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最初の町
襲われました
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外は静かに風が吹き、ぱらぱらと雨足が強くなりそうであった。
窓枠が風でガタンと揺れる音。ホイムはふとそれに気付いて瞼を開けていた。
「……」
そのまま黙って息を潜める。今しがた自分の意識がはっきりとしてしまったことを悟られぬように。
……部屋の中に誰かいる。
そのことをようやく察知していた。
入ってきたのが宿の者ならば、ここまで接近を許してしまう前に気配で目が覚めていたはずだ。
それがなかった以上、部屋に入ってきた何者かはホイムの察知スキルを上回る潜入のためのスキルを有してここまで近付いていたのだと悟り、相当の手練であることを確信していた。
扉の側にいた人物は足音すらなくホイムの潜むベッドに近付いてくる。
寝息を立てるフリをして相手の出方を窺うホイムの頭上で白刃が煌めき、こんもりと盛り上がる布団の中央に刃が突き立った。
「――?」
人の体を貫くはずの刃。
しかしそこに手応えがないことに気が付いた侵入者はベッドの細工が罠だと気付き、瞬時にそこから飛び退こうとした。
良い判断だが、
「遅い!」
ベッドの下に潜んでいたホイムの手がそいつの足首を掴む方が早かった。
「キュア!【麻痺】」
「ぐッ!」
ホイムのキュアの癒やしは体の神経も難なく癒やす。彼に癒せぬものはない。その神経を癒やす力に、回復術創造で神経に微弱な電流の流し動きの自由を奪うように開発したのが【麻痺】である。
体の自由を奪われた侵入者がベッドに倒れ込んだところで、下から這い出してきたホイムはその女の姿を確認した。
それは暗い紫色の忍び装束を身にまとった東方の暗殺者――忍者であった。
女の顔は覆面で隠され、暗い室内ということもあってその正体ははっきり分からない。
「残念だったな。仕事は失敗だ」
ホイムはベッドに突き立つ刀を引き抜くと、部屋の隅に放り投げた。
ベッドにあった膨らみは彼のローブや宿の枕を使って作り上げたダミーであった。
「キュア【再生】」
刃で穴の空いた布団や枕は、彼の呪文で綺麗に元通りとなった。これで宿の備品を壊して迷惑をかけたことにはならない。
「さて……おっと」
仰向けに転がる暗殺者に目を向けた時、その手がホイムの首目がけて伸びてきた。
しかし麻痺がしっかりと効いているので身体能力がさほど高くはないホイムでも簡単に避けることができた。
「まだ動けるなんて驚きだ。でもちゃんと大人しくしてもらわないと、正体も探れない」
ベッドの上で謎の暗殺者に覆いかぶさるホイム。小柄な彼でも片手で相手の両手首を頭上で押さえつけてしまうことができる。
ホイムのもう片方の手が女の覆面に伸びるが、決死の覚悟で抵抗を続けてくる。
暴れている内に二人の体勢が二転、三転と入れ替わり、いつの間にか逆にホイムが組み伏せられていた。
「はぁ……はぁ……」
(あれ……僕ピンチ?)
麻痺一発だけではしっかりと相手の体の自由を奪えなかったようである。
息を荒げながら、女の指がホイムの首に絡みつこうとしてくる。
「くっこの……!」
ホイムにマウントを取って跨がって懸命に攻めようとする女に、このままでは命が危ないと必死で抵抗するホイム。
二人が暴れるたびに宿屋のベッドがギッシギッシと激しく音を立てる。その音に紛れて、廊下を誰かが踏み鳴らしてくる足音にどちらも気付いていなかった。
「ああもう、ならもう一発……キュア【麻痺】」
麻痺の効きがイマイチだったことを省み、相手の抵抗力が高かったのではと思ったホイムが今度は相手の腰を両手で掴みちょっと強めにキュアを唱えた。
その時扉が開く音。ギシギシ音が気になったリナが部屋の扉を開けたのだ。
「ホイムさん……? 大丈夫ですか?」」
「ひゃぁア!」
リナが中を覗くのと、窓枠の向こうでピカッと一瞬光った雷光が、ホイムに跨ったスタイルのいい女性が背中を仰け反らせて崩れ落ちていく様子を映し出すのはほぼ同時だった。
「あ、ああああああごめんなさい!」
「いや、あ、ちょっと!」
あらぬ誤解をして顔を紅くしたリナはホイムの言い訳を聞く間もなくバタバタと走り去っていった。
「……」
ようやく顔を合わせたと思ったら、よりにもよってこんなシーン。きっとおそらく間違いなく幻滅されたと思い込み、ホイムの繊細な心は傷ついた。
「それもこれも……」
どこからか侵入してきたこの暗殺者のせいだ。
「何者だよあんたは」
怒りの矛先を向けた暗殺者の顔に手を伸ばし、正体を隠す覆面を剥ぎ取った。
小柄なホイムに体を預け、全身麻痺で苦悶に濡れる彼女の表情を見た瞬間、ホイムの思考は固まった。
