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第三十六話『僕は蚊帳の外』
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「はい、パインのひんやりフロート。甘酸っぱくてすっきりした味みたいだから、今の照屋君にぴったりだと思うよ」
三つのストロー付きカップを運んできた千尋さんが、椅子の背もたれに体重を預けている僕の目の前にカップを置いてくれる。そのままの流れでひょいひょいと三人分の飲み物を配るその姿は、あの暑さの中を歩いてきたとは思えないぐらいはつらつとしていた。
いろんな人と交流があると、やっぱり自然に体力ってのもついてくるものなのだろうか。関係があるような気がするし、ないような気もする。……今度また聞いてみようかな。
そんなことを考えながら、僕はストローに口をつける。そのまましばらく息を吸い込むと、ひんやりとした心地いい感覚が口の中に流れ込んできた。
「……あ、すごくおいしい」
千尋さんが言った通り、甘さが控えめでちょうどいい感じだ。だからと言って味が薄いなんてこともなく、ちょうどいい酸味が満足感を底上げしてくれている。甘いものはあまり得意ではないけれど、これならごくごくと飲めてしまいそうだ。
「うん、でしょでしょ? ここに行こうって決めたときから、皆に合う飲み物はどれかなーって何となく考えてたんだよね。桐原君のも、好きな食べ物とかの話を聞いて考えてたんだよ?」
「え、でも最近そんな話は……ああいや、自己紹介の時のを覚えててくれたのか⁉」
自慢気に笑って見せる千尋さんに、信二が驚きを隠せないと言った様子でのけぞる。そのリアクションはどうやら期待通りだったらしく、千尋さんはエッヘンと胸を張った。
「うん、皆の自己紹介はできるだけ覚えとくようにしてるんだ。そうしたら色々話せることが増えて、仲良くなる機会が増えるかもしれないし」
手元のジュースを飲みながら、千尋さんは誇らしげに語って見せる。……千尋さんが僕の自己紹介を記憶していたのは、そもそもそういう考え方にも基づいているらしかった。
「桐原君の自己紹介はにぎやかだったからね、あたしも印象に残ってるよ。もしかしたらあたしと桐原君だけで自己紹介の半分ぐらいは時間を取ってたんじゃない?」
「ははっ、あり得ない話じゃないってのがまた怖いところだ! ……しっかし、よく食べ物の好みなんて覚えててくれたな?」
「質問の定番だからね、そこは覚えておかなくっちゃだよ。うっかり苦手な物しかないところとかに遊びに行っちゃったら、その子に申し訳ないなんて話じゃないからね」
信二からの質問に答えながら、千尋さんはご機嫌にごくごくと飲み続ける。コーヒーにも砂糖を入れ捲ってた千尋さんの事だし、きっと超絶甘い飲み物とスイーツの中間地点みたいなものを飲んでいるんだろう。仮に僕が青春を謳歌しまくっているタイプの学生だったとしても、『一口ちょうだい』と気楽に言うのは少しハードルが高そうだった。
それにしても、僕がサポートとかしなくても綺麗に話が回ってるじゃないか。普段ならもうちょっとどもったりとかしてもおかしくないところだろうに、やっぱり相当気合が入っているらしい。……ボクに協力を頼むには頼むとしても、自分での頑張りを欠かす気はさらさらないようだ。
(……それだけ本気で、それだけチャンスなんだろうな)
千尋さんは皆に優しい。だから忘れがちになるが、千尋さんはとんでもない高嶺の花なのだ。千尋さんと仲良くなることはそうハードルが高くないことかもしれなくても、千尋さんの『特別』になろうとすればそこにはいろんな障害が存在する。……ファンクラブって呼ばれる集団も、もしかしたらその一つに入ってくるんだろうか。
何はともあれ、千尋さんと特別な中になるというのはとてつもなく難易度の高いことだ。……だけど、信二はそれに挑戦しようとしている。転がり込んできたチャンスを逃すまいと、普段は噛みがちな舌を懸命に回している。
それはいいことで、凄いことだ。自分の目標を達成するために一切の躊躇がなく、できることを全て尽くして最善の結果をつかみ取ろうとする。……そんな信二の友人になれたことを、きっと僕は誇るべきなんだろう。
