに、聞きたかったのに――って。信二が居なければ、僕も悩むことなく千尋さんとの遠足を楽しめたのに――なんて、考えるだけで寒気がしそうなぐらいに独善的なことを、あの時の僕は考えて居た。いや違うな、今でも思ってる。
「……千尋さん、ここまで楽しめてるか?」
「うん、もちろん! ちょっと強引すぎたけど、この班を結成したのは大正解だったよ!」
「そっか。……それなら、俺達も嬉しいよ」
今も僕の前に信二と千尋さんが歩いていて、千尋さんの言葉を信じは噛み締めるように受け止めている。……その姿を、僕は後ろからただじっと見つめるばかりだった。
別に歩くペースは速くないし、追いつこうと思えば余裕で三人並ぶことが出来る。人だかりがすごかった動物園とは違って三人並んでもまだ横幅には余裕があるから、モラル的にも並ぶことに何の問題もないはずだ。
そのはずなんだけど、僕はどうにもそこに並ぶ気になれない。……そうなったところで信二の引き立て役になるのが関の山だろうし、それならただじっと見ている方がまだ精神的にも楽だった。
単純な話で、僕と信二のどっちが人間的にできているかって言われたら間違いなく信二だ。僕の性根が捻くれているのは分かってるし、まっすぐな千尋さんの隣に立とうとするだけで少し気が引けてしまう。……それでも僕が千尋さんの隣で気楽にいられるのは、ひとえに千尋さんのおかげだった。
だけど、それはあくまで二人でいるときの話。……三人でいるとき、同じようになるとはとても思えなくて。
ショッピングモールでやりたいことも何となく網羅して、今から僕たちは花畑へと向かう。……そこは僕がリクエストした場所でもあり、信二が何やら企んでいる場所でもあった。
自分で選んだ場所以外も駆使しようとする信二の猪突猛進っぷりには舌を任されるばかりだが、だからと言って不快感がないわけじゃない。……一度『邪魔』という悪感情を覚えてしまったが最後、その作戦に対して湧いてくるのは悪感情ばかりだった。
作戦会議で聞いたときはまた違うことを思っていたはずなのに、本当に人というのはすぐに変わってしまうものだ。……それを今僕の心が実感していて、少し怖い。
僕の高校生活がまだ楽しいものだったのは、信二が友達として隣にいてくれたからだ。それなのに、今はその存在を邪魔くさく感じている。……信二に対して、僕は返しても返しきれないぐらいの恩があるはずなのにだ。
この感情を何て呼べばいいのか、僕の中で大体あたりはついている。……だけど、それを実際に命名するのは怖かった。……それをそう呼んでしまえば、きっと僕は後戻りが出来なくなってしまうだろうから。
そうなったが最後、僕もおばあちゃんや『あの子』と同じ側の仲間入りだ。……それがもたらす痛みを分かっているから、いくら悪感情が渦巻いていても最後の一歩を踏み込むのには躊躇があった。
だけど、この感情を抱えたままじゃどのみち今までの関係に戻ることはできない。……どうにかしてこの感情に区切りをつけるか、諦めて爆発させるかを選ばないといけないんだけれど――
「……照屋君、もしかして疲れてる?」
「……え?」
唐突に千尋さんが振り返ってそんなことを聞いてきて、僕は間抜けな声を上げる。その様子を見て、千尋さんは心配そうに眉をひそめた。
「いや、ずっととぼとぼ歩いてるから心配でさ。……次に行くのは照屋君が行きたがってたところなのに、どうしてそんな憂鬱そうなのかなーって」
僕をおもんばかる千尋さんの言葉を聞いて、信二の背筋が一瞬だけ跳ねる。……ああ、やっぱり知らないままで作戦の舞台にしてたのか。まあ、信二の無神経は今に始まったことじゃないからいいんだけどさ。
「……ううん、大丈夫だよ。ただ疲れてるのは確かだから、色々と省エネで歩いてただけ」
千尋さんの質問に首を振って、僕はあくまで健在をアピールする。ここで休ませてもらうのも選択肢ではあったけど、それをする気は起きなかった。
「……ペース上げたらそれについてけるだけのスピードは出すから、二人に任せるよ。あんまり計画とズレるのもよくないだろうし」
笑顔を浮かべながらそう言って、僕は目的地までの道を急ぐように促す。本当に気が乗らないけれど、信二の中で僕はまだ協力者なんだ。……それを根っこから否定するようなことは、あまりしたくない。
――僕の中でくすぶっている問いかけに、最後の答えを出すためにもね。
僕はその変化に置いて行かれる側で、いつも僕の気持ちだけが置いてけぼりにされていた。僕はまだ大切に思っているのに、それが相手から返されることはなくなって。……それを繰り返すたびに、僕は忘れられるのが怖くなった。
どれだけ大切に思いあっていても、変化からは逃れられないから。いつかきっと必ず、大切だと思われなくなる日が来てしまうから。……だから、変わっていくことが僕は嫌いだったのに。
「……今度は僕の番、ってことなのかな」
――まさか、自分が変化する側に回ってしまうことになるとは夢にも思っていなかった。
考えるだけでも怖いことではあるんだけれど、あまりにも明確にそう思ってしまったからさすがに誤魔化すことも難しい。……僕は確かに、信二を邪魔だと思った。
