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58 マハ王の真実
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「翡翠……!!」
息を切らし地下神殿に到着したルシウスの声に翡翠は振り返らなかった。
「何しに来た?」
「何しにって、私たちは夫婦になるのだぞ? 助けに来たに決まっているではないか!」
その言葉にようやく翡翠はルシウスの方を向いた。
「逃げよ。私は壁の王となる運命だ」
まだ意味が理解できないルシウスの背後から「それはどういうことなのだ?」と声が聞こえた。ルシウスが振り返ると王太子が立っていた。ミランの伝言を受け、王太子もさきほど地下神殿に着いたのだ。
「王太子──!」
憎々しげにルシウスが王太子を睨むも、王太子はルシウスに構わず翡翠へと駆け寄る。
「封じる役目とは、一体何なのだ!?」
翡翠は王太子が駆けつけてくれて胸が熱くなるのを感じたが、その思いは隠さなければならない。強く王太子に警告する。
「逃げよと言ったであろう!」
「嫌だ! 私は翡翠と一緒にいる!」
王太子は相手が格上の相手だということも構わず、翡翠の両手を握りしめた。翡翠は不意打ちされたように一瞬言葉を失う。
「ば、ばかなことを──」
「ばかでもよい! もうそばを離れぬからな!」
駄々をこねる子どものように真っ直ぐな目を向けてくる王太子に翡翠は胸が締め付けられる。もう自分と王太子は昔のような関係には戻れないのだと勝手に思い込んでいた。王太子は記憶を取り戻した後も、自分に真っ直ぐに接してくれるのか。愛おしく、切ない気持ちがあふれる。
ふたりの様子にムカムカしたルシウスが「おい王太子、手を離せ! 女王陛下に無礼だぞ」と声を荒げた。
その時、ズン、ズンと、神殿が揺れる音がした。
「魔獣が近い。私は準備に入る。ふたりとも早くここを出よ」
ルシウスは王太子の手を振り払って翡翠の手を奪い取り、「私と一緒に行くのだ!」と怒鳴りつけるように翡翠に命令した。だが翡翠はそんなルシウスに疑いの目を向けてきた。
「マハの王族であろうに覚えていないのか? 壁の王を」
そう言って指差す方向に──
日が登り、地下神殿の明かり窓から光が一気に差し込む。
そこに浮かび上がったのは、高い壁の上から下までずらりと飾られた、美しい装飾のプラチナの棺である。棺の蓋は透明な水晶になっており、内部には両手を胸の位置で交差させた蝋人形のような人々が硬く目を閉じて横たわっている。その姿はどれも神々しく、壁からこの世を見渡しているような荘厳さを感じさせた。
「何なのだ、この棺は。埋葬もせず──」
ルシウスが圧倒されながら思わず言葉を漏らすと、ふと記憶の欠片が降って来た。
「壁の王──マハの……王たち──?」
ルシウスの呟きに翡翠が答えた。
「そうだ。この地の厄災をその身に封印し、仮死状態となったまま生き続ける歴代の」
「な──!?」
ルシウスと王太子は同時に声を上げる。ガネシュの記憶改竄術が解かれた後、全ての記憶が戻るにはタイムラグがあったのだ。
ふたりに蘇ってくる記憶。
厄災の時。
民が滅ぼされる前に、マハ王が【究極防御魔法】により自らその身に厄災を受け、仮死状態になる。ルビー大陸に生きる者たちを命をかけて救ってくれる尊き古代種の王。
「そんなの、嘘だ」
ルシウスは夢であってほしいと切実に願う。なぜこんな大事なことを忘れたままだったのだ。自分だけルヒカンド王国にいた影響なのか?
厄災を退ける力を持つ唯一の存在がマハ王であるということを。だからこそ、ルビー大陸の民たちに神の一族だと崇拝される存在であることを。
そして女王に即位し、王位を継承した翡翠はつまり、防御魔法を発動する力を持ち、まさに今実行に移そうとしている。
「このままでは翡翠が壁の王となってしまうのか!?」
王太子とルシウスは同じ気持ちであった。絶望だ。
「私は翡翠と結婚したいばかりに翡翠を女王にしたが、逆に翡翠を永遠に失ってしまうことになるのか──」
ルシウスは頭を抱えながら、ふとある考えがよぎった。そうだ。王の役目など投げ打って逃げてしまえばよいのではないのか?