(……なのに、どうして)
そんな風にいろいろと前向きなことを考えて、信二の凄さを改めて頭の中で確認する。だけど、それでも消えてくれなかった。……ずっとずっと、胸の奥に刺さった棘が抜けてくれなかった。
二人が話している世界と僕がいる世界は違って、近くに座ってるはずなのにとても遠いものに感じられてならない。声を一つ上げれば会話に混じれるはずなのに、自分はそうする資格がないのだと思えてならない。……そのくせ、今のこの状況が気に入らなくて仕方がない。
分かりやすいぐらいに矛盾しているくせに、僕は声を上げられない。……この話題が早く終わってほしいと思っているのならば、僕の方から何か違う話題を引っ張り出してくればいいだけなのに。
そんなもどかしい思いがなくなるよりも先に、カップの中に入ったフロートが先に底をつく。……きっとおいしかったんだろうけど、その味の八割ぐらいがおぼろげだった。
「あ、そのカップ頂戴? あたしが全部まとめて捨ててくるから」
「……ああ、ありがと。ごめんね、千尋さんにばっかり任せちゃって」
奇しくもそれをきっかけとして二人の会話が終わり、千尋さんが僕の方に手を伸ばしてくる。ぼんやりとしながらカップを手渡すと、千尋さんは笑顔で頷いてくれた。
「大丈夫だよ、ちょっとした用事のついでだから。お姉ちゃんに撮ってきてって言われた写真あるの、今の今まですっかり忘れてたんだよねー……」
ちょっと困ったように呟きながら、千尋さんはさっきと同じように三つのカップを器用に回収する。……その後ろ姿が徐々に小さくなっていくのをぼんやりと見送っていると、信二が軽く肩を叩いてきた。
「……ん?」
まだぼんやりとした頭で、僕は信二の方へと視線を向ける。……すると、信二はこっちに向かって思いっきり身を乗り出して――
「紡、作戦会議だ。……もしかしたら、俺が思った以上の成果がここで出せるかもしれねえ」
何の憂いもないような表情で、信二は僕にそう持ち掛ける。……僕が信二の計画に協力するのだと信じて疑わない、今の僕にとっては複雑極まりない視線をこちらに投げかけながら。
三つのストロー付きカップを運んできた千尋さんが、椅子の背もたれに体重を預けている僕の目の前にカップを置いてくれる。そのままの流れでひょいひょいと三人分の飲み物を配るその姿は、あの暑さの中を歩いてきたとは思えないぐらいはつらつとしていた。
いろんな人と交流があると、やっぱり自然に体力ってのもついてくるものなのだろうか。関係があるような気がするし、ないような気もする。……今度また聞いてみようかな。
そんなことを考えながら、僕はストローに口をつける。そのまましばらく息を吸い込むと、ひんやりとした心地いい感覚が口の中に流れ込んできた。
「……あ、すごくおいしい」
千尋さんが言った通り、甘さが控えめでちょうどいい感じだ。だからと言って味が薄いなんてこともなく、ちょうどいい酸味が満足感を底上げしてくれている。甘いものはあまり得意ではないけれど、これならごくごくと飲めてしまいそうだ。
「うん、でしょでしょ? ここに行こうって決めたときから、皆に合う飲み物はどれかなーって何となく考えてたんだよね。桐原君のも、好きな食べ物とかの話を聞いて考えてたんだよ?」
「え、でも最近そんな話は……ああいや、自己紹介の時のを覚えててくれたのか⁉」
自慢気に笑って見せる千尋さんに、信二が驚きを隠せないと言った様子でのけぞる。そのリアクションはどうやら期待通りだったらしく、千尋さんはエッヘンと胸を張った。
「うん、皆の自己紹介はできるだけ覚えとくようにしてるんだ。そうしたら色々話せることが増えて、仲良くなる機会が増えるかもしれないし」
手元のジュースを飲みながら、千尋さんは誇らしげに語って見せる。……千尋さんが僕の自己紹介を記憶していたのは、そもそもそういう考え方にも基づいているらしかった。
「桐原君の自己紹介はにぎやかだったからね、あたしも印象に残ってるよ。もしかしたらあたしと桐原君だけで自己紹介の半分ぐらいは時間を取ってたんじゃない?」
