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第3話 魔界へ
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移動の休憩時には私が野ウサギや山鳥を矢で射り、男の聖女様は薬草を摘む。
宿泊地に着くと、私は商業ギルドへ狩った獲物や男の聖女様の作った薬を売りに行き、男の聖女様は焼き菓子づくりを教えたり薬を作ったりする。
そんな生活パターンがすっかり確立されてきた。
「…先ほどの村ではいろいろと買い込んでいましたね」
「うん、もういくつか先の町で売ろうと思ってる。すぐ隣じゃ同じものが出回ってるかもだけど、ちょっと離れたところなら売れる可能性もあるしね」
そんなわけで荷馬車の荷台にはいろんな在庫が積まれている。
「…そういうものなんですか」
いまひとつ納得しきれてないような表情の男の聖女様。
「もう死んじゃったけど、私の父は地方の商会に所属する旅の行商だったんだよ。点在する小さな集落をまわって商売するの。保存のきく食材とか生地とかちょっとした薬とかさ。うちは母を早くに亡くしたから私も父についてまわってた」
「…」
男の聖女様がこちらを見つめる。
「でもね、ただ売るだけじゃないの。各地でいろんな話題を仕入れたり提供したりもするんだよ。みんな話のネタも欲しがるもんなんだよね。そういうのもまた楽しいの」
「…だから貴女はいろんな方とお話をなさるんですね」
こくんとうなずく。
「そういうこと。話好きってのもあるけど、次に売れそうなものの手がかりもあったりもするからね」
「…私も貴女のように話し上手になりたいです」
少しうつむく男の聖女様。
「ん?大丈夫だって。声は小さいけどお菓子の作り方の説明は上手だもの。こういうのは慣れだからさ」
なんだかんだで旅は進んでいく。
「はい、いらっしゃい!旅の行商ですよぉ。お薬、雑貨、いろいろと用意してございます~」
小規模な集落ではギルドどころかお店自体がなかったりするので直接商売をする。
一番人気は男の聖女様が作った傷薬や風邪薬。
他に生地やはぎれなんかもよく売れる。
なかなか流通していないからなのだろう。
やがて人間界と魔界との境目近くまでやってきた。
人間界で最後に立ち寄った集落の長の家に荷馬車を預け、経費として認められて購入したお高いマジックバッグに野営道具や食料なんかを詰め込んで歩き始める。
「聖女様、疲れたら休憩を取るからいつでも言ってね。私は歩き慣れてるけど、そっちは不慣れでしょ?」
「…はい、でもがんばります」
決意に満ちた瞳を向ける男の聖女様。
りりしいけど、やっぱりかわいい。
魔界に入ると空気が重苦しい感じに変わる。
大聖堂で受けた説明によると、魔界の空気は瘴気で満ちていて普通の人間では数時間も耐えられないらしいが、勇者や聖女などごく一部の人なら動けるらしい。
てくてく進んでいくと、ふいに男の聖女様から声をかけられた。
「…あの、手をつないでみてください。たぶん少しは楽になると思いますから」
そう言って手を差し出される。
「ん、よくわからないけどやってみるね」
手をつないでみると重苦しい感じがフッと消えた。
「あ、すごい!急に楽になった」
「…僕は瘴気の影響を受けないみたいです。触れていれば貴女にも効果があると思います」
「これはすごいね!よし、このままどんどん行こう!」
男の聖女様の手は私より大きくて温かく、なんだかこれだけで元気がもらえる気がした。
そしていつも優しげな顔をしてるけど、手はしっかり男の人なんだな、なんて思った。
退屈しのぎにあれこれ話しながら歩く。
「…僕、今まで趣味で薬やお菓子を作っていましたが、貴女のおかげで人の役に立つことができてとてもうれしいです」
「ううん、それは私のおかげじゃなくて聖女様がいいものを作ってるからだよ」