信二が居なければ、千尋さんのもっと本音に近い部分を聞けたのかもしれないのに、聞きたかったのに――って。信二が居なければ、僕も悩むことなく千尋さんとの遠足を楽しめたのに――なんて、考えるだけで寒気がしそうなぐらいに独善的なことを、あの時の僕は考えて居た。いや違うな、今でも思ってる。
「……千尋さん、ここまで楽しめてるか?」
「うん、もちろん! ちょっと強引すぎたけど、この班を結成したのは大正解だったよ!」
「そっか。……それなら、俺達も嬉しいよ」
今も僕の前に信二と千尋さんが歩いていて、千尋さんの言葉を信じは噛み締めるように受け止めている。……その姿を、僕は後ろからただじっと見つめるばかりだった。
別に歩くペースは速くないし、追いつこうと思えば余裕で三人並ぶことが出来る。人だかりがすごかった動物園とは違って三人並んでもまだ横幅には余裕があるから、モラル的にも並ぶことに何の問題もないはずだ。
そのはずなんだけど、僕はどうにもそこに並ぶ気になれない。……そうなったところで信二の引き立て役になるのが関の山だろうし、それならただじっと見ている方がまだ精神的にも楽だった。
単純な話で、僕と信二のどっちが人間的にできているかって言われたら間違いなく信二だ。僕の性根が捻くれているのは分かってるし、まっすぐな千尋さんの隣に立とうとするだけで少し気が引けてしまう。……それでも僕が千尋さんの隣で気楽にいられるのは、ひとえに千尋さんのおかげだった。
だけど、それはあくまで二人でいるときの話。……三人でいるとき、同じようになるとはとても思えなくて。
ショッピングモールでやりたいことも何となく網羅して、今から僕たちは花畑へと向かう。……そこは僕がリクエストした場所でもあり、信二が何やら企んでいる場所でもあった。
自分で選んだ場所以外も駆使しようとする信二の猪突猛進っぷりには舌を任されるばかりだが、だからと言って不快感がないわけじゃない。……一度『邪魔』という悪感情を覚えてしまったが最後、その作戦に対して湧いてくるのは悪感情ばかりだった。
作戦会議で聞いたときはまた違うことを思っていたはずなのに、本当に人というのはすぐに変わってしまうものだ。……それを今僕の心が実感していて、少し怖い。
僕の高校生活がまだ楽しいものだったのは、信二が友達として隣にいてくれたからだ。それなのに、今はその存在を邪魔くさく感じている。……信二に対して、僕は返しても返しきれないぐらいの恩があるはずなのにだ。
この感情を何て呼べばいいのか、僕の中で大体あたりはついている。……だけど、それを実際に命名するのは怖かった。……それをそう呼んでしまえば、きっと僕は後戻りが出来なくなってしまうだろうから。
そうなったが最後、僕もおばあちゃんや『あの子』と同じ側の仲間入りだ。……それがもたらす痛みを分かっているから、いくら悪感情が渦巻いていても最後の一歩を踏み込むのには躊躇があった。
だけど、この感情を抱えたままじゃどのみち今までの関係に戻ることはできない。……どうにかしてこの感情に区切りをつけるか、諦めて爆発させるかを選ばないといけないんだけれど――
「……照屋君、もしかして疲れてる?」
「……え?」
唐突に千尋さんが振り返ってそんなことを聞いてきて、僕は間抜けな声を上げる。その様子を見て、千尋さんは心配そうに眉をひそめた。
「いや、ずっととぼとぼ歩いてるから心配でさ。……次に行くのは照屋君が行きたがってたところなのに、どうしてそんな憂鬱そうなのかなーって」
僕をおもんばかる千尋さんの言葉を聞いて、信二の背筋が一瞬だけ跳ねる。……ああ、やっぱり知らないままで作戦の舞台にしてたのか。まあ、信二の無神経は今に始まったことじゃないからいいんだけどさ。
「……ううん、大丈夫だよ。ただ疲れてるのは確かだから、色々と省エネで歩いてただけ」
千尋さんの質問に首を振って、僕はあくまで健在をアピールする。ここで休ませてもらうのも選択肢ではあったけど、それをする気は起きなかった。
「……ペース上げたらそれについてけるだけのスピードは出すから、二人に任せるよ。あんまり計画とズレるのもよくないだろうし」
笑顔を浮かべながらそう言って、僕は目的地までの道を急ぐように促す。本当に気が乗らないけれど、信二の中で僕はまだ協力者なんだ。……それを根っこから否定するようなことは、あまりしたくない。
――僕の中でくすぶっている問いかけに、最後の答えを出すためにもね。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
お兄ちゃんは今日からいもうと!
沼米 さくら
ライト文芸
大倉京介、十八歳、高卒。女子小学生始めました。
親の再婚で新しくできた妹。けれど、彼女のせいで僕は、体はそのまま、他者から「女子小学生」と認識されるようになってしまった。
トイレに行けないからおもらししちゃったり、おむつをさせられたり、友達を作ったり。
身の回りで少しずつ不可思議な出来事が巻き起こっていくなか、僕は少女に染まっていく。
果たして男に戻る日はやってくるのだろうか。
強制女児女装万歳。
毎週木曜と日曜更新です。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる