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69 ハッピーエンド

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けがれた魔物を封じたことでマハ王国は清浄の地に戻った。記憶を取り戻したルヒカンド王国の協力の元、マハ王国は急ピッチで復興が進んでいた。

魔物によって大部分が破壊された第一王宮に代わり、第二王宮でマハ王に即位した天藍が国事の采配を振っていた。第二王宮の塔の上から、天藍と王大后が復興工事の様子を一望している。

「今日はよい天気だこと。美しい王都がよく見える。工事の指揮をとっているルヒカンドの王太子は側近たちの間でとても評判がいいそうね。聡明で指示が的確だと」

「ふふ、よく頑張ってくれているようです。母上、翡翠と王太子はあれからどうです?」

「あのままですよ。もどかしくて仕方がないわ」

王太后は王となった息子にため息混じりに愚痴をこぼした。翡翠と王太子が相思相愛であることは王太后も承知していた。ルシウスの悪事については天藍から知らされ相当なショックを受けたが、頼りになる天藍が生きて戻ったことで王太后は気力を取り戻すことができていた。

「王太子はルヒカンドで翡翠が虐げられていた時も頻繁に保護してくれたそうね。翡翠には辛い思いを沢山させてしまったから、その分想い人と幸せになって欲しいのに」

「全く同感ですよ。ではあの話をふたりにしてもよいですね?」

「もちろん。王はあなたなのです。思うようになさい」

天藍は母にうなずき、そばに控えている宰相に命じた。

「謁見の間に王太子と翡翠を呼んでくれ」


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第二王宮の謁見の間に王太子がやって来た。玉座に座った天藍の横に翡翠が立っている。

王太子と翡翠は互いの姿を認め目が合うと、恥ずかしそうにうつむいた。復興工事の指揮をとっている王太子は多忙を極めていたため、ふたりは久々の再会であった。

天藍は最近のふたりの様子を観察し、じれったい思いを抱えていた。翡翠が王太子と両思いであるのに関係が全く進展せずにいることを兄として放っておけなくなっていた。

「とっくに私は許しているのだがな」

こちらに颯爽と歩いてくる王太子を眺め、生真面目な青年への思いをつい口にした。

「兄上、何と?」

翡翠が兄のつぶやきに反応し問いかけた。

「いや、何でもない」

わざとひとつ咳をしてごまかした天藍が王太子に語りかける。

「ルヒカンドの王太子よ、マハの復興が予定より早く進んでいるようだ。尽力に感謝する」

「身に余るお言葉です」

王太子は床にひざまずき、臣下の礼をとった。

「マハの復興に加え、最愛の妹翡翠を救出した功績に対し、私からある提案をする」

王からの提案とは何だろうと、王太子も翡翠も耳をそば立てた。

「王妹翡翠のルヒカンド王家への降嫁を許す」

ふたりはとっさに理解が追いつかず、思わず天藍の方を見る。

「唐突すぎたかな? 王太子と翡翠よ、互いに愛するもの同士であろう? 結婚を許す」

ふたりはまだポカンとしている。

強く想いあってはいるものの、主従関係という身分の隔たりによってこれ以上進みようがなかった王太子と翡翠だった。古来より続くマハ王家の掟を破ることなど考えようもなかった。それを──

「いいの、ですか?」

翡翠がおずおずと兄天藍に尋ねる。

「王太子はどうなのだ」

天藍は逆に王太子に尋ねる。

「わ、私は……翡翠、王妹殿下のお考えに従います」

「本当だな? 翡翠が結婚しないと言えば諦めるのだな?」

天藍はわざと意地悪そうにたたみかけた。その言葉に王太子が意を決したように口を開いた。

「いえ!! やはり、やはり私は、翡翠王妹殿下と結婚したい!! 結婚させてください!!!」

そう叫び、勢いよく頭を下げた。

ようやく言ったかと満足そうに王太子を眺め、天藍は隣の翡翠に「よかったな」と囁いた。翡翠は目を潤ませ「兄上、ありがとう」と天藍に感謝の言葉を残し、玉座の階段をまっしぐらに駆け下りていった。

そして心が解き放たれたように勢いよく王太子の胸に飛び込んだ。王太子は翡翠を慌てて抱きとめた。

ふわりと品のある花のような翡翠の香りが王太子を包んだ。幸せすぎてくらっと酔いそうになる。あらためて翡翠を強く胸に抱き寄せた。

翡翠は自分を包み込む王太子の力強い腕に今更ながらときめき、うっとりとした気持ちになった。王太子の胸に顔をうずめると心臓の早い鼓動が翡翠の耳に伝わってきて愛おしさが込み上げてきた。

天藍は幸せそうなふたりを見て「父親の心境だな」とこっそり目尻の涙をぬぐった。

「兄上、マハの伝統を変えるのですね」

抱擁を解き、王太子に肩を抱かれた翡翠が天藍に問う。

「私を誰だと思っている。天藍・別称ラピスラズリ。邪気を払い、真の幸福を導く最強の聖石の名を持つ王だぞ? ふたりに最高の幸福を与えようではないか」

そう言って天藍はいたずらっぽくウインクした。


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王太子と翡翠の結婚式当日。

護衛の騎馬隊を従えたプラチナ箔の豪奢な馬車が沿道に駆けつけた民衆の間を通り過ぎて行く。

吉報にルヒカンド全土に喜びの声があがっていた。神の血筋のマハの王妹がルヒカンド王太子妃となる異例の沙汰がくだったのだ。誰もがこの婚姻に歓喜した。

マール家を除いては──
貴族一同がずらりと並んだ列の前を馬車が進む中、アンダルケとブランカが頭を寄せ囁き合っている。

「こうなっては仕方がない。第一側妃の座を狙うのだ!」
「きっとなって見せますわ! そして私が第一王子を産むのよ」

マール家父娘の悪巧みは続くようだ。



馬車の中から手を振る王太子と翡翠。純白に金糸の刺繍がほどこされた豪華なおそろいの婚礼衣装。王太子の笑顔は太陽のように輝き、翡翠の心を明るく照らす。翡翠が微笑むと王太子の心は幸福に満たされる。

「ふたりで幸せになろう。もう二度とそばを離れない」

そう言って王太子は翡翠の手をぎゅっと握った。翡翠も手を握り返し、王太子の肩に頭を預ける。

「それと──」

嬉しいながらも気恥ずかしそうにしながら、王太子がさらに口にした。

「あの時の、その、地下神殿での言葉をもう一度聞きたい」

「地下神殿?」

「そうだ、その、”お前をなんとか”と言ってくれたであろう?」

翡翠は思い当たる言葉に赤面する。

「き、聞こえていたのか!!?」

「悪いか。頼む。ほら。お願いだ」

何度も催促してくる王太子に翡翠が照れながらもしぶしぶ応じる。

「お、お前を、愛して、い──」

最後の言葉が聞かれることはなかった。翡翠の唇はすでに王太子の唇によって塞がれていたから──


【完】
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