「…………受付嬢……さん?」
お昼に笑って接してくれたはずの彼女が、彼に凶刃を向けていたのだった。
窓枠が風でガタンと揺れる音。ホイムはふとそれに気付いて瞼を開けていた。
「……」
そのまま黙って息を潜める。今しがた自分の意識がはっきりとしてしまったことを悟られぬように。
……部屋の中に誰かいる。
そのことをようやく察知していた。
入ってきたのが宿の者ならば、ここまで接近を許してしまう前に気配で目が覚めていたはずだ。
それがなかった以上、部屋に入ってきた何者かはホイムの察知スキルを上回る潜入のためのスキルを有してここまで近付いていたのだと悟り、相当の手練であることを確信していた。
扉の側にいた人物は足音すらなくホイムの潜むベッドに近付いてくる。
寝息を立てるフリをして相手の出方を窺うホイムの頭上で白刃が煌めき、こんもりと盛り上がる布団の中央に刃が突き立った。
「――?」
人の体を貫くはずの刃。
しかしそこに手応えがないことに気が付いた侵入者はベッドの細工が罠だと気付き、瞬時にそこから飛び退こうとした。
良い判断だが、
「遅い!」
ベッドの下に潜んでいたホイムの手がそいつの足首を掴む方が早かった。
「キュア!【麻痺】」
「ぐッ!」
ホイムのキュアの癒やしは体の神経も難なく癒やす。彼に癒せぬものはない。その神経を癒やす力に、回復術創造で神経に微弱な電流の流し動きの自由を奪うように開発したのが【麻痺】である。
体の自由を奪われた侵入者がベッドに倒れ込んだところで、下から這い出してきたホイムはその女の姿を確認した。
それは暗い紫色の忍び装束を身にまとった東方の暗殺者――忍者であった。
女の顔は覆面で隠され、暗い室内ということもあってその正体ははっきり分からない。
「残念だったな。仕事は失敗だ」
ホイムはベッドに突き立つ刀を引き抜くと、部屋の隅に放り投げた。
ベッドにあった膨らみは彼のローブや宿の枕を使って作り上げたダミーであった。
「キュア【再生】」
刃で穴の空いた布団や枕は、彼の呪文で綺麗に元通りとなった。これで宿の備品を壊して迷惑をかけたことにはならない。
「さて……おっと」
仰向けに転がる暗殺者に目を向けた時、その手がホイムの首目がけて伸びてきた。
しかし麻痺がしっかりと効いているので身体能力がさほど高くはないホイムでも簡単に避けることができた。
「まだ動けるなんて驚きだ。でもちゃんと大人しくしてもらわないと、正体も探れない」
ベッドの上で謎の暗殺者に覆いかぶさるホイム。小柄な彼でも片手で相手の両手首を頭上で押さえつけてしまうことができる。
ホイムのもう片方の手が女の覆面に伸びるが、決死の覚悟で抵抗を続けてくる。
暴れている内に二人の体勢が二転、三転と入れ替わり、いつの間にか逆にホイムが組み伏せられていた。
「はぁ……はぁ……」
(あれ……僕ピンチ?)
麻痺一発だけではしっかりと相手の体の自由を奪えなかったようである。
息を荒げながら、女の指がホイムの首に絡みつこうとしてくる。
「くっこの……!」
ホイムにマウントを取って跨がって懸命に攻めようとする女に、このままでは命が危ないと必死で抵抗するホイム。
二人が暴れるたびに宿屋のベッドがギッシギッシと激しく音を立てる。その音に紛れて、廊下を誰かが踏み鳴らしてくる足音にどちらも気付いていなかった。
「ああもう、ならもう一発……キュア【麻痺】」
麻痺の効きがイマイチだったことを省み、相手の抵抗力が高かったのではと思ったホイムが今度は相手の腰を両手で掴みちょっと強めにキュアを唱えた。
その時扉が開く音。ギシギシ音が気になったリナが部屋の扉を開けたのだ。
「ホイムさん……? 大丈夫ですか?」」
「ひゃぁア!」
リナが中を覗くのと、窓枠の向こうでピカッと一瞬光った雷光が、ホイムに跨ったスタイルのいい女性が背中を仰け反らせて崩れ落ちていく様子を映し出すのはほぼ同時だった。
「あ、ああああああごめんなさい!」
「いや、あ、ちょっと!」
あらぬ誤解をして顔を紅くしたリナはホイムの言い訳を聞く間もなくバタバタと走り去っていった。
「……」
ようやく顔を合わせたと思ったら、よりにもよってこんなシーン。きっとおそらく間違いなく幻滅されたと思い込み、ホイムの繊細な心は傷ついた。
「それもこれも……」
どこからか侵入してきたこの暗殺者のせいだ。
「何者だよあんたは」
怒りの矛先を向けた暗殺者の顔に手を伸ばし、正体を隠す覆面を剥ぎ取った。
小柄なホイムに体を預け、全身麻痺で苦悶に濡れる彼女の表情を見た瞬間、ホイムの思考は固まった。
「…………受付嬢……さん?」
お昼に笑って接してくれたはずの彼女が、彼に凶刃を向けていたのだった。
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