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フラシュ王国への道中

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 しかしエミリアのうっかりをよそに店の騒ぎは一向に収まる気配がない。このままではいい迷惑であると邪険に思うホイムに対してアカネが告げる。

「もう心配はないでしょう」
「え?」
「確かに品行方正な街中のお店とは違い暴れる輩が目立つのでしょうが、こういう厄介事を引き受ける者がいるのも宿場街の特徴ですよ」

 アカネの話が終わると同時に、殴り合う男たちがたった一人に制圧されていた。

「そこまでだ」

 現れた男は片手で一方の男の腕を捻り上げてテーブルに押し倒し、もう一方の男を片足で転ばして足で踏みつけ身動きを封じた。

「へえ」

 鮮やかな手際。店の端に追いやられていた一般の客からはまばらな拍手が起きており、ホイムもつられて手を叩いていた。

「このように宿場には用心棒がいる場合がほとんどです。商業ギルドに登録してあればそこから派遣され、そうでなければ冒険者ギルドに依頼として出されていたり、腕に覚えのある者を直接雇うこともあるそうです」

 今日もアカネペディアは絶好調である。ホイムの知らないこともすらすらと出てくる。

「それにしてもあの人強そうですね」
「ええ。最低限ブロンズ級の実力がないと用心棒は勤まりませんし」

 様々な人が訪れるからには厄介な訪問者もいて然るべき。腕の立つ者がいてくれるおかげでこうして治安が保たれているのだろう。
 用心棒がごろつきを連れて行ったおかげで落ち着きを取り戻した店内。気が付けばホイム達のテーブルにあった料理もほとんどなくなっていた。

「ごちそうさま!」

 丸焼きを食べきったルカが満足そうにお腹を撫でている。

「食事も終わったことですし、今夜の宿を探しませんか?」
「そうですね」

 アカネの進言にホイムは立ち上がり店を出る前に、隣のルカに一つお願いをした。

「エミリアさん……担いでくれる?」

 目覚める素振りのまったくない彼女を運ぶのは三人の中で一番背の高いルカに任せることにした。

「ぐう……すぴい……」

 そとはすっかり暗くなる。
 ルカの背中にはぐったりと覆い被さるエミリアの無防備な寝顔。ここまで警戒心がないのは彼女と出会ってから初めてのことであった。

「エミリア重い」
「ちょっとの間、我慢してね」

 顔をしかめるルカをホイムが宥める。

「少しは痩せればいいんですよ。このこの」

 アカネがエミリアの脇腹を軽く小突く。その程度では起きようはずもない。

「それじゃ宿を探しましょう。こういうところがいいってリクエストあります?」
「休めればどこでも構いません」
「どこでもいい」

 特にこだわりがないとのことなので、最初に空いている宿を見つけたらそこに決めてしまう腹積もりで探すことにするのだった。




 数件の宿を回ったところで部屋が一室だけ空いている宿を見つけることができたので、ホイム達はそこに宿泊することに決めた。
 一部屋に四人が泊まるのには不便しないと宿の主人は言っていたが、案内された二階の部屋は確かに広さは問題ないだろう。
 だがベッドはダブルサイズなので大人が二人横になるスペースしかない。
 とりあえず既に眠っているエミリアをそこに寝かせ、荷物をクローゼットに仕舞ったところで三人は立ち尽くした。

「もう一人ベッドに寝れますし……ソファもあるし一人はそこで寝れますね」
「四人目はどうしましょうか」

 ホイムとアカネが首を捻っていると、ルカがニコニコしながら言ってきた。

「ルカは床でいい。毛布だけあればいい」
「それはダメだよ。床で寝るなら僕が……」

 宿場を訪れるまでは一番休養が必要だったルカが申し出るものだからホイムは気を遣ったが、

「それなら私が床で寝ます」

 今度はアカネがホイムを労おうとする。
 結局譲り合おうとするやり取りが続き堂々巡りとなったので、一旦寝場所についての話は切り上げることになった。

「それじゃ時間も時間ですし、浴場にでも行きます?」
「いいですね。是非行きましょう」
「ルカは?」
「行きたい!」
「なら僕は留守番しておきます」
「一緒に行かないのですか!」

 驚いた様子で詰め寄るアカネに対して言い聞かせるようにホイムが口を開く。

「あの状態のエミリアさんを一人放置していくわけにもいかないと思いますし」

 ホイムの視線の先にはぐうすかと眠り泥のようにベッドに張りつくエミリアの怠惰な姿がある。心配に感じてしまうのも仕方のないことであろう。

「……それなら私が残ります」
「アカネさんが?」
「何か嫌な予感がします。ホイム様とエミリアを同じ部屋に残していくことに、何か予感が……」
「考えすぎじゃないですか?」

 よもやあの状態のエミリアに襲われてしまう……などと考えてしまっているのか。
 流石にそれはないだろうと笑って受け流そうとするホイムと比べ、アカネはとても真剣な面持ちであった。

「私の思い込みならそれで結構です。ですが今日のところはどうぞお二人で」

 そう言うのなら断る理由もなく、ホイムはルカと一緒に宿から数件離れた宿場街唯一の大衆浴場に向かうことを決めたのだった。
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