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62 闇の穴

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深い川の底。アクアマリンのように輝く鱗の水龍がゆったりと泳いでいる。

数えきれないほどの魚たちが一箇所に集まっている。魚の隙間から、透明な空気の膜に守られ、眠り続けている男が見える。

男の指がピクリと動く。

<翡翠が……助けを呼んでいる>

水龍が男の膜に近づき口の先で破ると、魚たちが一斉に離れた。男が眠そうな目をゆっくりと開ける。漆黒の髪にエメラルドグリーンの瞳が精悍な顔立ちの男に品格を与えている。

水の中で起き上がると、男は顔を寄せて来た水龍のあごをなでた。

<ありがとう、水龍よ……お前が助けてくれたのだな>

水龍は顎をなでられ気持ちよさそうにしている。

<礼をしたいところだが、私は急ぎ行かなければならない所がある>

聡明そうな目で男をじっと見つめた後、水龍は口をぱかっと大きく開け、そのまま男を飲み込んでしまった。


∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵


「あれ? ここはどこだ? ノスカ王国に着かないぞ」

ガネシュは違和感を感じ、つぶやいた。ガネシュ、翡翠、ジェーンがいる場所は、七色に歪んだ空間だった。

見知らぬ女性を連れて来たガネシュに疑問を抱いたジェーンはガネシュに質問した。

「殿下、異国の者までお連れになって、一体どうなさるおつもりですの?」

「すまない。私の想い人だ。この者を王太子妃とする。申し訳ないがジェーン、君は第一側妃だ」

「えええ!!!?」

ジェーンは仰天して翡翠を凝視し、目を皿のように丸くしている。

「お前、勝手に何を言っている??」

翡翠はガネシュへの怒りも忘れ、年下の異国の少年が言い出したことに困惑した。

「心配いらないよ。ノスカ王国は大陸一のお金持ちだから」

「そういう問題ではないのだが」

「ああ、それよりここから出ないと」

この歪んだ空間はワープホールの中かもしれない。ならば出口があるはずだ。僕の魔力が足りずに、出口に辿り着く前に降りてしまったのかもしれない。

先ほど、全力で魔力を振り絞ったので、すぐには魔術を使えそうになかった。うーん、どうしたら……

ガネシュが思案し始めたとき、ガネシュとジェーンの後ろを指差し翡翠が不穏な声を出した。

「おい、黒いものが近づいてくるぞ」

え? とガネシュとジェーンが後ろを振り向いた時──

「きゃああああ!」

ジェーンの足元が崩れ始めた。ジェーンは突然地面がなくなり下に落ちそうになっている。危機一髪、ガネシュがジェーンの腕を掴み、翡翠と力を合わせて引っ張り上げた。

「空間が闇に飲まれていっている。ここも崩れるぞ」

3人は追ってくる崩壊の闇から逃れるべく必死で走る。ガネシュは力任せに魔術で空間の壁を攻撃してみるも、攻撃が壁に吸い込まれただけで全く効き目がない。

「出口はどこだ!!」

焦りが募る。何とか生き延びて来たけど、もうここまでなのか? せっかく翡翠を手に入れたのに──

息切れしているジェーンの手を引いてやりながら走る優しい翡翠にガネシュの心が痛んだ。だめだ、諦めるな! どこかに突破口があるはずだ。

ガネシュが気持ちを立て直して前を向くと、前方に光る穴が見えた。

「あった!! 出口だ、あそこまで頑張るんだ!!」

やっと希望が見えたと思った3人だったが、無情にもついに闇が追いついてしまった。

「うわああ!」
「きゃああ!」

3人はなすすべもなくぽっかりと開いた大きな穴に落下していった。
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