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第3話 絡まれました
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それからしばらくの間、第三王子殿下は計算室へ顔を出さなかった。
公務で隣国を訪問され、数日前に帰国したと聞いている。おそらく帰国後も後処理や留守の間に溜まっていた業務でお忙しいのだろう。
私は仕事の合間に王宮内の図書室へ向かった。
計算の加護を生かすためにも常に必要な知識を学んでいるのだが、来年は税法の改正があるので今日はそれに関する資料をまとめて借りてきた。
誰しも加護を持つけれど、その加護を最大限に生かすためには努力も必要だ。
父や兄達は果樹園で肥料の配合をいろいろ変えて試してみたり、他の農園経営者と情報交換をしている。母や姉のジャム作りも常に試作と改善を繰り返している。
計算の加護も、この王宮ではただ計算が速いだけでは全然足りない。さまざまな知識と結びついてこそ生きてくるものなのだ。
その点、計算室長は長年この仕事をしているというのもあるのだろうが、本当に幅広い分野の知識を持っている。仕事に関することは何を尋ねても即答してくれる生き字引のような人だ。
何年かかっても追いつけそうにないけれど、少しでも近付きたい。だから少しでも時間があれば学ぶのだ。
「ずいぶんと重そうだね」
ふいに持っていた資料の山が私の腕から浮き上がる。
声がした横の方を向くと、第三王子殿下がにっこり笑って資料を持っていた。
「計算室へ行くんだろう?ちょうど私も行くところだから持ってあげよう」
いやいや、それはまずいでしょう?!
「殿下に持たせるなんてとんでもないですっ!お願いですから返してください!」
小柄な私は、ぴょんぴょん飛び跳ねながら長身の殿下から資料を取り返そうとするけれど、軽くかわされてしまう。
「紳士たる者、淑女に重い物を持たせたまま歩くなんて出来ないよ。どうか私のためと思って気にしないでほしい。さぁ行こうか」
そう言われ、もうあきらめることにした。
いろんな意味で疲れたけれど、なんとか計算室にたどり着く。
「殿下、ありがとうございました」
「どういたしまして」
資料の山が机の上に置かれた。
「おや、殿下。お久しぶりでございますね」
室長が微笑みながら出迎える。
「ああ、しばらく王宮を離れていたのでね。久しぶりにこちらへ顔を出そうと思ったら、ちょうど彼女を見かけたので荷物持ちを買って出たんだ」
「そうでございましたか。ご公務もそれくらい積極的に取り組んでいただきたいものですねぇ」
「おいおい、今はちゃんと真面目にやっているぞ」
えっと、以前は真面目じゃなかったということだろうか?
私は何も言わなかったのに、殿下は表情で察したようで、
「子供の頃の話だ!今はきちんとやっているからな!」
私に向かって必死に弁明するので、おかしくてつい笑ってしまった。
久しぶりに殿下と室長と私の3人でお茶とお菓子を楽しんだ後、殿下は戻っていかれた。
その後しばらくは計算業務に集中していたのだが、室長から声をかけられた。
「申し訳ありませんが、きりがいいところで図書室からこの本を借りてきていただけますか?」
本の題名がいくつか書かれたメモを手渡される。
「かしこまりました。あと少しでこちらの検算が終わりますので、行ってまいりますね」
図書室で指示された本を借り、計算室へ戻ろうとしたら3人の女性に半ば強引に図書室の裏手にある庭へ連れ出された。
直接の面識はないけれど、行儀見習いとして王宮で働いている貴族のご令嬢達だ。
「貴女、ちょっと生意気なんじゃなくて?」
ほぼ初対面の人に言われる筋合いはないと思うのだが。
「平民の文官のくせに第三王子殿下と親しくするんじゃないわよ!」
親しくした覚えはないけれど、もしかして今日の資料の取り合いのことだろうか?あれはむしろ遊ばれていただけだと思うのだが。
「計算しか出来ないちんちくりんのくせに!」
ちんちくりんなのは認める。自覚はある。傷つかないわけじゃないけど。
でも計算の仕事は私の誇りだ。それを侮辱されるのは許しがたい。
この場でどう反論するのが最も効果的だろうか?と頭の中で計算していたのだが、その答えが出る前に割り込んできた人物がいた。
「こんなところで何をしているのかな?」
第三王子殿下だ。
仕事に戻ったんじゃなかったの?