どおんどおん! と神殿の天井を踏みつける音がする。みなが一斉に上を見上げる。轟音と共に踏み抜けられる天井。
魔獣ジェーンの黒々しい巨大な足が神殿の床を踏んだ。
息を切らし地下神殿に到着したルシウスの声に翡翠は振り返らなかった。
「何しに来た?」
「何しにって、私たちは夫婦になるのだぞ? 助けに来たに決まっているではないか!」
その言葉にようやく翡翠はルシウスの方を向いた。
「逃げよ。私は壁の王となる運命だ」
まだ意味が理解できないルシウスの背後から「それはどういうことなのだ?」と声が聞こえた。ルシウスが振り返ると王太子が立っていた。ミランの伝言を受け、王太子もさきほど地下神殿に着いたのだ。
「王太子──!」
憎々しげにルシウスが王太子を睨むも、王太子はルシウスに構わず翡翠へと駆け寄る。
「封じる役目とは、一体何なのだ!?」
翡翠は王太子が駆けつけてくれて胸が熱くなるのを感じたが、その思いは隠さなければならない。強く王太子に警告する。
「逃げよと言ったであろう!」
「嫌だ! 私は翡翠と一緒にいる!」
王太子は相手が格上の相手だということも構わず、翡翠の両手を握りしめた。翡翠は不意打ちされたように一瞬言葉を失う。
「ば、ばかなことを──」
「ばかでもよい! もうそばを離れぬからな!」
駄々をこねる子どものように真っ直ぐな目を向けてくる王太子に翡翠は胸が締め付けられる。もう自分と王太子は昔のような関係には戻れないのだと勝手に思い込んでいた。王太子は記憶を取り戻した後も、自分に真っ直ぐに接してくれるのか。愛おしく、切ない気持ちがあふれる。
ふたりの様子にムカムカしたルシウスが「おい王太子、手を離せ! 女王陛下に無礼だぞ」と声を荒げた。
その時、ズン、ズンと、神殿が揺れる音がした。
「魔獣が近い。私は準備に入る。ふたりとも早くここを出よ」
ルシウスは王太子の手を振り払って翡翠の手を奪い取り、「私と一緒に行くのだ!」と怒鳴りつけるように翡翠に命令した。だが翡翠はそんなルシウスに疑いの目を向けてきた。
「マハの王族であろうに覚えていないのか? 壁の王を」
そう言って指差す方向に──
日が登り、地下神殿の明かり窓から光が一気に差し込む。
そこに浮かび上がったのは、高い壁の上から下までずらりと飾られた、美しい装飾のプラチナの棺である。棺の蓋は透明な水晶になっており、内部には両手を胸の位置で交差させた蝋人形のような人々が硬く目を閉じて横たわっている。その姿はどれも神々しく、壁からこの世を見渡しているような荘厳さを感じさせた。
「何なのだ、この棺は。埋葬もせず──」
ルシウスが圧倒されながら思わず言葉を漏らすと、ふと記憶の欠片が降って来た。
「壁の王──マハの……王たち──?」
ルシウスの呟きに翡翠が答えた。
「そうだ。この地の厄災をその身に封印し、仮死状態となったまま生き続ける歴代の」
「な──!?」
ルシウスと王太子は同時に声を上げる。ガネシュの記憶改竄術が解かれた後、全ての記憶が戻るにはタイムラグがあったのだ。
ふたりに蘇ってくる記憶。
厄災の時。
民が滅ぼされる前に、マハ王が【究極防御魔法】により自らその身に厄災を受け、仮死状態になる。ルビー大陸に生きる者たちを命をかけて救ってくれる尊き古代種の王。
「そんなの、嘘だ」
ルシウスは夢であってほしいと切実に願う。なぜこんな大事なことを忘れたままだったのだ。自分だけルヒカンド王国にいた影響なのか?
厄災を退ける力を持つ唯一の存在がマハ王であるということを。だからこそ、ルビー大陸の民たちに神の一族だと崇拝される存在であることを。
そして女王に即位し、王位を継承した翡翠はつまり、防御魔法を発動する力を持ち、まさに今実行に移そうとしている。
「このままでは翡翠が壁の王となってしまうのか!?」
王太子とルシウスは同じ気持ちであった。絶望だ。
「私は翡翠と結婚したいばかりに翡翠を女王にしたが、逆に翡翠を永遠に失ってしまうことになるのか──」
ルシウスは頭を抱えながら、ふとある考えがよぎった。そうだ。王の役目など投げ打って逃げてしまえばよいのではないのか?
どおんどおん! と神殿の天井を踏みつける音がする。みなが一斉に上を見上げる。轟音と共に踏み抜けられる天井。
魔獣ジェーンの黒々しい巨大な足が神殿の床を踏んだ。
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