婚約破棄おめでとう

ナナカ

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ドーバス侯爵家の婚約者 【過去】

(17)推薦された男

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 フィオナは少し考えて、小さく頷いた。

「お父様。このお話、受けたいと思います」
「……えっ? いやだめだ。早まってはいけないぞ! フィオナはまだ十七歳。これからさらに美しくなる。今は『結婚できない女』などと言って陰で笑っている馬鹿な男どもも、お前の流し目の一つで花束を持って我が公爵邸に並ぶようになるのだぞ!? それなのに、よりによってドーバス家のバカ息子など……!」
「ゴーゼル大叔父様は感情だけで動く方ではありません。今は馬鹿息子だとしても、きっと良い方なのだと思います」
「馬鹿息子は馬鹿息子だっ! あれは絶対に結婚後に妻を泣かせるぞっ!」
「確かに女性関係は華やかなようですが、でも泣いた女性はいないのでしょう?」
「そ、それは……」

 立ち上がっていたカーバイン公爵が、急に黙り込んだ。
 やはりそういうことだったらしい。
 シリルが女性関係しか悪いところを見つけられなかったのも、遊び相手の女性たちが泣いていないからなのだ。
 そもそも、学問院で多くの若者を見てきたゴーゼルが、ぜひにと言ってきたのだ。それだけで見所がある人物なのだと確信できる。
 フィオナは整った人形のような顔に、わずかに楽しそうな表情を浮かべた。

「素質が素晴らしい方なら、私は異存はありません。ゴーゼルおじさまの目を信じます」
「…………そうか。フィオナがそういうのなら、受ける方向で話を進めよう」

 カーバイン公爵はがっくりと肩を落として、小さな声でつぶやいた。
 シリルはもう何度目かわからないため息をついたが、それほど深刻そうには見えなかった。
 やはり父と弟が騒ぎ立てていても、決して悪い相手ではないのだ。
 フィオナは満足そうに頷いた。



「へぇ、君がフィオナ嬢か。話半分で聞いてけどが、ゴーゼル先生が絶賛した通りにきれいな子なんだね。……少し若すぎるけど」

 ドーバス侯爵の長男オーディルは、そう言って笑った。
 正式な見合いの日に現れたオーディルは、豪華な衣服を気だるげに着崩していた。丹念になでつけた金髪も、わずかに乱して額に流している。
 しかし、だらしなく見えないのは身のこなしがすっきりとして美しいからだろう。それに着崩し方も基本を逸脱するほどではない。
 見かけほど堕落した人ではないようだ。
 フィオナはそう判断して、真っ直ぐに見上げた。

「オーディル様。私はあなたが愛人を持っても怒りません。愛人が子供を産んでくれるのなら、それはそれでもいいと思っています。もちろん、私が養育することが条件ですが」
「……若いのに、冷めたことを言うんだね」
「私はカーバイン公爵家の娘です。結婚に夢を持つような育ちはしていません。でも、私を妻として迎えるのなら、私の権利と財産は補償していただきます。そうすればお互いに気を遣わずにすみますよね?」
「理論上はそうだけど」

 オーディルは少し戸惑ったような顔をした。遊び人の顔の下に隠れていた「素顔」が見える気がする。
 でも、すぐに軽薄な笑顔に隠してしまった。

「まあ、俺はどうでもいいんだ。君と婚約した男たちは、なぜか全員、運命の相手と出会っているのだろう? 俺もそれを期待したいね」
「そんな出会いがあるかは補償しませんよ。もしかしたら、私が今後の一生を共にすると言う意味で、あなたの運命の相手に昇格するかもしれませんし」
「……そういうのもあるのか? それはそれで面白いかもしれないな」

 一瞬、また虚をつかれた顔をしたオーディルは、楽しそうに笑った。
 その笑顔は皮肉っぽいのに明るくて、やっぱり悪くない相手のようだとフィオナは考えた。
 それに軽薄そうに振る舞っているけれど、豊かな表情は好ましい。
 人形のように表情が薄いフィオナと話していても、全く気後れしていないのも頼もしい。

(この人が、本当に私の運命の相手になってくれればいいな)

 お茶を飲みながら、フィオナは気が付くとそんなことを考えていた。



   ◇◇◇



 お互いに悪くない感触で、様々なことを納得ずくで婚約をしたはずだったのに。
 一ヶ月後、フィオナはまた父カーバイン公爵の執務室に呼び出された。

「ドーバス侯爵のバカ息子が、婚約の解消を願い出てきた」
「はぁ? またですか!? ……というか、ちょっと早すぎますよね?!」

 淡々とした父の言葉に、シリルが髪をかき乱しながら反応している。

(でも……確かに、こういう光景も見慣れてしまったわね)

 少し驚いたし、また婚約が解消されてしまうのかと悲しい気持ちがないわけではない。
 でも、呼び出された時からこう言う展開は予想していた。
 予想通りの父カーバイン公爵の言葉に、予想の範囲内の弟シリルの反応。意外性はどこにもない。
 あるとすれば、あのオーディルが婚約の解消を願い出たと言うところだけだ。

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