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第八十三話 賭け

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 僕は目の前の紙を見て呆然としていた。久々の大失態である。久々……だよね? さっきのことをあまり深く考えていなかった僕はこの事態を想定しておらず、ただただ呆然としていた。

 時は遡る事、少し前。これから始まるのは、僕たち三人だけの初めての授業。
 そこでアマンダ先生は僕たちにある提案をした。アマンダ先生にとっては他意はなかったと思う。普通に考えても、ただ当然の事を提案しただけ。アマンダ先生はテストをしたいと言ってきたのだった。三人の学力の確認をしたい、との言葉に僕たちは断ることはしなかった。三人とは言ったけど、多分レオナとカタリナの二人のことだと思う。僕とは違って二人はいつも満点だったから。これから先の勉強をどう進めるか、それを考える為だけの提案だったんだろう。
 どうせいつも二人は満点。テストは僕たち三人だけしか受けないのだから、僕は適当に間違えれば何も問題なくテストの時間は終わる。僕は軽くそう考えて魔導具を出すことすらしなかった。

 そして今、僕たちはテストを受けている。いるのだけど、僕はその紙を見て呆然としている。

 これ、難しすぎないか? 下手したら中学レベルの問題も混じってる……
 僕はその問題を見た瞬間、そう思った。と同時にとある不安が頭を過ぎった。
 その不安とはこの問題が解けるかどうかじゃない。当然、僕は全部難なく解ける。
 ただ、レオナとカタリナは別だ。過ぎった不安は二人がどれだけ解けるのか、どこまでリアから習ったのか、だ。
 しかも、僕は授業を聞いていないから、レオナとカタリナが解けていい範囲が全くわからない。レオナもカタリナも間違えてしまう問題を、僕が解いてしまったとしたら……

 そう思った僕はチラリと二人を見る。と、二人ともかなり悩んでいるようだ。
 や、やばい……アマンダ先生、なんでこんな難しい問題を……

 ふと僕はアマンダ先生に視線を送った。するとじっと僕を見ていたので慌てて目を逸らした。

 え? もしかして何か疑われてる? いや、絶対に大丈夫なはず。僕のカモフラージュは完璧だったよね?
 と、アマンダ先生を再度チラリと見る……また目が合った……
 こ、これってずっと僕のことを見てるってこと? 本当に何か疑われてるのか? だとしたら、何処で疑われるようなことをしちゃった? 何処でしくじった? そんな考えが僕の頭を駆け巡る。

 こ、こうなったら……賭けに出るしかない……全部解かないっていう賭けだ……
 全部解かないと授業を聞いてないと言うのがバレるリスクがある。そうなると逆に今までの点数に疑問が生じてしまう。だからこれは賭けだ。授業を聞いていたら解ける問題があるのかどうかがまず賭けだし、アマンダ先生に怪しまれないかも賭けだ。でも、勘だとでもなんでもいい逃れられるしかない。下手に難しい問題を解いてバレるよりはマシだ……

 テストの時間が終わり、アマンダ先生が回収したテストに軽く目を通す。

「うーん。やっぱり難しすぎたみたいね。ざっと見た所二人とも三十点くらいかしらね。アインス君じゃ解けなくて仕方ないかな」

 か、勝った……僕は賭けに勝った……解けなくても仕方がない問題だったんだ……
 僕はアマンダ先生の言葉に心底ほっとした。ほっとした僕はアマンダ先生にこう尋ねた。

「ねぇ、アマンダ先生。そのテスト難しすぎないですか? そもそもそれ、これから学校で全部習えるんですか?」

「ううん。習わない内容も入ってるわ。王都の学者様たちが作ってるから」

「えー! そんなの僕たちが解ける訳ないじゃないですか?」

 僕の言葉にレオナもカタリナも、首がもげるんじゃないかと心配になるくらい全力で頷いていた。

「でも、それ去年の大会のテストよ。これくらい解けるようにならないとダメって事ね」

「ちなみに去年は何点が最高だったんですか?」

「……満点よ……」

 その言葉に僕は驚きの声を上げ、レオナとカタリナは息を飲んでしまう。

「嘘ですよね?」

 アマンダ先生は僕の目をしっかりと見つめ答えた。

「いえ、本当の事よ……ただ……」

「ただ?」

「二位は五十点なの。差がありすぎるのよ……一位とそれ以外の人とね。そもそも一昨年は二位でも、もっと高い点数だったんだけどね。一昨年に満点取った子がいたからそれで難しくされたみたいなの」

「え、二年連続満点なんですか?」

「そうよ、しかも同じ子。しかも、まだ今年三年だから今年も多分出るわね……」

「本当ですか? その人は誰です?」

「オアイーブ様よ。王族で王子様たちの従姉妹にあたる方ね。聖女オアイーブ様。王国の歴代一番の才女と呼ばれてるわ」

「聖女オアイーブ様か……」

「とまぁ話はそんな所かな。とりあえずちゃんと採点してくるから休憩しててちょうだいな」

 アマンダ先生はそう僕たちに伝えて教室を出ていったのだった。



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 アマンダは扉をパタリ、と、閉めたあと、一枚の紙に目を通し首をかしげた。その紙は何も答えが書いていない、アインスの紙だった。

「本当に不思議な子……アインス君は……」

 そしてアマンダは続けてこう呟く。

「なんでアインス君は、学校で全部習えるのか、と考えたんだろ。難しいのは見ればわかる。でも、だからといってこの三年間で習わないって発想になる? ううん。普通はならないわよ。普通なら難しい、でおしまい。まさかこの先、習わないなんて思わないわよね。しかも、あの言い方、習えるはずがない、って口ぶりに聞こえたわ。上級生の授業なんか一回も見たことないはずなんのに、なぜそんなことが予想出来るのかしら」

 じっとアインスの答案用紙を見つめるアマンダ。しかしすぐに諦めるかのように大きく息を吐いてから天を仰ぎながら呟いた。

「ま、これ以上考えても仕方がないわね。あの子の様子じゃ絶対に口を割らないでしょうから。でも、やっぱりあの子はとんでもないことを何か隠してる気がするわ……」
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