婚約破棄おめでとう

ナナカ

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フォルマイズ辺境伯家の婚約者 【過去】

(11)恋焦がれた女

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 フィオナが弟シリルのため息を聞きながら勉学に励んでいた中、突然、三回目の婚約に暗雲が立ち込めた。
 原因は婚約者ルードではない。もちろんフィオナでもない。
 両家にも原因はなく、周囲の情勢でもなかった。
 あえていうなら女性問題だが、これもルード本人には罪はない。父カーバイン公爵から話を聞きいながら、フィオナは冷静にそう考えていた。

「……本当に、その女は辺境伯の長男とは深い仲ではないそうなのだ」

 カーバイン公爵は端正な顔に、なんとも微妙な表情を浮かべてため息をついた。
 父の執務室に呼び出されていたフィオナは、父の渋面から手渡されている手元の報告書へと視線を移す。そうして改めてじっくりと目を通してみた。

 報告書のタイトルは「自殺未遂を起こした女性について」。
 フィオナと辺境伯長男ルードとの婚約を公式に発表した翌日、辺境伯の分家筋の令嬢が自殺未遂を起こした。
 幸い、早く気付いたために命を取り留めて、後遺症も特にはないらしい。
 両親に「なぜこんなことをしたのだ?!」と問われて、頑なに口を閉ざしていたその令嬢は、しかしぽつりと「あの方が婚約をしたから」と答えたらしい。
 当然のように「あの方」とはルードのことだ。

 本来なら、辺境伯家の分家筋の娘が何を起こそうと大きな問題にはならなかったはずだった。
 しかしその令嬢は年齢に合わず辺境伯家の領地経営に深く関わっている才女で、カーバイン公爵は娘フィオナの婚約者に対する素行調査をまだ打ち切っていなかった。
 辺境伯家の一部だけで問題になるはずだったこの自殺未遂は、密偵によって事細かにカーバイン公爵に報告されてしまった。

 報告を受ければ、疑念が生じる。
 密偵にも隠し通した愛人ではないのかと疑ったカーバイン公爵は、フィオナに話をする前に、ルードを呼び出して厳しく問い詰めようとした。

 その答えが「彼女がそんな気持ちでいたなんて、知らなかった」だった、らしい。


「ルード殿が何も気付いていなかったのは本当だろう。……あの男は、女性の視線に疎いようにしか見えないからな。密偵も、ルード殿が件の令嬢に平然と接する姿は見ていたし、辺境伯家内で全く知られていなかったのも間違いないようだ」

 淡々と語ったカーバイン公爵は、言葉を切って長いため息をつく。
 ルードが知らないところで、一人の誇り高い令嬢が彼に想いを寄せ、婚約を聞いて自らの命を絶とうとした。
 それ自体は、カーバイン公爵のような大貴族にとっては些細なことだ。
 しかし、その令嬢はフォルマイズ辺境伯家に深く関わる人物で、聡明で落ち着きがあると思われていたのに、恋ゆえに冷静さを失うほどの情熱を秘めていた。

 今回はたまたま自殺未遂を起こした。しかし、一つ間違えばフィオナに殺意が向いていたかもしれない。
 その可能性に密かに戦慄したカーバイン公爵は、ほぼ心を決めていた。
 それでも娘フィオナを呼び出したのは、この後の対処への希望を聞いておこうと言う少し甘すぎる親心だ。
 ふうっとため息をついたカーバイン公爵は、執務机の前に立つ娘を見やった。

「さて、どうする。あの男に責任はない。いや、女性の気持ちに全く気付いていなかった鈍感さを責めることはできるが……それは流石に気の毒だろう。問題の令嬢を責めることはできるが、あのフォルマイズ辺境伯家が、切り捨てることをためらう才能を持つ女性らしい」
「ルード様は、どういう反応をしているのですか?」
「それは……」

 カーバイン公爵は口ごもる。
 しかしフィオナのまっすぐな視線に気を取り直して、一度口を歪めてからつづけた。

「……あれは、かの女性のことを引きずるだろうな。無視はできまい」
「そうだろうと思いました」

 フィオナも知っている通り、辺境伯の長男ルードは真面目な人物だ。
 真面目だからこそ、自分を恋するあまり命を絶とうとした女性のことを無視できない。
 気になれば、目がいつも向かう。
 頻繁に目が向くようになれば……彼の性格上、それはすでに恋と同じだ。

「きっとその方と良いご縁が結ばれたはずですから、私とルード様との婚約は、解消してください」
「……『破棄』として処理していいな?」
「私はどちらでも構いません」

 フィオナがきっぱりと言い切ると、父と姉の会話をじっと聞いていた弟シリルが首を振りながらため息をついた。



 結局、フィオナの婚約は、より穏便な「解消」という形で処理された。
 全面的に非を認めたフォルマイズ辺境伯が、長男ルードの代わりとして、中規模の飛び地の領地一つをつけた上で、次男フォールを新たな婚約者として差し出したためだ。

「へぇ、辺境伯、かなり張り込みましたね」
「あの男は、フィオナを気に入っているからな」

 父カーバイン公爵の妙に誇らしげな姿に、シリルは一瞬動きを止めた。
 だが賢明にも、脳裏をよぎった「親馬鹿」という言葉を口にすることはなかった。


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