5 / 27
第5話 魔王、気にかける
しおりを挟む
朝食が終わった頃に様子を見に行き、午後は執務室でティータイムの供をさせ、夜は軽く話して寝かしつける。
これが魔王とマリーの日課。
最近では庭の散策も加わった。マリーは自分で歩けると言うのだが、魔王はマリーを抱きかかえて庭の花々を愛でる。
以前、マリーはおぼろげな記憶の中の花畑に過剰な反応を示していたが、庭の草花は問題がないらしい。付き添う庭師に花の名を尋ねたりもしている。気に入ったと思われる花を庭師が切り、メイドがマリーの部屋の花瓶に生けることもある。
マリーは知らないが、魔王は時々夜中にも様子を見に来ている。部屋の前を通った際、時々うなされていることに気づいたからだ。そんな時は頭をそっとなでていると落ち着いてくるようである。
どんな悪夢を見ているのか。失われた記憶の中に何があるのか。
調べる方法がまったくないわけではないが、尋問に用いる魔法で対象者の人格破壊が起こる可能性も高いのでさすがに使えない。
「人間界に潜む者から勇者に関する調査の第一報が上がってまいりましたが、さらなる調査が必要と思われます」
側近が魔王に報告する。
「どういうことだ?」
「まず勇者に選ばれた時点で過去の経歴を知られないよう細工されます。立場を悪用されるのを恐れてのことで、その細工が巧妙なため本当の名前もいまだ判明しておりません」
「そうか」
「次に人間の勇者の選出ですが、先代の勇者が死亡した時点で勇者の紋は次代の者に移ります。次代の勇者の所在を見出せるのは大神官長と最高位の聖女だけで、本人にも周囲にも勇者とは告げず、別の名目で大神殿に召し上げられるのです」
「なるほど」
「本来なら見出された勇者は教育や訓練を施され、十分な実戦を積んだ上で我々に挑むのものらしいのですが、勇者の生まれた国では内政のゴタゴタに対する国民の不満の矛先を変えるため、強引に魔王討伐を命じたようです」
魔王が顔をしかめる。
「それであんな子供が戦場に立たされたということか」
「はい。勇者の国では討伐失敗に加えて積もりに積もった国民の不満が爆発して各地で内乱状態となり、さらに近隣諸国からの侵攻も受けているので、現在は事実上崩壊しているといえましょう」
「ということは、あの娘は故郷に帰ろうにも帰れぬということか」
側近は魔王に報告書を手渡した。
「それにいたしましても、人間の勇者は魔王様にずいぶんと懐いたようで」
「記憶を失くしておるから、誰かしら頼る者が欲しいのであろう。雛鳥が最初に見たものを親と思うのと同じじゃな」
側近がしばらく考えてから小さな疑問を口にする。
「…お手つきになさらなくてよろしいので?こちらに留めるのなら有効な手立てかと」
魔王は顔をしかめた。
「さすがにあのような子供に手を出す気にはならんな…ああ、他の者にも手を出させぬように。何がきっかけで記憶が戻るかわからぬしな」
「かしこまりました」
これが魔王とマリーの日課。
最近では庭の散策も加わった。マリーは自分で歩けると言うのだが、魔王はマリーを抱きかかえて庭の花々を愛でる。
以前、マリーはおぼろげな記憶の中の花畑に過剰な反応を示していたが、庭の草花は問題がないらしい。付き添う庭師に花の名を尋ねたりもしている。気に入ったと思われる花を庭師が切り、メイドがマリーの部屋の花瓶に生けることもある。
マリーは知らないが、魔王は時々夜中にも様子を見に来ている。部屋の前を通った際、時々うなされていることに気づいたからだ。そんな時は頭をそっとなでていると落ち着いてくるようである。
どんな悪夢を見ているのか。失われた記憶の中に何があるのか。
調べる方法がまったくないわけではないが、尋問に用いる魔法で対象者の人格破壊が起こる可能性も高いのでさすがに使えない。
「人間界に潜む者から勇者に関する調査の第一報が上がってまいりましたが、さらなる調査が必要と思われます」
側近が魔王に報告する。
「どういうことだ?」
「まず勇者に選ばれた時点で過去の経歴を知られないよう細工されます。立場を悪用されるのを恐れてのことで、その細工が巧妙なため本当の名前もいまだ判明しておりません」
「そうか」
「次に人間の勇者の選出ですが、先代の勇者が死亡した時点で勇者の紋は次代の者に移ります。次代の勇者の所在を見出せるのは大神官長と最高位の聖女だけで、本人にも周囲にも勇者とは告げず、別の名目で大神殿に召し上げられるのです」
「なるほど」
「本来なら見出された勇者は教育や訓練を施され、十分な実戦を積んだ上で我々に挑むのものらしいのですが、勇者の生まれた国では内政のゴタゴタに対する国民の不満の矛先を変えるため、強引に魔王討伐を命じたようです」
魔王が顔をしかめる。
「それであんな子供が戦場に立たされたということか」
「はい。勇者の国では討伐失敗に加えて積もりに積もった国民の不満が爆発して各地で内乱状態となり、さらに近隣諸国からの侵攻も受けているので、現在は事実上崩壊しているといえましょう」
「ということは、あの娘は故郷に帰ろうにも帰れぬということか」
側近は魔王に報告書を手渡した。
「それにいたしましても、人間の勇者は魔王様にずいぶんと懐いたようで」
「記憶を失くしておるから、誰かしら頼る者が欲しいのであろう。雛鳥が最初に見たものを親と思うのと同じじゃな」
側近がしばらく考えてから小さな疑問を口にする。
「…お手つきになさらなくてよろしいので?こちらに留めるのなら有効な手立てかと」
魔王は顔をしかめた。
「さすがにあのような子供に手を出す気にはならんな…ああ、他の者にも手を出させぬように。何がきっかけで記憶が戻るかわからぬしな」
「かしこまりました」
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
金眼のサクセサー[完結]
秋雨薫
ファンタジー
魔物の森に住む不死の青年とお城脱走が趣味のお転婆王女さまの出会いから始まる物語。
遥か昔、マカニシア大陸を混沌に陥れた魔獣リィスクレウムはとある英雄によって討伐された。
――しかし、五百年後。
魔物の森で発見された人間の赤ん坊の右目は魔獣と同じ色だった――
最悪の魔獣リィスクレウムの右目を持ち、不死の力を持ってしまい、村人から忌み子と呼ばれながら生きる青年リィと、好奇心旺盛のお転婆王女アメルシアことアメリーの出会いから、マカニシア大陸を大きく揺るがす事態が起きるーー!!
リィは何故500年前に討伐されたはずのリィスクレウムの瞳を持っているのか。
マカニシア大陸に潜む500年前の秘密が明らかにーー
※流血や残酷なシーンがあります※
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる