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「やっとこの時期がきたか」


  年に二回ある、夏と冬の連休の夏のほうだ。
  生活の為に働く、退屈でありながらも忙しい毎日を送る中、数少ない楽しみである俺の趣味を行う為の、貴重な休暇だ。もちろん有給も使って日数を増やす事も忘れない。

  俺の趣味とは?狩猟だ。
  何故趣味が狩猟なのか?これには今は亡き祖父の影響が多大にある。

    

  俺には両親との思い出が一切無い。
  俺が乳離れをしてから暫くして、両親は俺を母方の祖父母に預け、夫婦水入らずの温泉旅行に出掛けたらしいのだが、その旅行先で交通事故に遇い、帰らぬ人となってしまった。
    
  父方の祖父母は既に他界していたため、そのまま母方の祖父母に育てられる事になったのだが、祖母が俺の5歳の時に亡くなった時から、祖父が自分の趣味である狩猟に俺を連れていくようになった。

  俺の伯父の小さい時にも祖父は同じように、山へと狩猟に連れだし自分の趣味仲間にしようと画策したらしいのだが、その時は祖母が全力で邪魔をしたらしい。
  それはそうだろう。大人でも山では油断が思わぬ事故に繋がるのに、年端もいかぬ子どもを山登り処か狩猟に連れ出そうなんて、現代日本では考えないだろう。

  そんな訳で、祖母というストッパーがいなくなり、ここぞとばかりに息子に出来なかった事を孫の俺に行おうと、俺の意思を無視した祖父の狩猟教室が始まった。
  あの時のニヤリと嗤う祖父の顔は今でも忘れてはいない。



  まだ俺が5歳だったにも関わらず、祖父の教えは最初から厳しかった。
  山の歩き方、植物の知識、狩猟武器の手入れの方法、罠の仕掛け方と見つけ方、獲物の解体の手順と解体後の処置などの知識面からまず仕込まれ、小学生になると体力作りを学校帰りや休みの日にみっちりやらされた。

  中学になると俺の外見は他の子供達から浮くほどがっちりと鍛えられていたが、それを生かす為に部活動に入る。なんて事も許されず、学校が終わると即帰宅して祖父の道場へ。(その頃は既に年金と貯蓄で生活していたが、六十を過ぎて看板をたたむまでは武術を教えていたらしい)

  この頃になると祖父の教えは更に厳しさを増し、模擬戦と称して叩きのめされ、徒手空拳から始まり、あらゆる武器の使い方とその対処法を体に教え込まされた。
  完璧に児童虐待だったよなぁ…。

  格闘や刀、槍や弓の使い方まで覚える必要があるのか?祖父に言わせればあるらしい。
  そもそも祖父が狩猟趣味に走ったのは、身につけた武術を生き物に全力で使ってみたかったのがきっかけだったようだ。
  流石に人に全力を出して、殺してしまってはまずいという事で、熊にでも試そうと思ったのが始まりらしい。
  そしてその考えを当然とばかりに俺に押し付けにきた訳だ。



  高校へ進学。
  基本的に中学と変わらず、日々を勉学と鍛練に費やし、息抜きにネット小説なんぞを読みながら過ごしていたが、その年の夏休みは今までと違った。

  今までは、夏休みや冬休みに祖父に連行されるのは、日本の何処ぞの山だったのだが…。その年はいきなりパスポートを取らされ、連れて行かれたのはなんとアマゾン。
  この時に遅まきながら確信した。このジジイは狂ってやがる!と。

  それまでに仕込まれた知識と、鍛えた肉体のお陰で何とか生還できたが、危険な場面はいくつもあった。

  見るからにヤバイ虫に刺されそうになったり、足を踏み入れた場所が底無し沼だったり、寝起きに毒蛇が腹の上を這っていたりと、始めての海外でのサバイバルは散々だった。

  正直狩猟どころではなかったが、祖父はそんな俺を尻目に何処からか調達してきた果物や肉を焼いて食べながら、危険な目に遭う俺を指差しながら笑っていやがった。

  今にして思えば、それは負けん気が強い俺の性格を熟知した祖父がわざと取った態度だったのだろう。そして俺はそれにまんまと引っ掛かり、祖父への対抗心を燃やしていた。



  高校一年の冬、北極にてホッキョクグマと格闘戦を行い、怪我を負いながらも貫手で咽を刺殺し、巨大なセイウチを遠くから弓で狙撃して頭を撃ち抜いた。
  二年の夏にはサバンナでチーターと追いかけっこから罠にハメ、ヌーの群れに刀一本で切り込み、槍投げで象を仕留めた。(密猟じゃねぇの?と思ったが、その辺は祖父が様々なコネを使って何とかしていた)
  二年の冬にはホオジロザメの生息する海域に出向き、多数のサメを相手に水中戦を繰り広げた。

  三年の夏にリベンジでアマゾンへ。
  巨大アナコンダの首を大斧で叩き斬り、ピラニアを手掴みで取り、吸血コウモリを投げナイフで仕留めた。
  この頃になると、俺自身がサバイバル狩猟生活を楽しみ始め、祖父と次は何処に行こうかと、笑い合いながら相談するまでに成長していた。



  高校を卒業し、大学には行かずに工場に勤め、有給や連休を使い、祖父と共に狩猟を楽しんだ。
    
  筋骨隆々で浅黒く焼けた俺は、見た目がまず怖い、そして休日は狩猟の準備や鍛練に消費していたために付き合いも悪く、特に親しい友人ができる事もなかった。
  女性関係についても、狩猟趣味を理解してくれる人などおらず、付き合うまではスムーズにいくのだがその後が長続きしなかった。
  その為、余計に趣味に傾倒していく事になったのだが、その事については俺は全く後悔していない。



  そして二年前、祖父が他界した。
  このジジイいつかぶっ殺す!なんて思った事もあったが、俺自身が狩猟好きになった頃にはそんな感情が出る事など皆無で、大事な祖父であり趣味仲間でもあった為に、祖父が死んだときには号泣してしまった。祖父の地獄のシゴキや大怪我を負った時でさえ一度も泣かなかったが、三日三晩泣き続けた。
  両親の記憶の無い俺にとっては父親でもあったからだ。

  葬儀や諸々の面倒事を片付けた後、気持ちを切り替えた。
  祖父の趣味を継承し、狩猟を楽しみ生きようと。



  それから二年後の現在、祖父がいなくなり一人で行動するようになったが、危なげなく狩猟を続けている。
  今も今回の獲物を求め、飛行機に乗って移動中だ。
  座席の背にもたれながら、もう地球上に俺が手こずるような場所や生物はいないのかなぁ。と考えていた。

  そんな事を考えていたからだろうか?



  俺の乗る飛行機が、乗客を乗せたまま異世界に転移した。
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