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フラシュ王国への道中
足を止めました
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パルメティを発って数日。
ホイム一行は早いペースではないものの、着実に目的地への道を進んでいた。
普段は慣れたエミリアが竜蜥騎の手綱を取り荷車を牽引し、食事を経るか疲れたりすればアカネ、もしくはホイムに代わり進み続ける(ホイムに操縦を教えたのはアカネが手取り足取りでエミリアは口出しするだけであった)。
竜蜥騎の足が止まるのは日に数度の食事と夜の短時間の休息のみ。それ以外は逞しい脚でホイム達を運び続ける。
適度な休息を挟めばおよそ疲労とは無縁に牽引してくれるはずであり実際にそうだったのだが、先に音を上げたのは幌の付いた荷車で延々運ばれるだけの役を負った方であった。
「……」
「ほらエミリアさん。集中ですよ集中」
荷車の中、胡座をかいてリラックスする軽装のエミリアにホイムの声が飛ぶ。
エミリアの内にある魔術の素養と向き合うためにホイムが行わせていたのは気を静め、瞑想させることであった。
目的地に着くまでの限られた時間の中、本格的な魔法の行使に急いで入りたいところではあるが急いては事をなんとやらである。
まずは時間をかけてでも自分の中にある力に触れるイメージを掴んでもらおうということである。
ホイム自信はフォトナームに招かれた時点で意識することなくキュアを使えるようになっていたので、エミリアに施しているのが正しい指導法であると確信はなく、事実この世界で魔法を学ぶ際の手順を幾つもすっ飛ばしてはいるのであるが、エミリアが正規の指導で魔法に馴染めなかった点、そしてホイムが指導者ではなくこの世界の常識から外れた存在である点からも、フォトナームの方式に則った方法で学ぶ事などさしたる意味は持たない。
先に述べたようにそれほど時間もないのだから。
「……」
そして筆頭騎士という称号を得たことのあるエミリアの集中力は桁外れであり、ホイムの課した瞑想も難なくこなし、何度も自分と向き合っている。
「……なあ」
だがここに来て若干集中力が乱れているのは、視界の隅で美しい銀色の毛並みを持つ狼がぐでっとひっくり返って伸びているせいであった。
「ルカは大丈夫なのか?」
彼女こそ、車輪付きの乗り物での慣れない旅に真っ先に音を上げてへばってしまった張本人である。
「……じゃないでしょうね」
これ以上続けるのは難しいかと判断したホイムはエミリアへの指導を一旦止め、まったくもって静かになってしまった狼少女を抱きかかえた。
「ルカー? 生きてる?」
クウンクウンと力ない返事が返ってくる。体調は思わしくなさそうだ。
「ホイムよ。一度足を止めてしっかりとした休養を取ったほうが良いのではないか?」
「そうですね……。目的地に着いた時にこの調子が続いていたらまずいですし」
でも。
とホイムはエミリアを見上げる。
彼女は大きく頭を振った。
「構わんさ。急ぎ赴きたいのは山々だ……が、万全の態勢でなければ意味がない」
それに。
と彼女は続けた。
「道程も半ばに差し掛かった頃合いだ。長めに休みを取るのなら今が良かろう」
エミリアは落ち着いた様子である。
一番急ぎたいはずの彼女が冷静に状況を顧みてそう進言してくれるのならば、甘えさせてもらおうとホイムは判断した。
「じゃあ程よい場所でキャンプを張ることにしましょうか」
その言葉にエミリアは顎に手を当て思案し始めた。
「それでも構わんがおそらくもう少し行けば……」
「ホイム様」
その時、竜蜥騎を操っていたアカネが幌の外から話しかけてきた。
「もうしばらく行けば宿屋街があるそうですよ。看板が立っております」
「宿屋街か……」
幌から顔を出したホイムが言葉を繰り返しながら道の脇に目をやると、確かに小さな立て看板に「この先宿あり」と書かれている。
ホイムには覚えがあった。
勇者一行と共に旅をしていた時、道中はなにも野宿ばかりではなかった。
道すがらに民家や牧場に宿を借りることもあれば、ぽつんと立つ宿屋や幾つもの宿が寄り集まっている宿場街に寄ることもあった。
殆どの場合はホイム――当時保井武以外の者が上等な部屋を取り、彼は一人外に放り出されてばかりであったので、実際のところどういった場所なのかは朧気にしか知らないのであるが。
「やはり。逃亡生活を強いられていた際にこの近くに宿があったような記憶があったのだ。その時は泊まりはしなかったが」
ホイムに続いて彼女も顔を出す。その際におっぱいがホイムの頭の上に乗っかってしまうのは不可抗力である。
「泊まらなかったのは警戒してたからですか?」
上を見上げてもおっぱいに阻まれてエミリアの顔を窺うことはできない。ホイムはそっと目を伏せた。
「ああ。一人では流石にな……しかし皆がいれば、私くらいは顔を隠していても平気だろう」
「どうされます? ホイム様」
ホイムは少し考えた。
「旅の資金は大丈夫そうですか?」
「ええ。四人で一泊する程度なら問題はございません」
なら。
とホイムは抱きかかえたルカのためにもと答えを出した。
「今日はそこで休みましょう」
一行のリーダーは今日一晩はきちんとした建物で休憩することを決めた。
アカネとエミリアも表立って言葉にはしなかったが、了承する声色にほんの少し喜びの色が交じっているようであった。
(ルカもだけど、みんな少しでもリフレッシュできればいいな)
と考えるホイムの視線の先、夕焼けに照らされる宿場街の光景が姿を現してきた。
