上 下
35 / 40

三十五話 消えたヘスティア

しおりを挟む
 街まで戻ろうとアレフが一階層を歩いていると、少し焦った様子のルディアが駆け付けてきた。

「ア、アレフ! 良かった! まだ居たのね! 探してたのよ!」

「どうしたルディア? 何を焦ってるんだ?」

 アレフは眼の前で膝に手を付き、肩で息をするルディアに対して尋ねた。

「ヘスティアが居なくなっちゃったのよ!」

「どういう事だ? とりあえず落ち着いて深呼吸しろ」

 ルディアの焦りは尋常ではないと思ったが、未だ事態をはっきりと飲み込めないアレフはルディアの肩にぽんと手を置いて深く息をするように促した。

「はぁ……はぁ……ん、ありがと」

 呼吸が落ち着いて来たところでアレフはルディアに水筒を手渡した。ルディアはそれを受け取り一息に飲み干した。

「落ち着いたか? ゆっくり話せよ。ヘスティアがいないとか言ってたな」

 そう尋ねるアレフに対してルディアはゆっくりと頷いた。

「さっきヘスティアの働いている店に顔を出したのよ。いつもならもう働いてる時間だったから……でも、マスターに聞いたら来てないって。無断欠勤なんてする子じゃないのに。それであたしも心配になったし、頼まれて家まで様子を見に行ったのよ。そしたら……」

 そこまで語ってルディアは少し黙り込んだ。

「そしたら?」

 アレフはルディアにゆっくりと問い直した。暫くの沈黙が流れた後、ルディアはゆっくりと口を開いた。

「ヘスティアは居なかったのよ。でも部屋は荒らされてる訳でもなく、鍵もかかってなかった。もしかしたら誰かが寝ている間に連れ去ったとかなのかなって……」

「誰かが連れ去っただって?」

 アレフがそう言葉を返すとルディアは首を縦に振った。

「あんなにしっかりしてるヘスティアが部屋に鍵もかけないで出てくなんて。居なくなる理由も無いしそうかなって……」

「でも、どうして? 仮につれさられたとして一体誰が? 何の目的で?」

 アレフはルディアの肩をガシッと掴んでしまった。

「ちょっと痛いわよ! そんなことあたしに聞かれてもわからないわよ!」

 ルディアは状況に混乱しているせいか、大きな声をあげた。そのルディアの言葉に対してアレフはパッと肩を掴んでいた手を離した。

「ご、ごめん……そりゃそうだ……」

「あたしの方こそ怒鳴ってごめん……」

 二人とも顔を伏せ肩を落とし、暗い雰囲気が二人の間に流れた。

「と、とりあえず何か手がかりがあるかもしれないし、ヘスティアの家に行ってみよう」

 顔を上げてからそう語ったアレフの言葉に対し、ルディアも顔を上げ頷き、それを合図として二人は無言でヘスティアの家に向かい歩き出した。

「確かに変わった様子はないな……荒らされてる様子も無いし……」

 ヘスティアの家に辿り着いたアレフはぐるりと部屋を見渡してそう言った。
 確かにルディアの言っていた通り特に荒らされた様子も無く、今でもヘスティアが居ると言っても違和感を感じない程であった。

「そうなのよ……あまりにも普通過ぎてあたしも逆に怖くなって何も触れられなかった……」

 ルディアの言葉にアレフはゆっくりと頷いた。特に変わりない日常の一瞬。ただそこにヘスティアと言う居るべき者がいないだけ。ルディアが怖いと言うのも無理はないとアレフはそう思った。
 と、その時だった。

 ガシャン!

 窓が割れ、何かが室内に放り投げられた。

「誰だ!」

 アレフはすかさず外に飛び出し辺りを見渡した。

「あれは確か……ギルバートか?」

 アレフの視界に入ったのはカイトの子飼いの一人、ギルバートが走り去って行く姿であった。
 アレフは追いかけようと身構えたのだが、ルディアに呼び止められたのだった。

「アレフ! ちょっと、これ!」

 ルディアの声についアレフは一瞬振り返ってしまった。再度、ギルバートの居た場所に視線を送ると既に見えなくなってしまっていた。

「クソッ……仕方ないか。ルディア、どうした?」

 ルディアの元にアレフは向かうと、ルディアは一枚のしわくちゃになった紙を持っていた。

「これが投げ込まれたのよ……その石に巻き付けられて……」

 ルディアがふと落とした視線の先にアレフも目をやると確かに一つの石が置いてあった。

「で、なんて書いてあるんだ?」

「ヘスティアは預かった、一階層東の果てに無人の小屋があるからそこに来い。って書いてあるわ。でも、どうしてこんな……」

 ルディアはじっと手に持った紙を見つめて呟いていた。そんなルディアにアレフはポツリと呟き返した。

「カイトだ……」

「えっ?」

 ルディアはアレフが呟いた言葉に驚いて、アレフを見つめた。

「ギルバートだ、これを投げ入れたのは……走って逃げていくのが見えた。ってことは恐らくカイトの指示だろう。あのバトルの時に言ってた言葉、気になっていたがまさかヘスティアに手を出すとは……クソッ!」