公務で隣国を訪問され、数日前に帰国したと聞いている。おそらく帰国後も後処理や留守の間に溜まっていた業務でお忙しいのだろう。
私は仕事の合間に王宮内の図書室へ向かった。
計算の加護を生かすためにも常に必要な知識を学んでいるのだが、来年は税法の改正があるので今日はそれに関する資料をまとめて借りてきた。
誰しも加護を持つけれど、その加護を最大限に生かすためには努力も必要だ。
父や兄達は果樹園で肥料の配合をいろいろ変えて試してみたり、他の農園経営者と情報交換をしている。母や姉のジャム作りも常に試作と改善を繰り返している。
計算の加護も、この王宮ではただ計算が速いだけでは全然足りない。さまざまな知識と結びついてこそ生きてくるものなのだ。
その点、計算室長は長年この仕事をしているというのもあるのだろうが、本当に幅広い分野の知識を持っている。仕事に関することは何を尋ねても即答してくれる生き字引のような人だ。
何年かかっても追いつけそうにないけれど、少しでも近付きたい。だから少しでも時間があれば学ぶのだ。
「ずいぶんと重そうだね」
ふいに持っていた資料の山が私の腕から浮き上がる。
声がした横の方を向くと、第三王子殿下がにっこり笑って資料を持っていた。
「計算室へ行くんだろう?ちょうど私も行くところだから持ってあげよう」
いやいや、それはまずいでしょう?!
「殿下に持たせるなんてとんでもないですっ!お願いですから返してください!」
小柄な私は、ぴょんぴょん飛び跳ねながら長身の殿下から資料を取り返そうとするけれど、軽くかわされてしまう。
「紳士たる者、淑女に重い物を持たせたまま歩くなんて出来ないよ。どうか私のためと思って気にしないでほしい。さぁ行こうか」
そう言われ、もうあきらめることにした。
いろんな意味で疲れたけれど、なんとか計算室にたどり着く。
「殿下、ありがとうございました」
「どういたしまして」
資料の山が机の上に置かれた。
「おや、殿下。お久しぶりでございますね」
室長が微笑みながら出迎える。
「ああ、しばらく王宮を離れていたのでね。久しぶりにこちらへ顔を出そうと思ったら、ちょうど彼女を見かけたので荷物持ちを買って出たんだ」
「そうでございましたか。ご公務もそれくらい積極的に取り組んでいただきたいものですねぇ」
「おいおい、今はちゃんと真面目にやっているぞ」
えっと、以前は真面目じゃなかったということだろうか?
私は何も言わなかったのに、殿下は表情で察したようで、
「子供の頃の話だ!今はきちんとやっているからな!」
私に向かって必死に弁明するので、おかしくてつい笑ってしまった。
久しぶりに殿下と室長と私の3人でお茶とお菓子を楽しんだ後、殿下は戻っていかれた。
その後しばらくは計算業務に集中していたのだが、室長から声をかけられた。
「申し訳ありませんが、きりがいいところで図書室からこの本を借りてきていただけますか?」
本の題名がいくつか書かれたメモを手渡される。
「かしこまりました。あと少しでこちらの検算が終わりますので、行ってまいりますね」
図書室で指示された本を借り、計算室へ戻ろうとしたら3人の女性に半ば強引に図書室の裏手にある庭へ連れ出された。
直接の面識はないけれど、行儀見習いとして王宮で働いている貴族のご令嬢達だ。
「貴女、ちょっと生意気なんじゃなくて?」
ほぼ初対面の人に言われる筋合いはないと思うのだが。
「平民の文官のくせに第三王子殿下と親しくするんじゃないわよ!」
親しくした覚えはないけれど、もしかして今日の資料の取り合いのことだろうか?あれはむしろ遊ばれていただけだと思うのだが。
「計算しか出来ないちんちくりんのくせに!」
ちんちくりんなのは認める。自覚はある。傷つかないわけじゃないけど。
でも計算の仕事は私の誇りだ。それを侮辱されるのは許しがたい。
この場でどう反論するのが最も効果的だろうか?と頭の中で計算していたのだが、その答えが出る前に割り込んできた人物がいた。
「こんなところで何をしているのかな?」
第三王子殿下だ。
仕事に戻ったんじゃなかったの?
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