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獣狼族の森

抱きました

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 その夜。
 森を抜けるまで後どれくらいかかるか正確に分からない状況で無理に進むこともない。
 いつものようにテントを張り、食後はすぐにその中で横になった。
(お互い完調にはもう少し必要かな……)
 まだ体の芯には少なからず疲労がある。だから無理をすることはないのだ。

「……」

 それはそうと、一つの毛布を二人でシェアして寝ている状況でホイムは少しだけ落ち着きがなかった。
 背中を向けて横になっているアカネを横目に、ホイムは声をかける。

「えっと……起きてますか?」

 少し身じろぎしてから小さな返事が返ってくる。
 ただしこちらを振り返ろうとはしないことに、ホイムはおずおずと口を開く。

「……まだ怒ってるんです? その、マールフレアさんのこと」

 あの会話をして以降、二人の間には微妙な距離感があった。
 ホイムは状況が仕方ないとはいえマールフレアと二人で話をしていたことがアカネの機嫌を損ねてしまったのだと思い弁明しようとしていたのだが、そうではないとアカネは首を振った。

「私は、ホイム様を魔人の男からお守りすることはできなかったのです……」
「あ、なんだその事ですか」

 ホイムの予想とは違いマールフレアが原因ではなかった。

「こうして無事だったんですから全然いいじゃないですか」
「よくありません……」

 声には力がなく、大分気落ちしているようであった。

「私もルカも力が及ばず、挙げ句に気絶。マールフレアという者がいなければどうなっていたことか」
「アカネさん……」
「いけませんね。結局私は、ホイム様を守り通した魔人の女に、感謝と……嫉妬をしているのです」

 アカネは体を抱えるように丸まってしまった。
 思ったよりも深く落ち込んでいる様子にホイムは困ってしまうが、同時に可愛らしくも思うのであった。

「アーカネさん」

 毛布の中にあった隙間を埋めるようにアカネの背中にピッタリと寄り添うと、その体に手を回した。

「お止めください……今慰められると、余計惨めになっちゃいます」

 ぐすんと鼻を鳴らすアカネの姿が一層かわいく見えるホイムであった。

「僕がアカネさんを慰めたいんです。……本当に嫌なら止めますけど」

 そんな言い方はずるいです。
 アカネは小さく呟いた。

「嫌なわけありません。ただ」
「ただ?」
「優しくされると、弱くなってしまう気がして……」
「優しくされたくない?」
「慣れていないのです」

 それを聞いたホイムはアカネを抱く腕に少しだけ力を込めた。

「優しくされて弱くなる力なら、僕は必要ないと思います」

 厳しい修行や修練などは必要なことである。
 しかし今の彼女には受け止めてあげられる優しさが必要なのだとホイムは思っていた。

「最初にテントで一緒になった時に言ったこと、覚えてますか?」
「……はい」
「アカネさんが一緒なら何処かで暮らすのも悪くないって。今でもそう思ってます……でもアカネさんが望むなら、僕は一緒に強くなりたいです」
「ホイム様……」
「魔人なんかに負けないくらい、僕たちなら強くなれる気がします。二人一緒なら」

 そう言える理由はある。ホイムの成長に限界はない。
 だがそう言える根拠はない。今現在の二人の力量は魔人の兄妹のどちらにも遠く及ばない。
 しかしそう言える信頼はある。二人なら互いに高め合っていけるとホイムは信じているのだ。

「私は……ホイム様を守れるよう、誰よりも強くありたいと思います」
「僕もアカネさんを守れるくらい強くなりたいです」

 アカネの体に回すホイムの手に、彼女の手が重ねられた。

「フフ。それじゃあ私がホイム様を守れなくなるじゃないですか」

 小さな笑い声であったが、ようやくアカネの口から笑みが聞こえた。
 ホイムも彼女の気持ちが晴れてきたことに表情を和らげていた。

「……そちら、向いてもいいですか?」

 決まっている答えをホイムが言う前にアカネがもぞもぞ体を反転させ、テントに入ってからようやく二人は向き合えた。

「ありがとうございます」

 礼を言うのと一緒にホイムの顔を胸に抱き寄せていた。

「むぐむぐ……」

 二人が初めてテントで遭遇した時と同じ姿勢。ただし今はお互い服を着込んでいる点が違っている。
 胸の谷間から生還したホイムはアカネの顔を見上げ、アカネもまた素顔のままホイムを愛おしく見下ろしていた。
 少しだけ上ずった声で顔を紅くしたホイムが口を開く。

「あの」
「はい?」
「ドラゴンの元へ行く前日……テントでした約束覚えてますか?」

 アカネもまた頬を染め、気恥ずかしそうに頷いた。

「じゃ、その……えっと!」

 照れ臭くしどろもどろになりそうだったホイムだが、今夜はなし崩し的な感じではなく、しっかりはっきり男らしく彼女を口説いた。

「抱かせてください!」

 捻りも何もない誘い文句だったが、それで十分伝わるのだった。

「はいっ」

 紅潮して応じるアカネに我慢できず、ホイムは自分から積極的に口づけしにいくのでした。




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