 まさか自分以外に手を出してくるとは思ってもいなかったアレフは自分の不甲斐なさを悔やんだ。

「どういうことなの?」

「しばらく何も手出しをしてこなかったのは何かしら準備をしていたからだろう……それ・・が整ったから動き出したといったところか……」

 アレフはそこまで言ってから黙り込んでしまう。二人の間には重苦しい空気が流れた。

「なにそれ……じゃあヘスティアは?」

 ルディアの問いにアレフは首を横に振りながらこう答えた。

「わからない、ただ、とにかく急ごう!」

 その言葉を合図に二人はヘスティアの家を飛び出したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】お飾りの妻ですが、毎日がとっても幸せです!

久遠りも
恋愛
メーリン・シャンティは、男爵家の長女だが、家族…特に妹のシャルネから虐げられてきた。 唯一の心の支えは、婚約者のカイト。婚約者と結婚すれば、こんな生活からも抜け出せると考えていた。 婚約者と家族みんなで出席したパーティーで、メーリンは婚約者が、妹と浮気をしているところを目撃してしまう。なぜ浮気したのか問いただすと、「君を愛すのだから、君の妹も愛すのは当然だろう?」と言われた。父も母も、なぜか納得しているようだ。 そんな倫理観のない家族に絶望したメーリンは、とっさに会場を抜け出してしまった。 会場を抜ける途中で、パーティーの参加者である、リベルバ・リメール辺境伯に声をかけられた。 というのも、パーティーで、メーリンの家族からの扱いを受け、同情してしまったらしい。 そんなリベルバ辺境伯は、一つの提案をしてきた。 「自分のお飾りの妻にならないか」と。 リベルバ辺境伯の家に住めば、家族の顔を見なくて済む。 メーリンは、早く自分の家族と絶縁したかったため、その提案を呑んでみることにした。 ※ご都合主義のゆるゆる設定です。

巻き込まれ雑貨屋と美貌の中年騎士隊長さん

めもぐあい
恋愛
 王都の街で魔法雑貨屋『天使のはしご』を営むセルマは二十歳の誕生日、前世が日本人で飛び降り自殺をした人に巻き込まれ死んだことを思い出す。  亡くなった後に神様らしき人に謝られ、新しい生と一つだけ願いを叶えてもらえることになり、その時セルマが望んのは、人の役に立つ力を得ることだった。  困っている人を助ければ、自分が事件に巻き込まれることも減ると考えたのだ。  天使のはしごにはわけありっぽいお客さんが続々とやってくる。  田舎から出てきた女性は、彼氏と連絡を取り合うための道具を補充しに。  職人組合長のおじいさんは、後任人事を憂い反対勢力を知るための道具を求めに。  野良猫の親分は、支援団体の会長の家の家事が放火であることを人間に伝えるために。  家計を助けたい男の子は、早く大人になる道具を探しに。  魔法学校の女子生徒は、先生に恋をし告白の後押しとなる道具を買いに。  時にはなぜか現場によく現れる騎士隊長と一緒に、皆の悩み事や困り事を解決していくセルマ。  その隊長にも、ずっと悔やんでいることがあった。セルマの優しさによって隊長の止まっていた時が流れ出し――  悩みを抱えた人々の問題を解決しながら、雑貨屋セルマと騎士隊長リアムが、ピュアな愛を育みます。

(完結)いつのまにか、懐かれました。懐かれた以上は、私が守ります。

水無月あん
恋愛
私、マチルダは子爵家の娘。騎士団長様のような騎士になることを目指し、剣の稽古に励んでいる。 そんなある日、泣いている赤い髪の子どもを見つけて、かばった。すると、なぜだか懐かれました。懐かれた以上は私が守ります!  「無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?」のスピンオフとなりますが、この作品だけでも読めます。 番外編ででてくる登場人物たちが数人でてきます。 いつもながら設定はゆるいです。気軽に楽しんでいただければ嬉しいです。 よろしくお願いします。

【完結】悪気がないかどうか、それを決めるのは私です

楽歩
恋愛
「新人ですもの、ポーションづくりは数をこなさなきゃ」「これくらいできなきゃ薬師とは言えないぞ」あれ?自分以外のポーションのノルマ、夜の当直、書類整理、薬草管理、納品書の作成、次々と仕事を回してくる先輩方…。た、大変だわ。全然終わらない。 さらに、共同研究?とにかくやらなくちゃ!あともう少しで採用されて1年になるもの。なのに…室長、首ってどういうことですか!? 人見知りが激しく外に出ることもあまりなかったが、大好きな薬学のために自分を奮い起こして、薬師となった。高価な薬剤、効用の研究、ポーションづくり毎日が楽しかった…はずなのに… ※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))中編くらいです。

処理中です...