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20 歓迎の宴
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ブランカに与えられた一等星の間は将来の王妃が入る場所であるため、豪華で居室がいくつもあった。食堂とされるある部屋に翡翠はいた。ブランカに半ば強引に招待され、宴の席に着かされていたのだ。
「少し遅くなりましたけど、マハの王女殿下を歓迎して宴を開かせていただきましたの。おいでくださって皆喜んでいますわ」
大きな丸テーブルに名家の令嬢がずらりと座っている。翡翠の両隣は空席となっており、令嬢たちは翡翠をちら見してはひそひそ声で内緒話をしている。
野蛮な……大丈夫かしら……恥をかくだけでは……と、翡翠を見下した言葉がちらほら聞こえてくる。
本来、マハ王家はルビー大陸では神格化された別格の家柄だ。他国の王侯貴族と同じテーブルで飲食を共にすることなど、マハ王が許した宴以外では到底考えられないことであった。
だが、現状ルヒカンドの者たちはなぜかマハとの歴史を忘れてしまっている。それどころか文明のない蛮族と思い込んでいる。
実際、目の前にはコース料理用の食器が準備されていた。ずらりと並ぶナイフやフォーク、スプーン類。侍女たちが令嬢たちの前に料理を並べ始めた。
翡翠の真向かいに座っているブランカは翡翠に恥をかかせようと、最上位のコース料理を準備させた。ナイフ類の数も一番多い。きっと混乱しているに違いないと、ほくそ笑んでいる。
最初の前菜が運ばれた時点で、令嬢たちは最大の関心をもって翡翠を凝視していた。翡翠は周囲の視線にも負けず、迷うことなく外側からナイフとフォークを手に取り食事を始めた。
あれ? と意表をつかれた顔を令嬢たちはしつつも、自分達もおずおずと料理を口に運び始めた。
ブランカは内心舌打ちしていた。なんで正式なテーブルマナーを知っているのよ。野蛮人じゃなかったの? ははあ。殿下に気に入られようと猛勉強したのね。はしたない女。
まあいいわ。とっておきのメインディッシュを準備してあるのよ? その時もそんなふうにすました顔でいられるかしら?
翡翠の前にメインディッシュの牛肉のソテーが並べられた。
「きゃあ」「ううう」
とんでもない異臭に周りにいた令嬢たちから悲鳴が上がった。耐えられず席を立つ者もいる。
それは道端で死んでいた牛のソテーよ。ミディアムレアだから、外側こそ焼いているけれど、中身は生肉で当然腐っているわ。味見をさせた侍女は翌日死んだそうよ。
ブランカのおぞましい罠だった。王が翡翠の味方をしないのをいいことに、あわよくば翡翠が死ぬであろう方法でいたぶっているのだ。
翡翠は少しの間、牛肉のソテーを眺めていたが、おもむろにナイフ類を手に取ると、何食わぬ顔で口に運び始めた。
え!!?
誰もが思った。根を上げるだろうと。無理です、ごめんなさいとブランカに頭を下げるだろうと。
「王女殿下、お待ちになって!!」
良心ある一人の令嬢が翡翠を止めようと声をかけるも、翡翠はとうとうその手を止めることなく完食した。
ブランカは驚愕しつつも、その後のことを想像すると愉快になってきた。死ぬかもしれないわね、この娘。でも私のせいではないわ。自ら選んだ道よ。断ることだってできたのに。もし私が責められたら、シェフの手違いだと言ってシェフの首をはねてしまえばいいだけのことよ。
全ての料理を食べ終わった翡翠は「失礼する」という言葉を残し去っていった。
どよどよと令嬢たちの驚きと動揺の声はしばらく止むことはなかった。
∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵
五等星の間に到着するなり、翡翠はふらついて床に倒れ込んだ。ブランカの元へは侍女のお供も許されず翡翠ひとりで向かわされていたので、誰も事情を知らなかった。
「オケを、持て──」
「は、はい、只今!」
顔面蒼白で苦しそうに声を振り絞る翡翠をみて、慌てて侍女たちが「御気分がすぐれないらしい」と察知し、介抱の準備を大急ぎで始めた。
翡翠はしばらく吐き続けた。その後、重い食中毒から意識混濁状態に陥った。
「少し遅くなりましたけど、マハの王女殿下を歓迎して宴を開かせていただきましたの。おいでくださって皆喜んでいますわ」
大きな丸テーブルに名家の令嬢がずらりと座っている。翡翠の両隣は空席となっており、令嬢たちは翡翠をちら見してはひそひそ声で内緒話をしている。
野蛮な……大丈夫かしら……恥をかくだけでは……と、翡翠を見下した言葉がちらほら聞こえてくる。
本来、マハ王家はルビー大陸では神格化された別格の家柄だ。他国の王侯貴族と同じテーブルで飲食を共にすることなど、マハ王が許した宴以外では到底考えられないことであった。
だが、現状ルヒカンドの者たちはなぜかマハとの歴史を忘れてしまっている。それどころか文明のない蛮族と思い込んでいる。
実際、目の前にはコース料理用の食器が準備されていた。ずらりと並ぶナイフやフォーク、スプーン類。侍女たちが令嬢たちの前に料理を並べ始めた。
翡翠の真向かいに座っているブランカは翡翠に恥をかかせようと、最上位のコース料理を準備させた。ナイフ類の数も一番多い。きっと混乱しているに違いないと、ほくそ笑んでいる。
最初の前菜が運ばれた時点で、令嬢たちは最大の関心をもって翡翠を凝視していた。翡翠は周囲の視線にも負けず、迷うことなく外側からナイフとフォークを手に取り食事を始めた。
あれ? と意表をつかれた顔を令嬢たちはしつつも、自分達もおずおずと料理を口に運び始めた。
ブランカは内心舌打ちしていた。なんで正式なテーブルマナーを知っているのよ。野蛮人じゃなかったの? ははあ。殿下に気に入られようと猛勉強したのね。はしたない女。
まあいいわ。とっておきのメインディッシュを準備してあるのよ? その時もそんなふうにすました顔でいられるかしら?
翡翠の前にメインディッシュの牛肉のソテーが並べられた。
「きゃあ」「ううう」
とんでもない異臭に周りにいた令嬢たちから悲鳴が上がった。耐えられず席を立つ者もいる。
それは道端で死んでいた牛のソテーよ。ミディアムレアだから、外側こそ焼いているけれど、中身は生肉で当然腐っているわ。味見をさせた侍女は翌日死んだそうよ。
ブランカのおぞましい罠だった。王が翡翠の味方をしないのをいいことに、あわよくば翡翠が死ぬであろう方法でいたぶっているのだ。
翡翠は少しの間、牛肉のソテーを眺めていたが、おもむろにナイフ類を手に取ると、何食わぬ顔で口に運び始めた。
え!!?
誰もが思った。根を上げるだろうと。無理です、ごめんなさいとブランカに頭を下げるだろうと。
「王女殿下、お待ちになって!!」
良心ある一人の令嬢が翡翠を止めようと声をかけるも、翡翠はとうとうその手を止めることなく完食した。
ブランカは驚愕しつつも、その後のことを想像すると愉快になってきた。死ぬかもしれないわね、この娘。でも私のせいではないわ。自ら選んだ道よ。断ることだってできたのに。もし私が責められたら、シェフの手違いだと言ってシェフの首をはねてしまえばいいだけのことよ。
全ての料理を食べ終わった翡翠は「失礼する」という言葉を残し去っていった。
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∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵
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