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「ナイルはまだ冒険者になりたいって言ってるの?」
「はい。退屈な街の見回りと仕事かはすぐ逃げるのに、まったく」

 困ったようにトーニャが呟く。

「俺はこんな狭い土地で終わりたくない、絶対に外に出て大きくなってやるって、年中言ってます」
「あはは……そうなのね」

 トーニャの家系は代々ミドガル家に仕えている。
 戦争で仕事を失い、路頭で迷っていたトーニャの曽祖父を拾い、ウチで仕事を与えた。
 自分の元で働いて欲しいグラバスに対して、ナイルは親の敷いた道が気に入らないらしい。
 道と無関係でない私としては、少し複雑な心境だ。

「すみません、兄が……」
「でも、才能あるしね、ナイルには……」

 夢を追う少年、結構結構。
 剣の才能もあるみたいだし、自分を試したいと思うのも無理はない。

 そういえば、前世での彼はどうしてたんだっけ? と、ふと思う。
 というか、最後に見たのはいつだったっけ?
 大人になったトーニャは覚えている。
 だけど、ナイルの未来の姿を不思議と思い出せなかった。

「…………う、うぅむ」
「お嬢様?」

 なんだろうか、この感覚。
 とても大事な何かを私は忘れている気がする。
 集中して考えるが……思い出せない。
 いや、それどころか……。

「……あらあら」

 お菓子を食べてお腹が膨らんだせいか。
 うとうとと睡魔が襲ってくる。

 やばい、超眠い、耐えられない。
 よく食べ、よく学び、よく眠る。
 それが子供という生き物だと実感。
 そんな私を見て、トーニャが膝枕をしてくれる。

「寝ても、いいんですよ」
「で、でも……け、血糖値が、あ、あがっ、あがが」
「ど、どこで覚えたんですか、そんな言葉……いいんですよ、お嬢様はそんなこと気にしないで」

 食べてすぐ寝ちゃ駄目だ……と思ったが、抗うことはできず暗闇の中へ落ちていく。
 それからゆったりとした時間が流れ。

「お嬢様、クラリスお嬢様」

 優しく私の体を揺するトーニャ。

「むにゅむにゅ、なぁに、とーにゃ?」
「冷えてきましたし、屋敷に戻らないと風邪を引いてしまいますよ」

 寝ぼけ眼をごしごしと……。
 気づけば、空が赤くなり始めていた。
 トーニャに手を引かれ、屋敷に戻る私……すると。


「あれ、なんだか随分騒がしいですね」

 いつもより使用人たちが忙しそうにしていた。
 廊下には焦り顔のグラバスの姿もあった。

「父さん、一体何が……」
「トーニャ、すぐに来いっ!」
「……え?」
「ナイルが大怪我をしたっ!」

 先ほどまで、西の森に出かけていたナイルにまさかの事態。
 残っていた眠気が一気に吹き飛んだ。
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