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第2話 朗読
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翌日は少女の言葉どおり雨になった。
療養所の図書室は1階の談話室の隣にあり、窓からは海が望める。今日は少し風もあるようで白波も見える。
図書室の扉は開けっ放しで、隣接する談話室で過ごしている犬や猫の出入りも自由だ。
今も私の膝の上にはここの一番古株だという黒猫が陣取っている。
なぜか私はこの黒猫に好かれていて、談話室や図書室でこの状態が普通になっている。少女といい、この猫といい、黒い毛の持ち主に好かれやすいのだろうか?
午後になって図書館にやってきた少女は、なんだか表情が暗かった。
「どうした?元気がないな」
隣の椅子に座る少女。
「ん、学校でちょっとね」
朗読は昨日の続きである建国の英雄と救い出した姫との恋の予定だったが、あえて変えることにした。
「悪いが、今日は昨日と同じところを読んでいいか?昨日とは少し読み方を変えてみたいんだ」
「うん、いいよ」
少し不思議そうな顔の少女がうなずいたので、膝の上の黒猫を抱き上げて立ち上がり、今まで座っていた椅子に黒猫をそっと置く。
そして少女の前に立ち、頭をなでてから建国の英雄が魔物を倒す詩の朗読を始めた。
昨日は淡々と読んだけれど、今日は感情をこめて強弱をつけ、時には手振りもつけ、少し歩いたりもしてみた。
読み終えると、思いがけずたくさんの拍手が上がった。
本から目を離すと、いつのまにか入所者のほとんどが揃っていて看護師達まで拍手している。
「いやぁ、すばらしかった!」
「ぜひまた聴きたいわ」
たくさんの人に見られているとは気付かず、恥ずかしさで顔が一気に熱くなったが、一番大きな拍手をしている少女の笑顔が視界に入ってきた。
「おじさん、ありがとう!英雄様に負けないように私もがんばるね!」
元気になってくれてよかった。がんばったかいがあったというものだ。
そして椅子の上の黒猫は、まったく興味がないのか完全に眠り込んでいた。
その日の夜、看護師の女性が教えてくれた。
少女は父親がいないことで学校でいじめられることがあるらしい。ここの所長も母親の事情を知った上で雇っているのだそうだ。
その事情まで問うことはしなかったが、いつも元気で明るい少女が彼女自身ではどうしようもないものを抱えているということを知った。
本の朗読会はその後も何度か開かれた。
入所者から朗読して欲しい本のリクエストがあり、事前に熟読してから朗読したこともあった。
リクエストしてくれた老婦人は、朗読の後で涙を流して私の手を握り、何度も「ありがとう」とつぶやいていた。きっとあの老婦人にとっては思い入れのある本だったのだろう。
療養所で数ヶ月過ごすうちに入所者達とも少し親しくなった。
ほとんどが私の両親よりも年上で、祖父母と同年代の人達もいる。時折話してくれる彼らの人生の出来事に思いをはせることもあった。少女とも本以外の話をすることが増えてきた。
そんな日々を重ねていくうちに、少しずつ気持ちが浮上してきているのが自分でもわかった。仕事のアイデアも次々とわいてきて、忘れないように書き留めたメモもたまってきている。
身体の方はとっくに回復していて、談話室の犬達と海岸を散歩したり、時には少女と一緒に犬達を洗ってやることもある。今なら王都にいた時よりもずっと健康だという自信がある。
療養所の図書室は1階の談話室の隣にあり、窓からは海が望める。今日は少し風もあるようで白波も見える。
図書室の扉は開けっ放しで、隣接する談話室で過ごしている犬や猫の出入りも自由だ。
今も私の膝の上にはここの一番古株だという黒猫が陣取っている。
なぜか私はこの黒猫に好かれていて、談話室や図書室でこの状態が普通になっている。少女といい、この猫といい、黒い毛の持ち主に好かれやすいのだろうか?
午後になって図書館にやってきた少女は、なんだか表情が暗かった。
「どうした?元気がないな」
隣の椅子に座る少女。
「ん、学校でちょっとね」
朗読は昨日の続きである建国の英雄と救い出した姫との恋の予定だったが、あえて変えることにした。
「悪いが、今日は昨日と同じところを読んでいいか?昨日とは少し読み方を変えてみたいんだ」
「うん、いいよ」
少し不思議そうな顔の少女がうなずいたので、膝の上の黒猫を抱き上げて立ち上がり、今まで座っていた椅子に黒猫をそっと置く。
そして少女の前に立ち、頭をなでてから建国の英雄が魔物を倒す詩の朗読を始めた。
昨日は淡々と読んだけれど、今日は感情をこめて強弱をつけ、時には手振りもつけ、少し歩いたりもしてみた。
読み終えると、思いがけずたくさんの拍手が上がった。
本から目を離すと、いつのまにか入所者のほとんどが揃っていて看護師達まで拍手している。
「いやぁ、すばらしかった!」
「ぜひまた聴きたいわ」
たくさんの人に見られているとは気付かず、恥ずかしさで顔が一気に熱くなったが、一番大きな拍手をしている少女の笑顔が視界に入ってきた。
「おじさん、ありがとう!英雄様に負けないように私もがんばるね!」
元気になってくれてよかった。がんばったかいがあったというものだ。
そして椅子の上の黒猫は、まったく興味がないのか完全に眠り込んでいた。
その日の夜、看護師の女性が教えてくれた。
少女は父親がいないことで学校でいじめられることがあるらしい。ここの所長も母親の事情を知った上で雇っているのだそうだ。
その事情まで問うことはしなかったが、いつも元気で明るい少女が彼女自身ではどうしようもないものを抱えているということを知った。
本の朗読会はその後も何度か開かれた。
入所者から朗読して欲しい本のリクエストがあり、事前に熟読してから朗読したこともあった。
リクエストしてくれた老婦人は、朗読の後で涙を流して私の手を握り、何度も「ありがとう」とつぶやいていた。きっとあの老婦人にとっては思い入れのある本だったのだろう。
療養所で数ヶ月過ごすうちに入所者達とも少し親しくなった。
ほとんどが私の両親よりも年上で、祖父母と同年代の人達もいる。時折話してくれる彼らの人生の出来事に思いをはせることもあった。少女とも本以外の話をすることが増えてきた。
そんな日々を重ねていくうちに、少しずつ気持ちが浮上してきているのが自分でもわかった。仕事のアイデアも次々とわいてきて、忘れないように書き留めたメモもたまってきている。
身体の方はとっくに回復していて、談話室の犬達と海岸を散歩したり、時には少女と一緒に犬達を洗ってやることもある。今なら王都にいた時よりもずっと健康だという自信がある。
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