「ははっ、あり得ない話じゃないってのがまた怖いところだ! ……しっかし、よく食べ物の好みなんて覚えててくれたな?」
「質問の定番だからね、そこは覚えておかなくっちゃだよ。うっかり苦手な物しかないところとかに遊びに行っちゃったら、その子に申し訳ないなんて話じゃないからね」
信二からの質問に答えながら、千尋さんはご機嫌にごくごくと飲み続ける。コーヒーにも砂糖を入れ捲ってた千尋さんの事だし、きっと超絶甘い飲み物とスイーツの中間地点みたいなものを飲んでいるんだろう。仮に僕が青春を謳歌しまくっているタイプの学生だったとしても、『一口ちょうだい』と気楽に言うのは少しハードルが高そうだった。
それにしても、僕がサポートとかしなくても綺麗に話が回ってるじゃないか。普段ならもうちょっとどもったりとかしてもおかしくないところだろうに、やっぱり相当気合が入っているらしい。……ボクに協力を頼むには頼むとしても、自分での頑張りを欠かす気はさらさらないようだ。
(……それだけ本気で、それだけチャンスなんだろうな)
千尋さんは皆に優しい。だから忘れがちになるが、千尋さんはとんでもない高嶺の花なのだ。千尋さんと仲良くなることはそうハードルが高くないことかもしれなくても、千尋さんの『特別』になろうとすればそこにはいろんな障害が存在する。……ファンクラブって呼ばれる集団も、もしかしたらその一つに入ってくるんだろうか。
何はともあれ、千尋さんと特別な中になるというのはとてつもなく難易度の高いことだ。……だけど、信二はそれに挑戦しようとしている。転がり込んできたチャンスを逃すまいと、普段は噛みがちな舌を懸命に回している。
それはいいことで、凄いことだ。自分の目標を達成するために一切の躊躇がなく、できることを全て尽くして最善の結果をつかみ取ろうとする。……そんな信二の友人になれたことを、きっと僕は誇るべきなんだろう。
(……なのに、どうして)
そんな風にいろいろと前向きなことを考えて、信二の凄さを改めて頭の中で確認する。だけど、それでも消えてくれなかった。……ずっとずっと、胸の奥に刺さった棘が抜けてくれなかった。
二人が話している世界と僕がいる世界は違って、近くに座ってるはずなのにとても遠いものに感じられてならない。声を一つ上げれば会話に混じれるはずなのに、自分はそうする資格がないのだと思えてならない。……そのくせ、今のこの状況が気に入らなくて仕方がない。
分かりやすいぐらいに矛盾しているくせに、僕は声を上げられない。……この話題が早く終わってほしいと思っているのならば、僕の方から何か違う話題を引っ張り出してくればいいだけなのに。
そんなもどかしい思いがなくなるよりも先に、カップの中に入ったフロートが先に底をつく。……きっとおいしかったんだろうけど、その味の八割ぐらいがおぼろげだった。
「あ、そのカップ頂戴? あたしが全部まとめて捨ててくるから」
「……ああ、ありがと。ごめんね、千尋さんにばっかり任せちゃって」
奇しくもそれをきっかけとして二人の会話が終わり、千尋さんが僕の方に手を伸ばしてくる。ぼんやりとしながらカップを手渡すと、千尋さんは笑顔で頷いてくれた。
「大丈夫だよ、ちょっとした用事のついでだから。お姉ちゃんに撮ってきてって言われた写真あるの、今の今まですっかり忘れてたんだよねー……」
ちょっと困ったように呟きながら、千尋さんはさっきと同じように三つのカップを器用に回収する。……その後ろ姿が徐々に小さくなっていくのをぼんやりと見送っていると、信二が軽く肩を叩いてきた。
「……ん?」
まだぼんやりとした頭で、僕は信二の方へと視線を向ける。……すると、信二はこっちに向かって思いっきり身を乗り出して――
「紡、作戦会議だ。……もしかしたら、俺が思った以上の成果がここで出せるかもしれねえ」
何の憂いもないような表情で、信二は僕にそう持ち掛ける。……僕が信二の計画に協力するのだと信じて疑わない、今の僕にとっては複雑極まりない視線をこちらに投げかけながら。
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