道の左右に並び立つ建物の群れは、荒野においてその一画だけが異質な空間に見えなくもなかった。
ホイム一行は早いペースではないものの、着実に目的地への道を進んでいた。
普段は慣れたエミリアが竜蜥騎の手綱を取り荷車を牽引し、食事を経るか疲れたりすればアカネ、もしくはホイムに代わり進み続ける(ホイムに操縦を教えたのはアカネが手取り足取りでエミリアは口出しするだけであった)。
竜蜥騎の足が止まるのは日に数度の食事と夜の短時間の休息のみ。それ以外は逞しい脚でホイム達を運び続ける。
適度な休息を挟めばおよそ疲労とは無縁に牽引してくれるはずであり実際にそうだったのだが、先に音を上げたのは幌の付いた荷車で延々運ばれるだけの役を負った方であった。
「……」
「ほらエミリアさん。集中ですよ集中」
荷車の中、胡座をかいてリラックスする軽装のエミリアにホイムの声が飛ぶ。
エミリアの内にある魔術の素養と向き合うためにホイムが行わせていたのは気を静め、瞑想させることであった。
目的地に着くまでの限られた時間の中、本格的な魔法の行使に急いで入りたいところではあるが急いては事をなんとやらである。
まずは時間をかけてでも自分の中にある力に触れるイメージを掴んでもらおうということである。
ホイム自信はフォトナームに招かれた時点で意識することなくキュアを使えるようになっていたので、エミリアに施しているのが正しい指導法であると確信はなく、事実この世界で魔法を学ぶ際の手順を幾つもすっ飛ばしてはいるのであるが、エミリアが正規の指導で魔法に馴染めなかった点、そしてホイムが指導者ではなくこの世界の常識から外れた存在である点からも、フォトナームの方式に則った方法で学ぶ事などさしたる意味は持たない。
先に述べたようにそれほど時間もないのだから。
「……」
そして筆頭騎士という称号を得たことのあるエミリアの集中力は桁外れであり、ホイムの課した瞑想も難なくこなし、何度も自分と向き合っている。
「……なあ」
だがここに来て若干集中力が乱れているのは、視界の隅で美しい銀色の毛並みを持つ狼がぐでっとひっくり返って伸びているせいであった。
「ルカは大丈夫なのか?」
彼女こそ、車輪付きの乗り物での慣れない旅に真っ先に音を上げてへばってしまった張本人である。
「……じゃないでしょうね」
これ以上続けるのは難しいかと判断したホイムはエミリアへの指導を一旦止め、まったくもって静かになってしまった狼少女を抱きかかえた。
「ルカー? 生きてる?」
クウンクウンと力ない返事が返ってくる。体調は思わしくなさそうだ。
「ホイムよ。一度足を止めてしっかりとした休養を取ったほうが良いのではないか?」
「そうですね……。目的地に着いた時にこの調子が続いていたらまずいですし」
でも。
とホイムはエミリアを見上げる。
彼女は大きく頭を振った。
「構わんさ。急ぎ赴きたいのは山々だ……が、万全の態勢でなければ意味がない」
それに。
と彼女は続けた。
「道程も半ばに差し掛かった頃合いだ。長めに休みを取るのなら今が良かろう」
エミリアは落ち着いた様子である。
一番急ぎたいはずの彼女が冷静に状況を顧みてそう進言してくれるのならば、甘えさせてもらおうとホイムは判断した。
「じゃあ程よい場所でキャンプを張ることにしましょうか」
その言葉にエミリアは顎に手を当て思案し始めた。
「それでも構わんがおそらくもう少し行けば……」
「ホイム様」
その時、竜蜥騎を操っていたアカネが幌の外から話しかけてきた。
「もうしばらく行けば宿屋街があるそうですよ。看板が立っております」
「宿屋街か……」
幌から顔を出したホイムが言葉を繰り返しながら道の脇に目をやると、確かに小さな立て看板に「この先宿あり」と書かれている。
ホイムには覚えがあった。
勇者一行と共に旅をしていた時、道中はなにも野宿ばかりではなかった。
道すがらに民家や牧場に宿を借りることもあれば、ぽつんと立つ宿屋や幾つもの宿が寄り集まっている宿場街に寄ることもあった。
殆どの場合はホイム――当時保井武以外の者が上等な部屋を取り、彼は一人外に放り出されてばかりであったので、実際のところどういった場所なのかは朧気にしか知らないのであるが。
「やはり。逃亡生活を強いられていた際にこの近くに宿があったような記憶があったのだ。その時は泊まりはしなかったが」
ホイムに続いて彼女も顔を出す。その際におっぱいがホイムの頭の上に乗っかってしまうのは不可抗力である。
「泊まらなかったのは警戒してたからですか?」
上を見上げてもおっぱいに阻まれてエミリアの顔を窺うことはできない。ホイムはそっと目を伏せた。
「ああ。一人では流石にな……しかし皆がいれば、私くらいは顔を隠していても平気だろう」
「どうされます? ホイム様」
ホイムは少し考えた。
「旅の資金は大丈夫そうですか?」
「ええ。四人で一泊する程度なら問題はございません」
なら。
とホイムは抱きかかえたルカのためにもと答えを出した。
「今日はそこで休みましょう」
一行のリーダーは今日一晩はきちんとした建物で休憩することを決めた。
アカネとエミリアも表立って言葉にはしなかったが、了承する声色にほんの少し喜びの色が交じっているようであった。
(ルカもだけど、みんな少しでもリフレッシュできればいいな)
と考えるホイムの視線の先、夕焼けに照らされる宿場街の光景が姿を現してきた。
道の左右に並び立つ建物の群れは、荒野においてその一画だけが異質な空間に見えなくもなかった。
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