男の聖女様が作る薬もお菓子も評判がものすごくよいのだ。
「…いいえ、やっぱり貴女のおかげです。最初の頃は人と話すのも怖かったけれど、今はだいぶ平気になりました。貴女を見ていて話す楽しさもわかってきた気がします」
その言葉で思わず笑顔になる。
「それはうれしいな。そりゃもちろん中には悪い人だっているけれど、たいていは話せばわかるしね。それに私はお金儲けが大好きだけど、それだけじゃないんだよ」
「…なんとなくわかります」
うなずく男の聖女様。
「亡くなった父はいつも『皆が笑顔になれる仕事をしているんだ』って言ってた。売る人も買う人もみんなが幸せになれる商売が理想なんだよね」
「…今の貴女にはそれが出来ている、僕はそう思います」
男の聖女様が握った手に少しだけ力をこめる。
「えへへ、ありがと。でも私なんてまだまだだよ」
魔界では時々魔獣が襲ってくる。
人間界では子供の頃から得意だった弓を使っていたけれど、魔界では剣をふるう。
「この剣、すごいよねぇ」
たいていのものは一太刀でいける。
魔界へ入る前に人間界の武器屋で適当に買った剣だけど、男の聖女様が祈りをこめてから長年の相棒であったかのように手に馴染んでいる。
「…僕はただ貴女の役に立つようにと祈っただけですよ」
いくら使っても重さを感じないほどで、もはや身体の一部であるようだ。
よくわからないけど聖剣ってこんな感じなのかも。
「魔獣って食べられるのかなぁ?」
襲ってきた角のあるウサギっぽい魔獣を屠り、耳を持ってぶらさげてからつぶやく。
「…何があるかわかりませんから、とりあえずやめておいた方がよいと思います」
少し青ざめた顔の男の聖女様。
「そっか、やっぱりそうだよね。でも、マジックバッグに入れておこっと」
野営道具や食料用のマジックバッグの他に各地で仕入れたいろんな商品を入れたマジックバッグも持っているのだが、とりあえずそちらにつっこんでおく。
毛皮は取れそうだし、もしかしたら肉だって食えるかもしれないしね。
宿泊地に着くと、私は商業ギルドへ狩った獲物や男の聖女様の作った薬を売りに行き、男の聖女様は焼き菓子づくりを教えたり薬を作ったりする。
そんな生活パターンがすっかり確立されてきた。
「…先ほどの村ではいろいろと買い込んでいましたね」
「うん、もういくつか先の町で売ろうと思ってる。すぐ隣じゃ同じものが出回ってるかもだけど、ちょっと離れたところなら売れる可能性もあるしね」
そんなわけで荷馬車の荷台にはいろんな在庫が積まれている。
「…そういうものなんですか」
いまひとつ納得しきれてないような表情の男の聖女様。
「もう死んじゃったけど、私の父は地方の商会に所属する旅の行商だったんだよ。点在する小さな集落をまわって商売するの。保存のきく食材とか生地とかちょっとした薬とかさ。うちは母を早くに亡くしたから私も父についてまわってた」
「…」
男の聖女様がこちらを見つめる。
「でもね、ただ売るだけじゃないの。各地でいろんな話題を仕入れたり提供したりもするんだよ。みんな話のネタも欲しがるもんなんだよね。そういうのもまた楽しいの」
「…だから貴女はいろんな方とお話をなさるんですね」
こくんとうなずく。
「そういうこと。話好きってのもあるけど、次に売れそうなものの手がかりもあったりもするからね」
「…私も貴女のように話し上手になりたいです」
少しうつむく男の聖女様。
「ん?大丈夫だって。声は小さいけどお菓子の作り方の説明は上手だもの。こういうのは慣れだからさ」
なんだかんだで旅は進んでいく。
「はい、いらっしゃい!旅の行商ですよぉ。お薬、雑貨、いろいろと用意してございます~」
小規模な集落ではギルドどころかお店自体がなかったりするので直接商売をする。
一番人気は男の聖女様が作った傷薬や風邪薬。
他に生地やはぎれなんかもよく売れる。
