上 下
2 / 123

第二話 教師アマンダ

しおりを挟む
「おはよ……」

 僕はまたも誰もいない家に挨拶をした。こういう何かある時は何故か絶対に寝坊なんかしない。誰も起こしてくれないのに誰かが起こしてくれるみたいに目が覚めるんだ。

「ふぁぁぁ。眠い……」

 目を擦りながらまずは日課の墓参りをする。小屋の裏手にひっそりと建てられたお父さんとお母さんのお墓だ。僕が五歳の時にソフィアまでワインを売りに行く途中、山道から馬車が落ちて亡くなってしまった。翌日になっても帰って来ないから心配になったレンジおじさんが見つけてくれた。でも、崖から引き上げるのは難しかったらしく、お父さんもお母さんも本当はここには眠っていないんだけどね。
 その事故のせいでソフィアまでの山道は塞がれちゃってぐるっと大回りしなきゃいけないから半日もかかるようになっちゃった。
 ま、そうでなくてもここに毎日帰らなきゃいけない理由は無いから寮に入るのは変わらないんだけど。

「やっぱりここに居たのね。今日もお墓参り偉いねー」

 お墓に手を合わせていると、背後から声が聞こえた。振り返るとそこにはプラムが立っていた。

「日課になっちゃってるから。そろそろ行く時間?」

 プラムはうんうんと頷いている。僕はスっと立ち上がり、プラムと一緒に村の真ん中の大きな木に向かった。村から何人か学園に通うから、そこが集合場所だから。荷物の準備はもう出来てるから勿論一回小屋に戻って持ってくんだけどね。

「プラムは大荷物だね」

 プラムは両手いっぱいの荷物に背中にも鞄を背負っている。僕の荷物の量とは反対だ。

「ってかアーが少なすぎるんじゃない?」

「え、だって寮には大体なんでも揃ってるって聞いたよ? 休みの日に足りない物があれば取りに帰ってくればいいんだし」

 毎週末は休みなんだし、長期の休暇もある。別に季節の服とかはその時に入れ替えればいいし、わざわざ持って行く必要なんかないよね。って思って僕は最低限の荷物にしてたんだけど。

「まあ、確かにそうなんだけど……アーって何だか大人っぽいとこあるよね。おじさんみたい? 大人っぽいから村の子供達ともあんま仲良く出来ないのかなー」

 プラムが首を傾げている。大人っぽいとか関係ない。単純に僕はあまり人との会話が苦手なだけ。特に女の子は何故か苦手意識がある。この村には同い年はプラムだけだし、ずっと一緒だったから大丈夫だけど、子供達は女の子の方がちょっと多いし、会話に入りにくいんだよな。

「ま、まあ僕にはプラムが居れば……」

「あ、リオンちゃん!」

「って聞こえてないか……行っちゃった……リオンちゃんって言ったっけ? 年は一個上だったかな……まあ、僕には関係ないけど」

 プラムは僕の声が聞こえてなかったみたいで、リオンって女の子の所に走って行っちゃった。もう他にも何人か集まってるみたいで輪になって話してる。この村で僕と同い年なのはプラムだけだから、全員学園に通う先輩ってことか。馬車は来てるし中で待とうかな。
 馬車の中は……誰もいないか。荷物はもう結構置いてある。外で話してる子の荷物かな? あの辺なら荷物の影になるからあそこに座ってようかな。

 僕は荷物の影になる席を見つけてそこに腰掛けた。馬車はそこまで大きくないけど村の子供達の人数を考えると全員座ってもゆとりはあるように思える。別に僕が何処に座っても問題は無いよね。

「どうしたの? 君は皆と話さなくていいの?」

 僕は急に話しかけられて驚いた。誰かいるなんて思ってなかったから。声の方を見ると御者台に座っている人がいた。馬車の中だけ見てて気づかなかった。ここは御者台から見えちゃう位置だった。

「あ……僕はあんまり村の子供達と仲良くなくて……」

 いくら会話が苦手だと言っても話しかけられて無視するほど酷いわけじゃない。こっちから話しかけるのは苦手なだけ。
 御者台に座っていたのは女性だった。胸くらいまでのウェーブかかった金髪で、顔立ちはキリッとしていて、見惚れちゃう程の美人だ。座っているからはっきりわからないけど身長も高そう、軽鎧みたいなのを身に着けてるし女騎士と言われても納得出来ちゃう。耳が長いのでエルフかな。村にはいないし見たことないけど話は聞いたことある。

「あら、そうなの。私はアマンダ。これから君が通う学園の教師よ。君の名前は?」

「あ、アインスって言います。アマンダ……先生……でいいですか?」

 アマンダ先生が頷いている。美人だし気後れするけど話をしにくい訳じゃない。さすがに色んな生徒に教えているであろう教師なだけのことはある。

「学園のことでも何でも聞いてね」

「わかりました。ありがとうございます。ふぁぁぁ」

 僕は少し寝不足だったからか、話しやすかった安心感からかわからないが大きなあくびをしてしまった。アマンダ先生はそんな失礼なことをした僕に怒ることも無く、逆にくすくすと笑ってくれた。

「あら、学園が楽しみで寝れなかったのかしら。でも、大丈夫よ。今日は授業は無いから。この村以外から来る子達も移動で疲れてるだろうし、職位クラスの判定をしておしまい。今日の職位クラス毎に組み分けしなきゃいけないから授業自体は明後日からね。今日の疲れは明日しっかり取れるわよ」

 話は聞いていたけど、今日は職位クラスの判定だけで終わりらしい。明日も休みか。まあ、プラムと街の中を探索してもいいかな。

「あくびしちゃってごめんなさい。でも、それを聞いて安心しました。職位クラス毎に組み分けってどういう事ですか?」

「そうねえ……魔法を使った戦闘が得意な人達、武器を使った戦闘が得意な人達、そもそも戦闘が得意じゃない人達、全員同じことを同じ速度で教えるよりも、各々分けちゃった方が効率がいいから、今日の職位クラスの判定を元に大雑把に分けちゃうのよ。って言ってわかるかな?」

 アマンダ先生の言いたい事は大体理解出来たので僕は頷いた。別に魔法を使ったり、武器で戦ったりは誰でも出来ない訳じゃないけど、向き不向きはある。同じような生徒を集めた方が教えやすいのは当然だ。

「理解が早くて助かるわ。学園にも色んな生徒がいるから、アインス君みたいな子が多いと助かるんだけど……って皆揃ったみたいね。じゃあそろそろ出発します」

 アマンダ先生は馬車の中に乗り込んで来た皆を見てそう言った。その後すぐに馬車が動き出した。
しおりを挟む

処理中です...