婚約破棄おめでとう

ナナカ

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フォルマイズ辺境伯家の婚約者 【過去】

(13)領地の女

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 フィオナが密かにローグラン侯爵を観察していると、父カーバイン公爵がふうっと息を吐いて椅子の背に身を預けた。

「……実はな、ローグラン侯爵から気になる話を聞いたのだよ。急いで改めて調べ直したが……次男は軽くしか見ていなかったとはいえ、我らは見落としていた」

 カーバイン公爵は、まるで吐き捨てるような口調だ。
 その目がテーブルの上にある書類に向くと、腹立ちを抑えるように歯を食いしばっている。
 書類に不自然な皺があるのは、激情に駆られたカーバイン公爵が握り潰しそうになったためかもしれない。
 多分、握り潰したのだろう。
 だから皺だらけだし、おそらくその瞬間を目撃した弟シリルが変な顔をして目を逸らしているのだ。

 そう見当をつけ、フィオナは何が書かれているのだろうと考えた。
 カーバイン公爵は「次男も難あり物件だった」と言った。
 フィオナは、父がここまで怒りをあらわにするような事態を想像しようとした。

(ルード様のように、熱烈に恋焦がれている女性がいたのかしら。でも、さすがにそんなことは重ならないわよね?)

「フォール殿には、想い人がいるそうだ」
「……想い人」

 思いっきり外れた。
 意外に平凡だなと考えたが、その考えがすでに一般的ではないことにフィオナは気付いていない。
 ただ、あのフォールにそんな相手がいたのかと感動した。
 自分と同じように、政治と兄ルードを支えること以外には何の興味を抱かない堅物と思い込んでいたから。
 娘のいつも通りに平坦な顔をどう捉えたのか、カーバイン公爵はうんざりしたように首を振った。

「相手の女性は、辺境伯領に住む幼馴染だそうだ。今のところはそういう深い関係にはなっていないようが、偶然といえないほど頻繁に会っている。フィオナと婚約した後もだ。……あの男は、婚約後も王都と領地を往復していた。それだけ辺境伯家では重要人物だからと気にしなかったのだがな。ローグラン侯爵から教えられて詳細に調べたが、婚約後の方が頻繁に会っているらしい。あり得ないぞ」

 皺だらけの報告書を睨みながら、カーバイン公爵は吐き捨てるように告げる。
 しかしフィオナは、父の怒りは気にせず、じっくりと考えこんでいる。その横顔を見たシリルは、眉を顰めて「まさか、また変なこと考えていないよね?」と不安そうにつぶやく。
 弟の様子に何も気付いていないフィオナは、やがて小さく首を傾げた。

「想い人くらい、特に問題はないような気がするのですが」
「……あー、やっぱりそうなるんだ」

 シリルはため息をついて、きりりとした顔をむけた。

「姉さん、領地に頻繁に会う女性がいて、それがずっと好きだった人って意味だよ。わかってる? 結婚して、辺境伯領に住んでいたら、夫が想い人に目を向けて苦悩したりするのを毎日のように見る羽目になるんだよ?!」
「そのくらいわかっているわよ。でも、ただの好きな人で終わるかもしれないし、もしそうじゃなくなっても別に……」

 少しムッとしながら弟にそう言いかけて、ふと気がついた。
 辺境伯家の次男フォールとこのまま結婚するなら、その想い人は愛人候補ということになる。

「……そういえば、フォール様とは、愛人についての認識の確認をしていなかったわね」
「いやいや、姉さん、そういう話なの?」
「そういう話でしょう? 結婚するなら、しっかり認識のすり合わせはするべきよ」
「まあ、そうかもしれないけど。夫に愛人がいても許せるの?」
「フォール様は辺境伯家の跡継ぎではないから、私が子を生む必要はないわ。でもフォール様も子を欲しいと思うだろうし、代わりに産んでくれるのなら、私は楽でしょう?」
「……そりゃあ楽かもしれないけど。いや、楽なの? そういうものなの?!」

 シリルは頭を抱えて悩んでいる。
 しかし、カーバイン公爵は忌々しげに舌打ちした。

「可愛い娘を、婚約中もふらふらと女に会いに行くような不実な男の妻にさせるほど、我がカーバイン家は落ちぶれていない。この婚約は破棄だ。上乗せで慰謝料も取りたいところだが、辺境伯との付き合いは長いから、通常の違約金だけで止めてもいい。それでいいな?」
「お父様がそうおっしゃるのなら。でもフォール様にそんなに好きな人がいるのなら、その人と結婚するべきではないでしょうか」

 フィオナは相変わらず落ち着いている。
 そんな娘の顔を見ていると、カーバイン公爵は辺境伯家に怒りをぶつけることが馬鹿馬鹿しくなってきた。
 もともと気に入らない男だったのだ。
 婚約が不成立になることは悪いことではない。むしろ良いことだ。

「……ならば、追加の慰謝料を求めない代わりに、その女性との結婚を条件にしよう。フィオナに瑕疵がない証にはなるだろう」

 ふうっとため息をついたカーバイン公爵は、もう怒りを忘れることにした。


 ただ……シリルは見てしまった。
 帰り際のローグラン侯爵が、冷ややかに微笑んだことを。
 白い目が暗く輝いて、なんだか胸騒ぎがするような物騒な表情だった。

 多少気になったが、姉フィオナが不幸な結婚をせずに済んだのでシリルは機嫌がよかった。
 だから、まあいいか、とそれ以上こだわることはやめてしまった。


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