計算できないこともある

中田カナ

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第1話 王宮の片隅で

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「おはようございます!資料をお持ちしました」
 すっかり顔なじみとなった文官の男性によって届けられたのは、資料という名の木箱に入った紙の山。

「はい。昨日の午後の分は計算済みで、そちらの棚に置いてあります」
「いつもありがとうございます。本当に助かってますよ」
 男性はにこやかに紙の束を抱えて去っていく。


 ここは王宮の片隅にある小さな事務室。
 扉の入口には『計算室』と書かれている。
 持ち込まれた資料の数字を計算したり、各部署で作成された書類の検算を行うのが私の所属する計算室の仕事だ。


 この国では誰もが加護という名の特定の能力を持つ。

 7歳になると神殿で祝福を受けるのだが、その際に加護が判明する。普通は1人に1つの加護だが、複数の加護を持つ人もいるらしい。
 加護とは関係のない職に就く人もいるけれど、自分の加護に適した仕事を選ぶ人は多い。

 王都から馬車で3時間ほどの小さな村で果樹農家の末っ子として生まれた私は、なぜか計算の加護を持つことが判明した。
 父や兄達は農業の加護、母と姉は料理の加護だったから、きっと私も農業か料理なんだろうな~と思っていたので、とても驚いたことをよく覚えている。

 ただ、言われてみれば納得するところもあった。
 両親が帳簿をつけているのを見ると、その計算結果がパッと頭に浮かぶ。そして間違ったことはない。
 だけど、それは幼い頃の私にとってごく普通のことだったので、誰でもそうなんだとずっと思っていた。

 やがて成長した私に、父は王都の商業学校へ進学することを勧めてくれた。
「お前は計算の加護を生かした道に進む方がいいだろう」
 幼い頃は身体が弱くてよく熱を出したりした。成長してからは病気とはすっかり縁遠くなったけど、家族の中で私だけ小柄で非力なのだ。

「きっと亡くなった私の母に似たのねぇ」
 私が生まれる前に亡くなった母方の祖母は小柄な人だったらしい。少しめずらしい書の加護持ちで、書類の代書などで家計を助けていたと聞いている。
 母が言うには、たまに少し変わった加護持ちが出る家系らしい。

 最初は父の勧めではあったけれど、小柄で見た目もいまいちな私は、恋愛や結婚よりも計算の加護で生きていくことを自分の意思で決めた。




「お願い!実家から送られてきた焼き菓子と、貴女のおうちのジャムと交換してほしいの」
 寮のある王都の商業学校へ進学したら、うちのジャムは王都でとても人気があることを知った。家族経営だから生産数が限られるので、お店の棚に並べるとすぐになくなるらしい。

 仲良くなった寮生達と各地の産物やお菓子とうちのジャムを物々交換したりして、学業以外でも充実した学生生活を送っていたのだが、どこからか計算の加護のことを聞きつけた王宮の人事担当者から勧誘された。

 王都に出てくるまで知らなかったけど、計算の加護はわりとめずらしいのだそうだ。たくさんの人が働く王宮でも現在はたった1人だけとのこと。

 王宮からの支援で法律学校でも商法などについて学んだ後、私は王宮の計算室に就職した。現在の住まいは王宮の女性職員寮だ。
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