なかなか流通していないからなのだろう。
やがて人間界と魔界との境目近くまでやってきた。
人間界で最後に立ち寄った集落の長の家に荷馬車を預け、経費として認められて購入したお高いマジックバッグに野営道具や食料なんかを詰め込んで歩き始める。
「聖女様、疲れたら休憩を取るからいつでも言ってね。私は歩き慣れてるけど、そっちは不慣れでしょ?」
「…はい、でもがんばります」
決意に満ちた瞳を向ける男の聖女様。
りりしいけど、やっぱりかわいい。
魔界に入ると空気が重苦しい感じに変わる。
大聖堂で受けた説明によると、魔界の空気は瘴気で満ちていて普通の人間では数時間も耐えられないらしいが、勇者や聖女などごく一部の人なら動けるらしい。
てくてく進んでいくと、ふいに男の聖女様から声をかけられた。
「…あの、手をつないでみてください。たぶん少しは楽になると思いますから」
そう言って手を差し出される。
「ん、よくわからないけどやってみるね」
手をつないでみると重苦しい感じがフッと消えた。
「あ、すごい!急に楽になった」
「…僕は瘴気の影響を受けないみたいです。触れていれば貴女にも効果があると思います」
「これはすごいね!よし、このままどんどん行こう!」
男の聖女様の手は私より大きくて温かく、なんだかこれだけで元気がもらえる気がした。
そしていつも優しげな顔をしてるけど、手はしっかり男の人なんだな、なんて思った。
退屈しのぎにあれこれ話しながら歩く。
「…僕、今まで趣味で薬やお菓子を作っていましたが、貴女のおかげで人の役に立つことができてとてもうれしいです」
「ううん、それは私のおかげじゃなくて聖女様がいいものを作ってるからだよ」
男の聖女様が作る薬もお菓子も評判がものすごくよいのだ。
「…いいえ、やっぱり貴女のおかげです。最初の頃は人と話すのも怖かったけれど、今はだいぶ平気になりました。貴女を見ていて話す楽しさもわかってきた気がします」
その言葉で思わず笑顔になる。
「それはうれしいな。そりゃもちろん中には悪い人だっているけれど、たいていは話せばわかるしね。それに私はお金儲けが大好きだけど、それだけじゃないんだよ」
「…なんとなくわかります」
うなずく男の聖女様。
「亡くなった父はいつも『皆が笑顔になれる仕事をしているんだ』って言ってた。売る人も買う人もみんなが幸せになれる商売が理想なんだよね」
「…今の貴女にはそれが出来ている、僕はそう思います」
男の聖女様が握った手に少しだけ力をこめる。
「えへへ、ありがと。でも私なんてまだまだだよ」
魔界では時々魔獣が襲ってくる。
人間界では子供の頃から得意だった弓を使っていたけれど、魔界では剣をふるう。
「この剣、すごいよねぇ」
たいていのものは一太刀でいける。
魔界へ入る前に人間界の武器屋で適当に買った剣だけど、男の聖女様が祈りをこめてから長年の相棒であったかのように手に馴染んでいる。
「…僕はただ貴女の役に立つようにと祈っただけですよ」
いくら使っても重さを感じないほどで、もはや身体の一部であるようだ。
よくわからないけど聖剣ってこんな感じなのかも。
「魔獣って食べられるのかなぁ?」
襲ってきた角のあるウサギっぽい魔獣を屠り、耳を持ってぶらさげてからつぶやく。
「…何があるかわかりませんから、とりあえずやめておいた方がよいと思います」
少し青ざめた顔の男の聖女様。
「そっか、やっぱりそうだよね。でも、マジックバッグに入れておこっと」
野営道具や食料用のマジックバッグの他に各地で仕入れたいろんな商品を入れたマジックバッグも持っているのだが、とりあえずそちらにつっこんでおく。
毛皮は取れそうだし、もしかしたら肉だって食えるかもしれないしね。
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